第28話 医者「ダカーサ」

 ディーンは医局に向かった。

「すみません、シリウスの遺体はもう片付けてしましましたか?」医局にはメイド服姿の女中がいた。この城には同じ顔で同じ声の女中が数人いるらしい。

「ああ、シリウスさんですね。今『先生』を呼んできます」と彼女は言い、奥の方へ引っ込んでいった。

「先生に聞けばなんでもわかりますから……」と彼女は去り際にボソッとつぶやいた。ディーンはしばし戸の近くで待っていた。すると後ろから、一人の男がやってきた。年は四十以上くらいだろう。眼鏡をかけて、金髪の髭を生やしている。服装は黒いTシャツにだるんだるんの寝間着のようなものを履いている。かなりラフだ。肌着と言っても差し支えない。

「こんにちは、シリウスの遺体のことで……」とディーンが言い終わらないうちに、男は

「ああ、シリウスさんなら箱に詰めたよ、遺体は死亡と同時に変身呪文が解かれたためヒト型だね。聞くところによると息子のジャンも死亡しているとこのことだったので、人づてに墓の場所を探し当て、先生が自ら埋めたみたいだね」と言った。

「え、先生? とは?」

「ああ、俺は先生の使い走りだよ、一応医者だ。免許は持っている。先生に言わせりゃあ俺なんか赤子みたいんだもんだ。なんせあの人は、」

「何か随分楽しそうなお話だね?」と後ろから声がした。が姿が見当たらない。ディーンは思わず顔を左右に振る。いや、いた。いた。身長がわずか140センチほどなので、見当たらなかっただけだ。あるいはもっと小さいかもしれない。銀色の髪をした中学生ほどの女の子が、同じように黒いTシャツと男物の寝間着を着て、スリッパを履いて突っ立っていた。

「ああ、先生……」と男は幼女に向かってこびへつらった。

「せ、先生?!」

「あ、いかにも、私が病理解剖医でヒト生理学研究者のダカーサだが?」

「えっ……、ダカーサ医師?!」ディーンは驚いた。

「僕、貴方の論文やご著書を読んだことありますよ!? あれ不思議だなあ……僕が読んだのは50年以上前の論文だったはず……あれ、でも確か、去年刊行した『ダカーサ生理学』の編者もあなただったはず……。あれ? ん?」

「私はもう100年以上ここで医師業をやっている。無論じゃの、全部儂じゃ。もっとも論文なぞ何を出したのか、古いのは忘れてしまったがの。毎年出しているとすぐに忘れるのだ」

「100年なんて……もっとでしょう」と助手がぼそりと言う。すかさずダカーサが助手の足をスリッパの上から踏む。

「僕が読んだのはセロトニンと種々の神経が呪文に関する影響をまとめたものですね。あれも面白かったなあ。呪文生理学の基礎が作られたのはあなたのおかげでしょう。今まで知られていなかった呪文が生まれるメカニズムが生理的に解明されたんですから、すごく画期的でしたよ」

ダカーサは妙に顔を赤くした。

「……お前、さすが稀代の天才と言われただけあるな。無論お前を作る際にティムに助言したのがこの私なのだから、無論だがの。なかなかどうして、お前は結構話せるやつだな。お前、私の研究室に興味はないか? この世の呪文が生まれる生理的メカニズムの地図を、ともに作成しないか?」

「かなり魅力的なお誘いは嬉しいですが考えておきます。いやあ僕、中学くらいからあなたのご著書を読んでいたから、つい興奮してしまった。こんな時なのに。そうだ、シリウスとジャンの遺体はもう墓の中なんですね?」

「そうだ。戸籍を調べたところ、彼らには親族がいなかった。だから私の一存で墓に葬った。そうする他になかったのだ。無論、私はシリウスの大学時代の教師だ。彼は非常に優秀だったな。ティムとよくつるんでいたので覚えている。なかなかどうして、あいつはティムよりも研究者肌のところがあった気がするな、惜しい人材を亡くしたと思う、実に。

息子も非常に優秀だったそうだな。魂のエネルギーは死亡時確かにわずかだった。微かに死ぬ前に大きな呪文を使った形成もあった。魂を定着させるときに形を見ればそれなりにわかるのだ。まあこの読影には技術が必要だが……。とはいえ、他の人間から見たら結構なエネルギー量であることには間違いないな。私は興味本位で魂を箱に入れた。事前に魂を定着させるかどうかは死亡前の本人の意思に依るのだが、それは無論金と人件費がかかるから、という単純な理由だ。法的に言えば、『魂を定着させない』ことは問題だが、『医師の判断で定着させる』こと自体に問題は無いのだ。だから私はなるべく、できる限り魂を箱に入れている。最もそれは私の研究のためだがな。どうする?」

「何をです?」

「魂のエネルギーの権利だ。今は法的には『国』、つまり実質上私が管理することになるが、一部のややこしい手続きさえ踏まえれば、シリウスの記憶の箱をお前の物にもできるぞ。いくらか金はかかるだろうがな」

「そうですね、考えておきます。記憶の魂は、箱以外に定着できないんですか?」

「無論できる。私くらいの力を持っていれば、だがな。最近こいつも(と言いながら彼女は隣の助手を叩いた)なかなかうまいぞ。まだ私が目を光らせていないと危ないがな。魂が今世をふらつくようになってはいけないし、きちんと対象物に馴染まないといけない。まあこればっかりは魂の相性にもよるな」

「キッシンジャー様を本にしたのはあなたなんですか?」

「むろん私だ。よく知っておるな。とはいえ、あれは非常にやりやすかった。城に仕える医師として便宜上私が施したが、あれは自ら進んで自身を本に定着させた。あれなら三年目のぺーぺーの医師にだってできるさ」

「シリウスも本にできないんですかね」

「魂を物体に定着させるには、それなりの理由が必要になる。法的な理由、がね。あとはお前がどうしたいか、によるな。そうだな……例えばお前が法的にきちんとした証明書を持ってきてもいいし、偽造してもいい。私は出された証明書に従って処置を行うだけさ。非常に面白い研究対象としての魂のサンプルは一つ失うが、この200年……いや、この私の長い研究生活を思えば微々たるものだ」

「……」

「どうする?」ディーンの答えは決まっていた。

「箱を僕にください」

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