(39)今後の方針

 土埃がおさまって視界が回復すると同時に、悠真は腰を抜かしたままの男達に向かって足を進めた。そして顔に恐怖の色を浮かべながら自分を見上げてくる彼らを、冷たく一瞥しながら問い質す。


「さて、お前達に聞きたい事がある。まずこの国の統治者は誰だ? やはりあの広間で、正面の御大層な椅子に座って、ふんぞり返っていた貴様だろうな」

 明らかに一際豪華な衣装を纏い、王冠らしき物を頭につけていた老人を、悠真が恫喝した。するとその老人は瞬時に真っ青になり、自分の頭から王冠を外しながら弁解する。


「いっ、いえいえ滅相もございません! 本日ただいま国王の座は、前々からの申し入れの通りこちらの息子に譲り渡しましたので! 使徒様の御用命は、この者が承ります! おい! 後は任せたぞ!」

 そんな事を言われながら王冠を文字通り父親から押し付けられた壮年の男は、仰天して反論しつつ王冠を押し返した。


「はぁ!? 俺を後継者に決めるまでに散々焦らしたあげく、今まで頑として実権を持たせずに譲位しなかった強欲老害ジジイが、今更何をほざいてやがる!!」

「だから今、国王の座を譲ってやると言っているだろうが!! ありがたく受けとれ!!」

「冗談じゃない!! こいつらを召喚したのはお前だろうが!! 最後まで自分で責任を取りやがれ!! 俺は無関係だ!!」

「五月蝿い、黙れ」

「…………!」

「…………!」

 見苦しいにも程がある責任転嫁ぶりに呆れ果てた悠真が端的に命じると、国王親子は蒼白な顔を見合わせながら、意味不明に口を開閉させるだけになった。それを見た海晴が、事態を正確に察する。


「うわぁ……、お兄ちゃんの能力って、本当に強力。これって、お兄ちゃんが『黙れ』って言ったから、喋りたくても声が出なくなってるのよね?」

「そういう事だ。ところで海晴。どちらでも良いが、顔は覚えたか?」

「どちらも忘れられそうもない、甲乙付けがたい間抜け面で醜態をさらしてくれたもの。完璧に覚えたわ、大丈夫よ」

「それなら、まず第一段階はクリアだな」

 そんな会話を交わして海晴と不敵に微笑み合ってから、悠真は国王達を囲んでいる男達に視線を移した。


「さて、その二人は声が出せないから、代わりにお前達が質問に答えろ。この国に聖女を召喚したのはお前達だな?」

「い、いえっ!」

「決してそのような!」

「それは陛下のご指示で!」

「その陛下の指示に従って、粛々と召喚準備をして実行したなと聞いている。違うと言うのなら弁明してみても良いぞ? ただし嘘をついた場合には、どんな天罰が下されるかは分からないがな」

「……使徒様がおっしゃる通りでございます」

 口々に弁解しようとした面々だったが、悠真に一睨みされて観念したように項垂れた。そして最年長と思われる総白髪の老人が神妙に頭を下げると、彼をその場の代表者と見なした悠真が問いを重ねる。


「それなら聞くが、聖女を召喚しようとした理由は、何百年かぶりに魔王が現れたためか?」

「はい、そうでございます」

「それなら魔王はどこに現れた。この国か?」

「いえ、この国ではなく、大陸中央部のザクセルンの端にある山岳地帯だと聞いております」

「聞いている? ここに、直に魔王を見たり対峙した者はいないのか?」

 悠真が眉根を寄せながら、いかにも不愉快そうに問い質したことで、その老人は慎重に言葉を返した。


「はぁ……、それはさすがに。なにしろ我が国とザクセルンは間に二つ国を挟んでおります。しかも山岳地帯は、こちらから見るとザクセルンでも反対側の地域に位置しておりますので……」

 その弁解を聞いた天輝は、思わず口を挟んだ。

「それなのに、どうして魔王がこの国の脅威だって分かるんですか?」

「それは……、代々伝わっている書物にそう記載がありまして……。ゆめゆめ用心を怠るなと……」

 真っ当な天輝の問いかけに、老人はしどろもどろになりながら弁解を続けたが、悠真がつまらなさそうに一蹴する。


「全く驚異を感じていないし、実質的な被害を微塵も受けていないのにな」

「それに魔王がそんなに脅威なら、聖女を召喚する前に、他の国と協力してて討伐したら良いじゃありませんか。どうしてそうしないんですか?」

「それは……」

 進退窮まった体の老人が口ごもると、海晴が鼻で笑って断言する。


「天輝。こんな日和見主義者達、実際に攻められるまで対策を取ろうなんて思わないわよ。万が一攻められても、この体たらくならとても抵抗できるとは思えないし」

「でも仮にも国王やその周囲の支配階級の人達でしょう? 自分が治めている国や国民を守る義務があるよね?」

「だって聖女を異世界から召喚して、その人物に征伐を丸投げしようって短絡思考の連中だもの。他国を間に挟んでいるなら尚更よ。魔王がここまで攻めて来なくても、取り敢えず聖女を召喚してセーフティキープしておけば、この国だけは安心。他国が攻められて疲弊した所を、魔王がいなくなったところで進攻してちゃっかり併合とか、とことん自分達に都合の良いことを考えていたのに違いないわよ。そこの強欲間抜け面おっさん達は」

