第8話 人は見かけで判断できない

 その町は僕らが住んでいるところより賑やかで、活気があった。人々は朝に凛とした表情でどこかに向かい、夜には皆どこかでわいわいと食事していた。個人商店の立ち並ぶ商店街には小さな店がいくつも立ち並び、お祭りのように人込みをかき分けて通らなくてはならず、数歩歩くたびに誰かに声をかけられた。


 その日は役所、郵便局、交番に行ってみたがまともな返事は得られなかった。僕たちの提示した写真がかなり古いものであることも調査を困難にする要因だった。何しろ二十年近くも前の写真だ。その写真を見せられただけでその人物を特定できるなんて、奇跡に近いだろう。特に役所は厳しく、大柄な中年男性が僕達を変質者であるかのように睨んできた。僕はそいつの顔だけは一生忘れないようにしようと決意した。

 僕らは三つの場所を転々としただけでもうくたくただった。


「夜は飲み屋にでも言って聞き込みをするわ」と彼女は言ったが、正直僕はホテルで休みたかった。それでもその日の夕食をとるため、僕は彼女について行った。僕は居酒屋で久しぶりに肉じゃがを食べた。あつあつで湯気が立ち込めており、じゃが芋は甘く、ほくほくしていて美味だった。肉を食べるのは随分久しぶりな気がした。


「魚以外のものも食べるのね」

「僕は何でも食べるんだ、基本的に」

 彼女はお茶漬けを頼んだ。僕も鮭茶漬けを頼んだ。飲み屋にせっかく来たからと申し合せ程度に僕はビールを頼んだ。残念ながらそんなにお酒は強くない。


「ねえ、何を飲んでいるの?」彼女は知らない男に勝手に話しかけた。普段の寡黙な彼女からは考えられない行為だったが、僕は平静を装った。

「ハイボールだよ」白いシャツに紺のネクタイを締めた男が答えた。

「美味しい?」

「美味いけど、もっとうまい酒もあるよ」

「ところで人を探しているんだけど」彼女は本を取り出し、サラリーマンらしい男に父の写真を見せた。

「知らないな」

「随分古い写真だな」と、横にいるもう一人の連れの男も口を出した。二人とも髪は黒く、きっちりと寝せつけられている。

「そういうのはさあ、探偵に頼んだらどうかな?」と二人のサラリーマンのうちの一人が言った。

「探偵?」

「ああ。金はかかるが、人探しは探偵に頼むのが一番だよ。あそこは浮気調査と人探しにかけたらプロだからね」

「悪くないわね」

「嬢ちゃんも、お父さんを探す気持ちはわかるが、こんな手掛かりしか無く、こんな地道だと見つかるものも見つからない」と一人が言うと

「餅は餅屋だよ」ともう一人が言った。

「知り合いに探偵か誰かがいるの?」と彼女は聞いた。

「いや、俺は知らないね。ただ、サクラ事務所ってとこは割と有名らしい。俺自身は一切関りが無いけど」

「サクラ」

「まあ、お嬢ちゃんもいっぱい稼いで貢げば、サクラさんが相手してくれるはずさ」

 僕らは二人にお礼を言い、ホテルに戻った。


「探偵事務所を当たってみるか?」僕は部屋に着くなりグロリオサに正面から聞いてみた。

「悪くないと思う。ただ、お金が気になる。私にはあまりお金が、」

「僕は割と持っているよ」

「本当に?」彼女は疑わしそうな目で僕を見た。僕は鞄から金の魚を取り出した。魚の口を開け、人差し指をそこから魚の体の奥に突っ込んだ。指の感覚で骨の部位を図る。浮袋と心臓の位置を確認し、もう一つの手で魚のしっぽを掴んだ。僕はそのまま何度か魚を上下に振って見せると、魚の口から光り輝く真珠がぽろぽろと出て来た。

「ほらね」

「どうやって出てくるの?」

「コツがいるんだ、簡単には教えられない。特定の魚は身体の中に金や真珠を貯めこんでいるんだよ」

「あなたって本当にすごいのね」

僕らは翌日、探偵事務所を訪れることに決めた。


 いくつかの探偵事務所は町に存在した。僕らは、まず昨日飲み屋で男が教えてくれた【サクラ探偵事務所】に行くことにした。この町の探偵事務所の中でも知名度が抜群に高かったからだ。

「なんでこんな方法を思いつかなかったのかしら」

「君は一度やると決めたら周りが見えなくなるんだよ」

「あなたに言われたくない」僕は笑った。

なんだかんだ言いながらも、僕らは探偵事務所を目指した。町は割と発展していて、飛脚が随所に存在した。彼らはいつも道行く人に声をかけている。

「あれに乗りましょうよ」と彼女は言った。

「悪くないな」


 僕らは飛脚のお世話になった。飛脚は筋肉質で日焼けをした、長身の若い男だった。彼は寡黙で、ただひたすらに任務を遂行しようとする性格だった。彼のその性格に僕たちは惹きつけられた。余計な詮索をしないでくれる方がかえってありがたかったからだ。彼女はいたく彼を気に入り、真珠を一つ彼にプレゼントした。


