第20話:奴隷商の息子は、激怒する
俺は奴隷商人の息子として生きていくと腹を決めていた。
だから奴隷に同情すべきではないし、ましてや人身売買が悪いという日本でのモラルや常識を持ち出すべきではないと理解していた。
だが、目の前に俺に助けを求める女がいる。
気がついたら、奴隷の股間を覗き込んでいる小汚い男を蹴り飛ばし、怒鳴りつけていた。
「この野郎、そこで何をしている!」
大げさに吹っ飛んで転がっていく下男。驚きのあまり唇をワナワナと震わせて店主を見た。
その目は恐怖で見開かれている。
俺は、店主のほうへ振り返ると点検とは何をするのだと聞いた。
――――この時、相当頭に血が上っていたのだろう。正直、後で思い出そうとしてもよく思い出せなかった。
点検は、奴隷の肛門や膣の中の具合、体に欠損や傷がないかなどを調べるようだ。
特に性奴隷にされるエルフの奴隷は、病気を持っていないか分泌物に匂いがないかなどを点検するという。
「それが必要な行為なのは理解するが、何のために鎖で縛り付けてるんだ? 逃げようとしたのか?」
「奴隷が暴れるもんで……」
そりゃ、お股で小汚いおっさんが股間を覗き込んだら俺でも悲鳴をあげるわ!
「必要な行為なら、もう少しちゃんと説明してやれよ。体に異常がないか、アソコの病気がないか確認するから、ってそれくらいは説明できるだろ?」
「はい……」
うなだれた下男は、土下座してごめんなさいごめんなさいと謝る。
俺に謝らなくてもいいんだけど……
「とりあえず、離してやれ!」
奴隷の娘は、鎖から解き放たれると、その場でへたり込んだ。
鎖から外された奴隷に、嫌な思いをさせて悪かったと謝った。
「怖かったんだな。だが、必要なことらしいから、落ち着いたらもう一度見てもらえ」
「あの人は、いやです……あ、あの……ニート様になら……」
「俺? えっ? いいの? あっ、いや……お、俺でいいの?」
「……ニート様になら鎖に繋がれてもかまいません」
どうせあれだろ? 過去の俺がこの子を鎖で縛って嬲っていて、それで慣れてるからとか言うんだろ?
「うん……まぁ、それはいいけど。俺は医者ではないからよくわからないんだけどな」
奴隷の娘は、俺とパオリーアを交互に見てから言った。
「パオ姉さんなら、医療に詳しいからわかると思います」
えっ……そうなの? 俺は、パオリーアを見ると、うなずいてくる。
「パオリーアは、医療がわかるのか?」
「はい、母が産婆でしたし、子供の頃から教えてもらっていたので……」
パオリーアにそんな特技があったのか。
「おい、ジュンテ。パオリーアに見てもらうことでいいか?」
「は、はい。それは全く問題ありません」
女同士なら、少しは安心するだろう。
俺ではお股の点検が平常心でできるとは思えない。
良かった、良かった。
若干、残念な気持ちのまま、俺は奴隷とパオリーアだけを残し、この部屋を出た。
店主には、今後奴隷を受け入れる時の身体検査は女性にしてもらうようにと伝えた。
ちょっと嫌な顔をされたのが気になる。
こいつ、もしかして楽しんでやっていたのかな?
「それと、檻には入れなくていい。
「はい……そうですが。奴隷の店は檻に入れるのが普通でございます」
「ダメだ。檻に入れて売ると、売られた先でも檻に入れられるじゃないか」
そう、俺は売られた奴隷たちのその後が心配だった。
「な、なぜそのような……奴隷に気を使うようなことを……」
「商品だからだ。この者たちは大切な商品だ。商品を丁寧に扱うのは当然だと思わないか?」
わかったのかわからないのか、理解できずに目を白黒させている店主と下男に、俺の命令は絶対だと強く言い渡した。
振り返ると入り口で、檻から出された奴隷の少女たちが、俺たちのやりとりを見ている。
「わ、わかりました。仰せのままに!」
土間に土下座した店主と下男を見て、奴隷たちも一様に床にひれ伏す。
よく見るとパオリーアも頭を土間につけて頭を下げていた。
アルノルトも、膝を地に付け礼の姿勢をとっている。
「はい、ニート様。今後は態度を改めてまいります。ご教示ありがとうございます」
店主には、檻は撤去してその代わり奴隷たちがいかに高級に、美しく見えるかを工夫するように伝えた。
七日後にもう一度来ると言うと、何度も頭を下げて承知してくれた。
パオリーアは奴隷たちと何やら肩を寄せ合って話をしていたので、俺とアルノルト、店主の三人は店の奥のテーブルに着き、店の客層や、売られた後の奴隷がどうなっているのかを聞いた。
想像した通り、売られた先では酷い扱いを受けている奴隷もいるようだったが、それも噂話程度で店としては奴隷が買われた後のことは掴んでいないらしい。
俺は、顧客の調査も必要だと店主に話した。
「奴隷を売った後まで、お気になさるのはなぜですか?」
店主ジュンテは、理解できないだろう。
だが、俺は屋敷で奴隷たちにある程度の自由を与えていた。
今まではどうか知らないが、人扱いされず絶望したまま生きていくのは、かわいそうだと思ってしまうのだ。
平和ボケが長かったからなのか、俺自身が今までそういう絶望を味わっていなかったからなのか、それとも相手が女の子だからなのか、正直わからない。
しかし、可哀想だと思って何が悪いのだと、俺は思う。
絶望から立ち直った少女たちを、また絶望の中に落とすのは、俺が、良いことをしたと悦に浸るための自己満足だけだ。
それでは、奴隷も客も迷惑するだろう。
俺が関わってしまった以上、その後も責任を持たなければならないという思いは、奴隷たちに部屋を与えた時から考えていた。
「これからは、売る客がどう奴隷を扱っていたかも調べてから売ってくれ。それと、売った奴隷の状態がどうなのか知る方法があるか考えて欲しい」
「そういうことでしたら、知り合いの諜報屋に任せておけば大丈夫でしょう」
諜報屋か……探偵みたいな感じか。
アルノルトと店主から、今まではどうしていたのか聞き、だいたいの様子は把握できた。
正直、管理らしいことは何もしていなかったようだ。
よくこれで奴隷商の認可が下りたものだ。親父の交渉力が高かったということか……
盗賊たちが売りに来た奴隷を、檻に入れて並べ、買いにきた客に売る。
ただ、右から左へ奴隷たちをやりとりするだけの仕事。
つまらん仕事だ。親父がやってきたことを否定するつもりはないが、俺はそれが仕事だと胸を張って言えない。
「俺には奴隷商人は向いていないんだろうな……」
俺は独り言ちた。おそらく誰も聞いていないだろう。
「あまり長居しても迷惑だろう。アルノルト、パオリーア、そろそろ行くか」
「「はい」」
ダバオの街にはもう一店舗出しているので、そちらにも行きたかったが、そちらは店主同士が兄弟とのことだったので同じようにすると約束してくれた。
親父には勝手なことをしてすまなかったと、後で謝っておこう。
「さあ、気分を変えて街をぶらついて買い物しよう。小さなパンツ!小さなパンツ!」
「はい?」
しまった! 心の声が漏れ出てた!
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