Had a Little Dog

 ……犯人の遺留品に残された匂いを追う犬みたいだな……。

 などと些か失礼すぎる感想を脳裏に浮かべつつ、春原花純と並んで慧の後ろを歩く。

 慧は右へ左へとノドゥス粒子の溜まるところを観察しながら進んでいる。

 そうしているうちに、周りの風景が住宅街から繁華街に変わってきた。情動の痕跡を追う以上は電車に乗ったりするわけにも行かず、ところどころ痕跡が希薄なエリアでは次に追うべき粒子の尻尾を見つけるために探索したりもしたために、思った以上に時間がかかってしまった。そろそろ日が落ちようとしている。

「慧。もういい時間だし、春原さんは一旦別のスタッフさんに送ってもらおうかと——」

「しっ」

 いつになく鋭い慧の発話に、思わず言葉を飲み込んでしまう。僕らの現在位置は、繁華街の大きな通りと並行して走る裏道。そこから更に裏路地へ入り込もうとする曲がり角で、慧は身を隠すようにして裏路地の奥を覗き込んでいる。

「見つけた。この情動は、彼のものだ」

 予想外の早さに驚く。正直に言って、心の準備が全くできていない。しかしこの機を逃せば彼はそのショーを実行に移してしまうかもしれない。

 僕は体をかがめて、慧よりも下の位置から裏路地を覗き込む。

 乱雑に積まれたゴミ袋やカラスが荒らした生ゴミ、無数の空き缶が転がる不衛生な空間に、その男は佇んでいた。僕らに背を向ける形となっており、顔は見えない。中肉中背で黒いシャツにジーンズ。特徴らしい特徴は一つもなく、慧の判断だけが頼りだ。警察では到底拘束に至ることができないようなステータスであろうと、慧がいればその特定精度は格段に向上する。

 とはいえここ日本は法治国家だ。顔の一つも確かめておかなければ、後付けの言い訳をするにしても少々分が悪い。ちょうど犯人も態勢を変えようとしていることだし、ここはNPMSに搭載されたカメラ機能(サイレントモード付き)でアップの写真を——

「あれは……春原さんの、彼氏さん……?」

 と、次の瞬間。

 僕の目の内部がいきなりホワイトアウトし。

 過去の経験から、それが後頭部を強打された際に時折表れる症状であることに思い至る。

 とっさに振り向いた先——意識の失われる寸前に僕の目が写したものは、怯えた目をしながら鉄パイプを握りしめている、春原花純の姿だった。

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