第6話 はじめての依頼

 現在の時刻は午前10時を少し過ぎた所。ついでに今は6月4日だ。


 何故そこまで細かくわかるようになったかと言えば、ミーくんのおかげだ。


 ミーくんの秘密手帳に書かれているらしい、僅かながらの引き継ぎメモによりこの世界が地球とそう変わらない時刻と暦の仕様であるということが判明。


 じゃあ、そのまんまつかえるじゃん! と、スマホの日時を一時的にこの世界仕様に合わせたのである。


 さて、そんなスマホくんの主食は電気だ。それはこの世界では得ることが難しいだろうと思っていたのだけれども、先程俺はミー君が自分のスマホを充電しているのを見てしまったんだ。


「時にミー君。君が弄ってるのはスマートフォンじゃないかな?」


「そうだよナツくん。君たちの世界のスマホだよ。最近女神の間で流行ってんの。ただねー、リソース不足のここじゃあまだ神界の基地局に繋がらないから大したことは出来ないんだよね」


「理解が及ばないことについては流すけどさ、もしかして今充電中してない? なんかミー君から伸びてるケーブルに繋がってるんだけど」


「ああ、そうだよ。リソース不足で下界じゃ弱い魔術しか使えなくなっているけどね、スマホの充電くらいは出来るんだ。お姉ちゃんにも褒められたんだよこれ。器用な真似するわねーって」

 

 俺がミー君を充電器として認識した瞬間である。


 水も出せて火も出せておまけにスマホの充電も出来るとはなんて便利なんだろう。キャンプ道具としてこれほど優れた物はそう無いぞ。


 そんなわけで、我々はスマートフォンという文明の利器強力な武器を使えることになったわけだけれども、先程受託した……というか、させられた依頼に関してはこのスマホが役立つことはなさそうだ。


「あ、あれじゃないかなナツくん。きっとそうだよ……」


「そうだな……うっぷ、聞いていたとおり、いや、それ以上にヤバそうだぞこれは」


 話は1時間ほど前、時刻にして8時頃。


 その頃俺たちはのんびりとシチューに舌鼓を打っていたわけだが、どうやら冒険者たちが集まるピークタイムより1時間程遅い時間帯だったらしい。


 どおりでガラガラだったわけだと納得したわけだけれども、わざわざギルドの食堂に朝食を摂りに来た冒険者がその前後に何をするかと言えば、勿論依頼を受けに行くわけで。それはつまり俺たちが向かった時間にはろくな依頼が残っていないという事になるわけで。


 壁に張り出されていた依頼は全部全部が無くなっているというわけではなかったけれど、俺たちのランクでは受けられないものばかりだった。


 今日はもう諦めるしか無いなと思ったら、ギルド職員のマミさんに声をかけられた。


「あ、もしかして受けられる依頼が無いんですか?」


「ええ、そうなんですよ」


 ミー君と二人、がっかりとした顔でそう伝えると、なぜだかマミさんがすごくいい笑顔に変わった。


 愛嬌がある顔をしているマミさんがにっこり微笑むとそれはそれは可愛らしく、そんな表情を向けられれば男として嬉しくならなくもないけれど、なんつうかその、このタイミングでの微笑みはやべえ香りしかしない。


 いわゆるその……黒い笑みって奴だこれ。


「実は、もうずっと誰も受けないまま紙がボロボロになるまで放置された依頼がありまして。ギルマスからもそろそろ剥がせって言われてたので、貴方達が登録する少し前に剥がしちゃったんですが、良かったらどうですか?」


 ほほう。塩漬け依頼ですか。


 おいおい死ぬやつだわこれ。いやまあウッドランクの依頼だから死ぬ様な依頼ではないだろうけど、誰も受けたがらない依頼だろ? きっとろくなもんじゃない。


 隣のミー君を見れば、良かったねーラッキーだったねーといった表情を浮かべていて、この女神は一人にできないな、一人にしたら壺やら絵やら買わされてしまうだろうなと思った。


 しかしなあ……うーん……それだけ放置されてたって事は、きっと訳ありなんだろう? そんな依頼受けた日にゃあ、めんどくせえイベントが張り切ってやってきそうだ。


 ここは明日出直した方がいいかな……。


「あ! そう、ほら! まるで貴方たちが今日受けるのを待ってたようじゃ無いですか。うん、これはもう運命ですよ。受託するしかありませんって!」


 耳をピコピコと動かしながら語りよるウサギのお姉さん。


 あ! そう、ほら!て。とってつけたように言いよるわ。ぜってー今考えたよね? つうかやめてくれません? ミー君がめっちゃ『うんうん! そうだよね! ほらーもう受けるしか無いよお』って顔ですっげー頷いてんじゃん。

 

 ……しかし、背に腹は変えられない……か。


 明日早くから来れば別の依頼を受けられるかもしれないけれど、それが必ずあるという保証もない。


 それにこれを片付ければギルドに恩を売ることにもなりそうだっていうか、むしろギルドに恩があるわけだから、ここは一つ涙を飲むしかあるまいな。


「くっ……どういう依頼か聞かせてもらいましょうか……」


「はあい。受託ありがとうございまーすっ」

 

 全身からハートマークを飛び出させる勢いで満面の笑みを浮かべるマミさん。くぅ……その笑顔は別に機会に見せて貰いたかったぜ。


 どんな無理難題が飛び込んでくるのだろうと構えつつ、説明を受けてみれば……なんてことはない清掃業務だった。

 

 しかも、個人宅の小さな人工池の掃除と、思ったより楽そうな依頼だ。


 池のサイズが規格外にでかいという罠があるのではと疑ったが、それについても依頼書に説明があり、ざっくり10m四方程度のものであるとのことだったので、それなら二人でやれば今日明日、最悪三日もあればなんとかなるかなと受けることにしたんだ。


