第4話:奴隷商の息子は恐れられている
夕食を食べている時、俺は先ほどの狐人族の少女のことが気になっていた。あれって、
空想上の獣耳の女の子が、実在してるって、この世界は当たりかも知れない。
エルフもいいけど、獣人族って可愛いよなぁと一人妄想に入っていた。
俺がニヤニヤしているのが気になるのか、親父はチラチラ見てくるが気にしない。
俺は、さっそくアルノルトを手招きして呼ぶ。
「アルノルトさん!」
ギョッと目を見開いて驚いたアルノルトを見て、俺はこの人にも恐れられていることに気がついた。
おそらく、この肉体の元の持ち主、女神の言う鬼畜野郎は執事のアルノルトにも厳しく当たっていたのかもしれない。
「そんなに驚かないでも……ちょっと頼みがあるんだけど」
俺がそう言うと、慌てて俺の隣まで駆け寄ってきた。そんな走らなくてもいいのに、と思ったが素早く動いてくれるのは気持ちがいい。
チラッと、横の親父の姿が目に入る。こちらもまた、恐る恐る俺が何を言うのかと耳をそば立てている気配を感じる。
「さっきの狐耳の子を、部屋に連れてきてください」
「はい、かしこまりました。すぐに連れて行きますのでお部屋でお待ちください」
俺が立ち上がると、椅子を引いてくれたアルノルトがそう答えてくれた。よかった、今度こそ狐耳の少女の顔を見てやろう。
でも、二人きりになって話できるかな。俺、よく考えると素人の女の子とどう話ししたらいいのかわからないんだ。
「父さん、ごちそうさまでした。お先に部屋に戻ります」
父親のことを元の俺がどう呼んでいたのか知らないが、父親なら父さんでいいだろうと考えて言ったのだが、親父はビクッとして驚いたような顔をしていた。
「どうかした?」
俺は、思い切って何がおかしいのか聞いてみることにしたが、首をブンブンと降った親父はどうもしないと答えた。
それ、絶対に俺のことを嫌っているか、恐れているよな。
「アルノルトさん、ちょっとお聞きしたいことが……」
俺は、部屋に戻る際、なぜ父親があんな風に俺に対して遠慮しているのか、それとなく聞いてみた。アルノルトは、知らぬ存ぜぬと答えなかったが、知ってることを教えてくださいと強い口調で言うと、怒らないでくださいよと念押ししてから、渋々と話ししてくれた。
元の俺は、どうやら父親に対しても怒鳴り散らし、足蹴にしていたらしい。息子が親父に対してそんな態度を取っていたのかと思うと頭が痛くなった。これ、親父との関係って修復できるのだろうか。というか、ニートってやつはどういう男だったのだろう。
しかし、アルノルトにニートってどんなヤツだったかって聞くわけにもいかない。何しろ本人に向かって、あなたはこんな人ですなんて言えるわけがないのだから。
それに、アルノルトでさえ俺のことを腫れ物に触るかのように、扱っているのだ。本当のことを教えてくれるとは到底思えない。
「じゃぁ、俺は部屋に戻る。特に予定がないのなら、部屋から出ないけど、用事があるときはノックしてください」
「はい、かしこまりました。……あの、ところでノックとは?」
ノックってこっちの世界の人は使わないのか。
俺は、ドアをコンコンコンと三回叩いて音を鳴らし、これがノックとアルノルトに教えると部屋に入った。
◆
ニートが部屋に入ったことを確認すると、アルノルトはすぐに奴隷小屋に走った。
<あの、短気なニート様が気長に待ってくれるわけがない。今頃、まだか、まだかとイライラして壁を蹴っているだろう>
幼少の頃からニートを見てきたアルノルトにとって、言葉にしなくてもニートが何を考えているのかわかっている。
今日はすることがないとわかったとき、ニタリと笑ったのをアルノルトは見逃していなかった。
あれは、奴隷をいたぶるつもりなのだ。
「アーヴィア! アーヴィアはいるか? すぐに出てくるんだ。ニート様がお呼びだ!」
アルノルトがそう声をかけると、奴隷たちがざわつく。大きなため息をする者もいた。可哀想にという声がして、神に祈りを捧げる者もいた。
もう一度、アルノルトが名前を呼ぶと、狐人族のアーヴィアがオロオロしながら部屋から出てきた。
「……はい。あの……」
