第2話 不安

 硬く冷たい感触が頬に伝わってきた。自宅のベットに倒れるように飛び込んだはずなのになぜ・・・

ベットから落ちたのかなと疑問に思いながら目を開ける。


そこは自室ではない荘厳な雰囲気漂う広間だった。いつだったか、学生の時に海外旅行で訪れた有名な教会のような場所に感じた。混乱する頭を落ち着けながら体を起こし、周りをゆっくり見渡すと20人程の白い服で統一された人たちが私を中心に跪いているのに気づく。そしてその人達の奥から2人の人物が私に近づいて来ていた。


 見た目60代程の人物で、短い白髪に左目を眼帯で覆い加齢によるものだろうかやせ細った印象を受ける。しかし右目の眼光は鋭く、今だ衰えなど感じさせない所作が先の印象のアンバランスさを際立たせていた。

 そのやや後ろに付き従う女性は教会のシスターのような服装に身を包んでいる。綺麗な金色の髪は腰のあたりまで伸びており、俯いた顔からはその表情は読み取れないが聖母のような雰囲気を感じさせる。この状況を察するに近づいてくる人物はおそらくこの中において身分の高い人物なのだろう。そして、この状況の説明があるはずだと、いやあってもらわねば困るとの思いを込めて近づく2人を見つめるが、その希望的観測が打ちのめされるのは眼帯の男性の一言目を聞いてからだった。


「☆▽■◇★@?#$&%$@*#・・・・・」


・・・・・・・・・・・・・・・・・

(嘘だろ!?・・・言葉が理解できない・・・これでも主要な言語を含めて片言でも5ヵ国は通訳なしで喋れるのに、ここは一体どこの国なんだ・・・)


唖然とした表情を意識し、そんな事を考えていると後ろの女性が進み出て私の前に平伏した。数秒その姿勢でいると顔を上げた。

その顔はとても整っており、有名な女優ですと言われても信じてしまう程の美しい顔をしていた。そしてその女性はこちらが言葉が理解できないとわかってくれたのか私の目を見つめた後何度も頭を下げた。


 さすがに女性に何度も頭を下げられるのは私も居心地が悪くなってしまうので、片膝を着き彼女の肩に手を置いてその必要はないのだと頭を振り、話し掛けた。


「あなたの謝罪の意思は受け取りますので頭を上げてください。私の言葉はわかりますか?」


・・・・・・・・・・・・・・・・・

しばらくその場を沈黙が覆ったが、目の前の女性はすまなそうな顔をするだけだった。


(コミュニケーションが取れないのは厄介だな。彼女たちが敵なのかそうでないのかの判断さえつかない・・・)


考え込んでいると、目の前の女性は私の手を取り立ち上がるように促してきた。そして、右手で私の手を包みながら左手を広場の奥の扉へと指し示した。


(どこか別の場所へ誘導されているのだろう・・・この状況では従うほかないだろうな。願わくは一人で状況を整理できる個室のような場所が望ましいが、牢屋にでも連れていかれてはたまらないな。)


そのまま手を引かれ広間から出ようとした際に眼帯の男性とこの女性が目線を合わせたのか、男性が頷くしぐさが見えた。


(なるほど、当初から意思疎通ができないことを予期してその後の行動を彼女に指示していたということか。となればこの状況は彼らにとって偶発的な状況ではなく、意図的に引き起こされたと考えたほうが合理的だな・・・)


 それから案内されたのは、10畳ほどの広さの部屋だった。 部屋の対角線の隅にランプのようなものが設置されており中央には大きめのランプのようなものが煌々としていた。内装は白で統一されており2人掛けの丸いテーブルと2脚の椅子、シングルサイズのベットがあるだけのシンプルな部屋だった。とはいえ、床やテーブル全てが純白のような白で他の色の存在が許されていないような部屋は清潔感はあるのだが、なんだか居心地が悪い気がしてならない。


 すると彼女は懐中時計のようなものを取り出しある文字を指さすと、次いで自分の顔、そしてこの部屋を指さした。おそらくはその文字に針が来る頃に自分がまた来るということだろう。様々なことに頭が追い付いていない現状ではありがたい対応だった。

了解の印に大きく頷くと満足したのか、彼女はにっこり笑った後頭を下げて部屋から退出した。



 (はぁ、さて現状把握だ。)


私は椅子に腰かけながら自分の最後の記憶をたどった。


(確か謝罪会見が終わって帰宅し、疲れのあまり少しだけ横になろうとベットに飛び込んだはずだ・・・目を閉じる前に翌日のアラームをスマホにセットしたところまでは記憶があるな・・・)


思い出しながら自分の服装に目を向けるといつも会社に来ていくスーツだった。胸ポケットを探るとスマホがあり、ほっとした自分に苦笑いする。


(自分の服装すら気が向かないとは、これほど余裕をなくしたのはいつ以来だろう。しかもスマホを見て安心するなど、どれほど不安だったんだ私は・・・)


しかし、予想はしていたがその通信表示は圏外となっていることに落胆する。

更に日付と時刻を確認すると、帰宅してからまだ1時間ほどしか経過していないことになる。

意識を切り替えスマホの時計をアナログ表示に切り替え、その秒針のスピードと渡された懐中時計のようなものを見比べてみた。


(なるほど、ただの時計だな・・・)


12個の文字の表示に長短2つの針が取り付けられているそれを見ながら、彼女が指さした文字までの残り時間を確認した。


(8時間後か・・・これはゆっくり横になって休んでくださいとのことなのかな。)


はぁと溜息を吐きながら一縷いちるの望みをかけ、あるアプリを起動し音声操作を行う。


「∑(シグマ)起動」


『 声音認識・・・本人と確認。こんばんは蓮様。ご用件をお聞かせください』


「衛星に同期し、現在位置を確認しろ。」


『・・・申し訳ありません、衛星との通信に失敗しました。原因を確認・・・全ての通信機能がエラーとなっております。・・・妨害電波の反応はありません。・・・原因不明です』


これは私が開発したAIの∑(シグマ)だ。スーパーコンピューターで開発したAIをダウングレードし、スマホ内での実現に成功した優秀な助手であるが、今の状況では役に立たなかった。


(今後スマホの充電が出来るかもわからないから大切に使わないとな。)


そう考えながらスマホをシャットダウンした。


 とにかく現状何もかもわからない、であれば優先することは2つ。1つ目は身の安全、2つ目は情報となる。しかし現状はなす術がない、であればしっかり体を休めて明日からの情報収集を効率的にできるコンディションにしておくべきと考えベットに向かう。


 ベットにはこれまた純白の寝巻のようなものが置いてあり手に取ってみると、それはまるで絹のような手触りの上質なものだった。スーツをなるべく皴にならないよう椅子に掛けその寝巻に着替えるとベットに横になった。


(3時間以上睡眠がとれるなんて久しぶりだ。とにかく重要なのは明日からだろうな。しかし先程の女性、取引先で見たの軍人のような身のこなしだったな。女性と侮ると痛い目に合いそうだ。)


そんな思いを胸に目を閉じると、今までの疲れと訳の分からない状況に精神が参っていたのかすぐに睡魔が襲ってきた。

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