 依頼報酬は銀貨2枚とかいっていたけれど、正直価値がわからなかった。後で聞けばいいやとそのまま受けてしまった……というか、完全に受ける流れになってて断れなかったんだよな。


 ……まさか銀貨1枚が1000円相当の価値とかないよね? 焦げ付きの理由が割に合わないとかそういう感じでさ……ああ、なんだか不安になってきた……。

 

……

 …

 

 そんなわけでやってきた依頼者のお宅なのだが、依頼者に会う前にそのお池とやらと遭遇した我々は早くも戦意消失気味だ。


 サイズは確かに控えめではあったけれど、得体のしれない色の水が溜まった池には良くわからない植物が茂り、何やら得体の知れない生き物が棲んでいる気配がする……あれ、これやっぱり死ぬやつなのでは。


「……ナツくん。まずは依頼者の人とお話しようよ」


「そ、そうだな。まずはギルドから来たことを伝えようか」


 池の奥に小ぶりだけれども、おしゃれな2階建ての家がある。どうやらそこが依頼者のお宅らしいと、二人で向かい玄関のノッカーをトントントーンと叩いた。


 すると、なにやらバタバタガサガサと音がした後、中から『はいはい、今でますよ』と声が聞こえてくる。声からするとあまり若くはないお姉さんのようだな。


 そして間もなく玄関のドアが開かれ、メガネを掛けた白髪交じりの品が良いお婆さんが姿を現した。どんなトンデモ依頼者が出てくるかと思って構えていたけれど、こんなお婆さんがずっと困ってたって考えたら受けて良かったと思えるね。


「こんにちは。俺たちは冒険者ギルドの依頼でやってきたナツと……」

「ミューラです! お池のお掃除に来ました!」


「あらあら! ようやく受託してくれる人が現れたのね。もうだめかと思ってたわ」


 目をぱちくりさせ、本当かしらと喜ぶ依頼者のシュリさん。聞けば、依頼を出したのはもう半年以上も前らしく、シュリさんも流石にもう誰も受託してくれないまま破棄されるのではと諦めていたところだったらしい。


 そうですね、今日まさにそうなるところでしたね。僕たちに……いや、マミさんの押しに感謝してあげて下さいね。


「あの池はね、昔妖精の休憩所として作ったところなのよ。ついこの間まで小鳥や妖精が羽を休めに来てくれる素敵な場所だったんだけれどねー……」


 ほほう。妖精さんですか。流石異世界、ファンタジーなもんがお庭にやってくるんですな。


「ところが、ある朝起きたら池が様変わりしていてね。あれね、ゆっくりああなったのではなくって、ある日突然あの状態になったのよ」


 それもまたファンタジーなこって。


 俺の感覚からすれば、ああなるのにはそれなりに時間がかかるだろうとしか思えない。


 それがある朝突然ああなっていたとなりゃあ、何かその原因となるものがあの『居る』んじゃないの……? ますます持って嫌な予感しかしねえ。


「中に溜まっているヘドロを池の外に出して池を綺麗に洗って欲しいの。ヘドロの処理は簡単にだけでいいわ」


 シュリさんが言うには、とにかく汚染の元凶であるヘドロの除去をして欲しいと。そいつを池から取り出した後、軽く水が切ってから袋に入れておいてくれれば、後は自分で処分するとの事だ。


「この年になるとねえ、重い泥を池から出すのも一苦労で。誰かにやってもらわないと腰がねえ……」

 

 とか言っているけれど、ただ単にあの池に入りたくないだけじゃないの?


 ああいや、別にいいんですよ? だって俺だって嫌だもん。俺が持ち主だったらぜってー業者よぶし、なんならテレビ局にメールして水を全部抜くアレにどうですかーとか頼んじゃうもん。


「そうですよね。大変ですもんね! よし! 私達に任せて下さい! 見せてやりますよ! 綺麗だった頃のお池ってやつをね!」


 ミー君はなんか知らんが異常に張り切っとるし。見せてやりますよって、君知らねえだろうがよ、綺麗だった頃のお池の姿をよ。


 そんなミー君を見てシュリさんは嬉しそうに頷き『では、また後で様子を見に来るわね』と、にっこにこの笑顔でお家にそそくさと引っ込んでいってしまった。


 ぜってー池の匂いに耐えきれなくなったんだぜアレ。


「よし! じゃあ頑張ろうか、ナツくん!」


「はいよ……」


 ミー君は何故そこまでやる気に満ちあふれているのか。途中まで俺同様にうんざりした顔してたのにさ。あれか? 悪臭耐性でも芽生えたか?


 張り切るミー君と共に池まで向かう。依頼書に書いてあったとおり、掃除に必要な道具はシュリさんが用意してくれていたので、それらを二人仲良くえっちらおっちら運んだ。

 

 金属製のスコップが2つに、バケツが4つに袋がたくさん。後はなにかタワシみたいな物もあるな。どれ、こうとなったらやるしかねえ。まずはスコップでヘドロを掻き出すか……。


 と、池の方を見ると、張り切って先に突入したミー君がハラハラと涙を流している。


「どうしたミー君。何か精神攻撃でも受けているのか?」


「違うんだよナツくん。こ、これやばいよ。匂いが目に染みる……」


 くっ! なるほどこの匂いは強烈だ。近づいてわかるこの凶悪さ。遠くからでもやたらヤバげな香りが漂っていたけれど、近距離だとよりそのヤバさが増している……。


 つうかミー君良く元気よく降り立ったな。中々にガッツがある女神様だと認めざる得ねえ。


 もう少し小さな池だったらば、中に入らず外から行けたかもしれんが、こりゃあ無理だな。意を決して俺も中にはいるとするか……。

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