第4話 カルネ村 ② 

「ありえない。」


「…………後輩、現実をみる。」


 ネイアの視界に入ってくるのは、人間の鍛冶仕事を手伝うドワーフ、共に笑顔で畜産業を営むゴブリンと人間の女性、建設といった大仕事を行うオーガと現場監督を行うゴブリン、縄遊びをするゴブリンと子どもたち。


 聖王国に居たら絶対に有り得ない光景の連続であり、神官が来ようものならば憤死してもおかしくない光景だ。更には水をくみ上げるマジックアイテムまで普及しており、とても〝村〟とは思えない。小国の首都だってもっと閑散としている。


「ここで姐さ……カルネ村を纏めているエンリ将軍がお待ちでさ。」


 シズとネイアが案内されたのは、巨木で設計されたログハウスだった。門の前には凶相の赤いフードを被ったゴブリンが両脇で待機しており、恭しく一礼した後、扉を開けた。


「し、失礼します。」


「ご足労いただき光栄です。ようこそカルネ村へ。わたくし村長をしております、エンリ・エモットと申します。」


 ……そこに居たのは素朴な笑顔を浮かべるネイアよりやや年上の少女であった。〝将軍〟という名前から余りにかけ離れた姿に、思わず目をパチクリとさせてしまう。


「何も無い村では御座いますが、歓迎の準備をさせて頂いております。夜まで村の観光をご案内させて頂きますね。」


「あ、あの。あなた様が……エンリ将軍なのですか?」


 余りにも失礼な質問だが、どうしても口に留めることが出来なかった。次の瞬間少女から笑顔のままおぞましい覇気が漏れ出し、後ろにいた目が髪で隠れた少年と凶相の赤いフードのゴブリンが後ずさりした。


「はい、カルネ村の村長なのですが、〝族長〟〝将軍〟という名も持ち合わせております。しかし村長とお呼び頂ければ幸いです。」


(こ、この気配。間違い無い、これは人の……いや、あらゆる種族の長たる覇王のオーラだ!)


 ネイアは思わず横にいたシズの袖を掴んでおり、シズは乱暴にネイアの頭を撫でた。


 ネイアとシズはエンリとその旦那だというンフィーレアに案内され、カルネ村の観光を行っていた。そして当然ながら、その説明は〝村〟という概念を吹き飛ばすどころか、聖王国の王都ですら及ばぬほどの驚愕極まるものだった。


「こちらが村の治療院、治癒魔法は勿論のこと、薬草や香木・鍼灸の治療も可能となっております。」


「この建物が天候予測部署。90%の確率で3日後までの天候予測が可能です。」


「こちらは野外音楽堂、定期的にゴブリンさんの楽団による演奏や、村人への娯楽提供をしております。」


「こちらは聖堂です。とはいえ、特定の宗教は持ち合わせておりません。治癒魔法ではどうにもできない呪いや瘴気を解除出来ます。幸い一度も使われたことはありませんが。」


「こちらは鍛冶仕事を一任してもらっている、ドワーフさんの屋敷です。内部は残念ながら機密ですのでお見せできません。」


(神官に依存しない治癒技術、天候予測、娯楽業、解呪の技術、鍛冶の技術は鉄鋼品やマジックアイテムを見るに超一流……。正直ヤルダバオト襲来前の聖王国王都でもこれだけの力を持っているだろうか。しかしこの村がここまで発展したのは何故? 聞くに数年前までカルネ村は、何でも無い開拓村でしかなかったという。


 それにスレイン法国、そして王国から二度の襲来を受けている。アインズ様のおかげと言っているけれど、エンリ将軍の話を聞くに、最初の法国襲来、そして急に増えたゴブリンの兵站維持以外は自力で解決したみたい。そして今も恩を返すべく自給自足に乗り出している。……未だアインズ様を敵視する声もある聖王国との違いは何?)


 ネイアが考え込んでいると、シズが再び乱暴に頭を撫でてくれた。気持ちはとても嬉しいのだが、脳味噌がシェイクされ眩暈が襲う。


「シズ先輩、この村と聖王国の違いって何でしょうか。」


「…………自分で考える事が大事。アインズ様もそう言ってた。」


「そう、ですね。失礼しました。」


「…………その心意気は良し。流石後輩。偉い。」


 シズはふん、と胸を張った。正直威厳は無く、可愛らしい仕草以外の何ものでもないが、ネイアは黙っていた。


「おや、将軍閣下。横におるのが例のお客人かな?」


 白い建物の外に居たのは、髭を蓄えたドワーフであった。


「ええ、ゴンドさん。今カルネ村の案内をしていたところだったんです。」


「ほっほう。客人よ、お主らのお陰で今晩は旨い飯が鱈腹喰える!この国はな、食い物が桁違いに旨いのよ!酒も旨いらしい。それに魔導王陛下のお陰で、我々は職人としての自尊心と誇りを取り戻したのじゃ。」