 多分に海晴の偏見が含まれた推論を聞いた天輝は、本気で驚いて腹を立てた。


「何それ!? 許せない! 他力本願の上、他人の不幸は蜜の味って事!? 最低!! お兄ちゃん、海晴!! この人達、もう一切手加減なしで良いから!!」

「最初からそのつもりだ」

「天輝の許可が下りたから、とことんやらせて貰うわよ」

「そんな!? 誤解です!!」

「聖女様!! お慈悲を!!」

 酷薄な笑みを浮かべた悠真と海晴を見て本気で身の危険を覚えた男達は、揃って顔色を変えて天輝に懇願してきたきた。そんな彼らに向かって、悠真が冷徹に言い放つ。


「多少慈悲をかけてやれるかどうかは、これからのお前達の心がけ次第だ。私の問いに、即座に正直に答えろ。その魔王が現れた地まで、ここから馬車で普通に向かうと何日の行程だ?」

「おい、誰か分かる者はいないか!?」

「早くお答えしろ!!」

「はい! 馬車で最短ルートで、およそ七日程の旅程になるかと思われます!」

 集団の後方から、若手の官吏らしい男が慌てた様子で報告してくる。それを受けて、悠真が彼に確認を入れた。


「それは日中は走り、夜間は動かずに野宿したと考えてだな」

「野宿……。あ、はぁ……、勿論、夜はきちんと休んでの話です。街道筋で馬を変えながら昼夜続けて騎馬で走り抜ければ、もっと早く到達できますが。その場合は四日程ではないかと」

「結構。良く分かった。それでは直ちに私達を、魔王が存在する場所まで案内するように。同行者はこの新旧国王だ」

「…………!?」

「…………!!」

「え?」

「あの……、どういう事でしょうか?」

 突如指名された二人は狼狽し、家臣達が困惑した顔を見合わせる。そんな彼らに、悠真は尤もらしく語って聞かせた。


「お前達は魔王を排除して欲しくて、聖女を召喚したのだろう? だからその願い通り私達が魔王を退治してやるから、そこまで案内しろと言っている。この国に魔王がいないのだから、仕方があるまい」

「いえ、あの……、それでどうして陛下達が同行されるのでしょうか?」

「あの男達は、聖女を召喚した責任があるだろう。つつがなく魔王の下に案内した後は、我々が魔王を排除するのをその目で確認して、それを国民に対して報告する義務がある。違うのか? 違うと言うのなら、お前が国王達の代わりに案内役と見届け役を引き受けても良いぞ? 他の者でも良いが。立候補者はいないのか? お前でも構わないが」

「…………!!」

「…………!!」

 問われた老人は、国王親子が何やら懇願する目線と身ぶり手振りで訴えてきたのを横目で見たが、それを綺麗に無視して悠真に対して恭しく頭を下げる。


「畏まりました。見届け役として、前国王陛下と現国王陛下をお連れください。我々が責任を持って、直ちに出発の支度を整えます」

「…………!?」

「…………!!」

「神の使徒様の前で、醜態を晒さないでいただきたい」

「拘束させていただきます」

 あっさり切り捨てられた国王親子は怒りの形相になったが、騎士達に囲まれてあっさりと拘束されてしまった。それを無表情で眺めながら、悠真が更なる要求を繰り出す。


「そうしろ。一応言っておくが、あの不愉快な奴らと私達が乗る馬車は別にしろ。馬車が無ければ、奴らは荷馬車に乗せて構わん」

「分かりました。少しの間、お待ちください」

「ああ、色々派手に壊してしまったから、準備が大変だろう。少しなら待つ。しかし今日中に出発できなかった場合、更に周囲が壊れる事態になるかもしれないな。それに万が一、あの国王達が途中で逃げ出したり身代わりを立てるなどと、神に対して不敬な振る舞いに及んだ時には…………。私が最後まで言わなくとも、それ位は分かっているだろうな?」

 悠真が含み笑いでそう告げると、周囲の者達が泡を食って動き出す。


「勿論でございます! 必ずあのお二方には、使徒様達に同行していただきますので!」

「馬車の手配、急げ!」

「馬は大丈夫か! 揃っているか!?」

「旅費を手配しろ!! 国庫の金庫の中身はどうした!?」

「近衛隊で、随行する護衛人員を早く決めろ!!」

 血相を変え、怒声を放ちながら右往左往している家臣達を見て、天輝は不思議そうに尋ねた。


「どうしてあの人達を連れて行くの?」

「わざわざ七日間も、馬車に揺られて行くなんて御免だもの。要は、目印が現場に行けば良いのよ。そこめがけて転移すれば済む話だし」

 あっさりと海晴が口にした内容を聞いて、天輝は本気で驚いた。


「え? まさか途中、元の世界に戻っているつもり!?」

「当然よ。そこまで付き合う義理は無いわ。私達が確かに馬車に乗っていると、同行する人達にお兄ちゃんが暗示をかければ済む話だしね。そうでしょう?」

 そこで視線を向けられた悠真が、真顔で頷く。


「勿論、そうするさ。俺達も行くと言わないと、途中で約束を反故にしたりする可能性があるしな。俺達が魔王を倒したのを見届けさせるという大義名分もあるから、他の連中がさっさと旅団を組んで、俺達もろとも国王達を送り出すだろうさ」

「他国にあの国王親子から、魔王は倒されたと宣伝してくれないと困るしね」

「あの人達、運が悪かったわね……」

 これまでに自分が召喚陣を破壊させただけで済んだ国を思い出した天輝は、確実に災難の度合いが上がってしまった目の前の男達に対して、ほんの少しだけ同情した。



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