 探偵事務所は町の中心からは少し離れたところに存在した。アーケード街の中にあったが、日中でもシャッターの降りている店がいくつかあった。一階がクリーニング屋さんで、二階に探偵事務所がある。僕らは階段を上り、事務所のドアをノックした。


「はい」まず僕らを出迎えてくれたのは、ピンクのスーツを着た女性だった。金縁の眼鏡をかけており、中々の美人だったが、奇抜な衣装のせいでその印象は少しかすんでいた。背が高く、モデルのような体型だ。

「ご依頼ですか」とその女性は高い声で言った。普段接している少女の声が低いためか、それはやけに高く聞こえた。

「はい」と女勇者が低い声で言った。

「おかけください」我々は部屋に入り、ソファにかけた。

「アポは無いですよねえ?」

「無いですね、すみません」と僕が謝った。

「いえいえ」ピンクのスーツの子が奥の部屋をノックした。

「サクラ先生、お客様ですう」

彼女はドアをゆっくり開けた。


一瞬振り返り、僕たちに会釈をした。これから先生が来ますから、どうぞご無礼の無いように、とでも言いたげに。僕は釣られて会釈した。隣にいる彼女も頭を下げた。

 初め、彼女がどこにいるのかわからなかった。


グレーのスーツに水色のシャツ。足元はベージュのパンプス。装飾品は無い。眼鏡をかけている。驚くべきは、彼女の身長。百五十センチあるか無いかで、顔はいかにも高校に入学したて、とでもいうような風貌だ。要は圧倒的に若かったのだ。高校生がスーツを着ているような、そんなちぐはぐさが僕を妙な気分にさせた。僕は思わずサクラ先生の年齢を聞いてみたくなったが、その好奇心はひとまず抑えることにした。


「なんでしょう」と彼女は目の前の机に座りながら言った。声は低くも無く高くも無い。益々先生の年齢はわからなくなった。


「人を探しています」と女勇者が言った。

「私の父です」

「いつから探していますか?」

「そうですね、最後に遭ったのはもう十年以上前です」

「十年以上前」と先生は繰り返した。言葉にすると、いかに途方もない話かが分かる。

「正確な年月はわかりかねますか?」

「そうですね、今はわかりかねますが」と言い、彼女は茶色のオルゴールのような箱と、発電所から盗んだ本を取り出した。

「証拠は幾つかあります」

「なるほど」

「良いでしょう、しかし私の見立てではこの依頼には並々ならぬ金額が必要です。あらゆる機器と時間、人材を投入する必要があると思います。それは構わないですか?」

僕は鞄から魚を取り出し、真珠と金をテーブルいっぱいに出して見せた。

「これでどうでしょうか?」先生はざっとテーブルを右から左へ流し見した。

「できれば現金がよろしいですがね、まあ構いません」

「ありがとうございます」

「では、こちらの契約書にサインを」ピンクのスーツを着たアシスタントが契約書を我々の前に差し出した。


サイン?


「君の名前は?」僕は小声で聞いてみた。

「女勇者よ」そんなことをなぜ聞くのか、とでも言いたげなぶっきらぼうな言い方だった。実際にそう思っていたのだろう。


彼女は紙にさらさらとサインした。


グロリオサ。


なるほどいい名前だ。僕は普段論文で使っている名前を書いた。


ジャン・クローバー。


 サインをする間、グロリオサが僕のサインする様子をじっと見ていたので少々やりづらかった。その間、サクラ先生は彼女が渡した本をパラパラと読んでいた。


「その、葉の挟んであるページに私の父が載っております」とグロリオサは言った。サクラ先生は軽く頷いただけで、特に感想を述べなかった。

「一か月かかるかもしれませんね」と彼女はつぶやいた。その声はやけに部屋に響いた。

「或いはもっと。報酬は追って請求することとなりますが、今回の内金では間に合わない可能性もあります。その点はどうぞご理解ください」

「はい」僕たちは頷く他なかった。

「この箱は、開けても構いませんか?」サクラ先生が目の前の茶色の箱を指して言った。

「はい。できれば、私のいる今、開けるのがよろしいかと」

「この箱の存在は知っています」と先生は言った。先生はピンクのスーツの子を見た。

「ごめんなさい、奥で私が呼ぶまで、バネッサの件について資料をまとめていてくれないかしら」

「はい」ピンクのスーツの子は奥の部屋に引っ込んだ。確実に扉が閉まったことを確認してから、声を落として先生は言った。


「この箱の存在は知っています。しかし、この箱の存在と、その中身を知る者は出来るだけ少ない方が良いです。今開けても構いませんか?」

「勿論です、その為に持ってきました」グロリオサがはっきりとした口調で答えた。

「わかりました。では、三人で開けましょう」僕と先生とグロリオサが箱を掴んだ。

「開けますよ」と先生が言った。

「決して手を離さないように」言うや否や、僕たちは白い光に包まれた。


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