「……!そうですよね!アインズ様、魔導王陛下は実に素晴らしいお方です!」


「お!目付きの悪い娘、皆お主とは良い酒が呑めそうじゃ。ま、儂は酒は呑めんがな。がははは!」


(ドワーフにもお酒が呑めない人が居るんだ。)


 シズはこっそりゴンドというドワーフに近づいて、耳打ちをした。


「……ふむ。目付きの悪い娘、折角なので土産を渡そう。ちょっと待っていてくれ。将軍、済まぬが少し席を離れていてくれんか?」


「はい、わかりました。」


 ゴンドは建物の奥へ引っ込んでいき、一本の匕首を持ってきた。


「これは【ルーン】という、付加魔法と異なる技術で作られた品じゃ。研究によって6つの文字を刻むことに成功している。このように……」


 ゴンドが石を宙に投げその刃に落とすと、石は綺麗な断面を残して2つに割れ、斬られた石は炎を宿し真っ赤に燃え始めた。


「1つの文字に多大な魔法の効果をもたらす。」


「ルーン……。アインズ様からお借りした、アルティメイト・シューティングスター・スーパーにも使われていたという……。」


「知っておったか!?」


「はい、その武器によってわたしは命を救われ、多くの命を助けられました。」


「ほっほう……。この匕首、お主にくれてやろう。」


「へ!?」


「アインズ様に一度お渡しした品であるが、一目見た後、好きに使うよう言われておる。客人に土産も渡さぬ失礼は出来ん。……シズ殿もそれで問題ないな?」


「…………ない。ネイアはルーンの素晴らしさを、多く広めるべき。」


「しかし、そんな高価なもの!」


 アルティメイト・シューティングスター・スーパーほどとは思わないが、刃に落としただけで石を斬れるなど、聖剣に並ぶ逸品に違いない。思わず悲鳴のような声を挙げる。


「…………ネイアは、アインズ様の信じたルーンの素晴らしさを多く広めるべき。」


 シズの援護射撃を受け、ネイアはありがたくゴンドから匕首を頂いた。ネイアは布で丁寧に匕首を覆い、鞄に仕舞う。そして遠くで待機していたエンリ将軍が合図で戻ってきた。


「楽しそうにお話されていて何よりです。……間もなく歓迎の宴を行わせて頂きます。お楽しみ頂ければ幸いです。」




 村の広間には5000を優に超えるゴブリン・人間・ドワーフ・オーガが揃い、音楽隊による演奏まであった。聖王国の国歌まで演奏されたときは、その心遣いに感銘を覚えたほどだ。料理と酒の数々が机に並び、各々ドンチャン騒ぎをしており、視界の全員が笑顔で楽しむ。シズとネイアはこんもりと盛られた肉と卵料理の皿、バカでかい器に入れられた果実水を楽しんでいる。


「エンリ様、これほどの村、諍いは起きないのですか?」


 ネイアはエンリへと尋ねる。


「勿論平和なことばかりではありませんよ?ドワーフの方の酒盛りがうるさいだとか、ゴブリン聖騎士隊と魔導支援団の方がお互い喧嘩ばかりして困るだとか、お酒やお肉の量が少ないだとか……課題は一杯です。」


 ……ネイアは目を丸くする。そんなものは課題と言わない。ネイアは魔導王陛下が如何に素晴らしいかを学ぶ上で、様々な王の統治を勉強した。そんな不満というのは、有能な王が統治を上手くしている時の内容であり、言うなれば不満というより愚痴だ。目の前のエンリ将軍はアインズ様に認められるだけあり、有能な王……否、将軍なのだ。


「エンリ様、わたくし、この村にあって母国に無いものの正体が分かりました。」


「……?なんでしょう?」


「力のある正義、正義を正しく使える力。そして他種族さえも許容し共存する寛容さです。この場に居る誰もが笑っている。そんな世界を作るためには力と正しい心が必要。そしてアインズ様はその力を可能とする。それを改めて実感しました。」


「そうですか、それは良かったです。……ネイアさん、シズさん。ドワーフの皆さんが何だか呼んでいますよ?」


「…………む。あそこはお酒臭い。」


「まぁドワーフですからね。シズ先輩、一緒に行きませんか?」


「…………後輩の頼みなら仕方がない。」


 そうしてカルネ村の宴は、日が昇るまで続くのであった。

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