すでに目には涙をいっぱいためている。我が身の不運に絶望したのだろう、声を出さず肩を震わせている。
だが、徐々に涙は大粒となり、息をしゃくり、鼻をすする。見ていると不憫だが、主人に逆らえるわけがない。無事に戻ってくることを祈るしかないのだ。
アルノルトは、これからニートの相手をする女にアドバイスすることしかできない。彼もまた、毎日恐怖の中で生きていた。
「アーヴィア。ニート様の用件はわからないが、決して口答えだけはするな。それと、今日のニート様はどこかおかしい。これは我々を油断させるつもりの可能性が高い。どんなに優しい言葉を言われても、額面通りに受け取らないことだ。わかったか?」
「……はい。あ、あの……あ、はい、わかりました。」
何かを言いかけたが引っ込めたアーヴィアは、アルノルトの後ろを重い足取りでついて行く。
主人やニートが住む館と隣接した奴隷が入れられている建物は、木造二階建てで、いくつかの小部屋となっていた。その一つの区画に十名ほどが押し込められていた。ゆっくり寝転んで寝ることもできず座ったままで寝るのだ。
そのため、不衛生で、食事もろくに与えられないためやせ細っている者が多かった。
その弱々しい姿を見て、さらに怒りをあらわにし嬲り殺される奴隷が後をたたない。生きていくのも地獄だった。
「あの……なぜ、私なのでしょう。今まで、あの方が私たちを呼ぶときに名指ししたことなんてなかったのに……」
「わからん。だが、着替えの時にお前が驚かせたことと関係があるはずだ。あの時、すぐに謝り、私が間に入ったから事なきを得たが、いつもなら鞭打たれるくらいではすまなかったはずだ」
アーヴィアは、これから我が身に降り注ぐ鞭の嵐を思うと、生きた心地はしなかった。耳はぺたんと垂れ、尻尾も元気なく垂れ下がっている。
鞭を打たれるのは日常のため我慢できる。しかし、昨日は殴り殺された人がいたのを聞いていたので、不安で仕方がなかった。
そんな話を歩きながらアルノルトに、ポツリポツリと話すが何も答えてはもらえなかった。
「いいか。今日のニート様は明らかにおかしかっただろう。自分が何者か、ご主人様のことなど聞いてこられた。もし私がうっかりと本音を話ししてしまっていたら、きっと今頃は鳥の餌にされていただろう。アーヴィアも、ニート様の言葉に惑わされず、しっかりとお勤めを果たしなさい」
「はい……で、でも……なにをしたら……」
アルノルトもなぜアーヴィアを呼んで来いと命じられたのかは聞かされていなかった。だから、答えられない。
今までの経験上、ニート様は昼間に用事がないときは、奴隷を犯し、気が済んだら寝ることが多かった。
おそらく性のはけ口に使われるはず。アーヴィアはまだ十六歳になったばかりだ。性技も身につけていない。おそらく、お怒りになるはずだ。
「何をしたらいいかと聞いてはいかん。まずは、部屋に入ったら目を合わせずご挨拶し、すぐに服を脱ぐのだ。あとは、何か命じられるだろう。精一杯頑張れば無事に戻ってこられるはずだ。だから……」
アルノルトは自分が無責任に大丈夫だと言ったことで、心が痛む。
あの人は、人が苦しめば苦しむほど喜ぶ人だ。
痛がれば痛がるほど、さらに痛めつけ、泣けば泣くほど、さらに泣かそうとする。泣かずに我慢していても逆鱗に触れ、執拗に泣くまで鞭打たれるのだ。
大丈夫なんて言葉は気休めにもならなかった。
「……わ、わたし泣き虫だから……泣いてしまったらどうしたら……」
アルノルトは、アーヴィアの方に振り返ると言った。
「あの方は涙を見ると、さらに泣かせようと凶暴になる。いいか、泣けと言われたら泣いていい。しかし、泣いても泣かなくても鞭打たれる。せめて、頭と胸だけは殴られないように気をつけなさい。命さえあれば問題ない。わかったね」
こくんと頷いたアーヴィアは、ニートの部屋のドアの前でお互い目で合図をし、アルノルトがノックをした。
「どうぞ!」
不気味な口調のニートの言葉が聞こえた。
大きな深呼吸を二つして、アーヴィアは入って行った。
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