3話:氷空のドラケン

 国籍不明機アンノウン、接近中。


 アンノウン発見の知らせを受けて飛び立ったレイらステラー隊の4機は高度1万メートルを巡行していた。


 最近はこういうのばかりである。行ってみれば大抵はうっかり迷い込んだ民間機や領空侵犯機だった。ただでさえ前回の”遺産”回収作戦で中東の機体が飛んできただけに国連軍はピリピリしている。少しのことでも見逃すなということだろう。


 最も、現在飛んでいるのは旧ポーランド領だ。ドイツの東部始めそれ以東の欧州は前大戦での荒廃が激しいため、亡命政府を移転させた上で国連の管理下に置かれている。つまり国連抜きにした世界から見ればここはフリーというわけだ。どこの勢力下でも無い。ここにある”遺産”を誰もがつけ狙うのは、当然のことでもある。


 何も会話が無いままさらに飛ぶ。報告があった空域はもうすぐだ。

 ビッという音。見ればレーダーに一機反応している。こいつだろう。速度は速い、どこへ向かおうとしているのか。


「レーダーに反応。一機、方位3-2-0。180秒後に接触します」エミリア大尉が知らせる。


「IFF敵味方識別装置は」と隊長のクーパー大尉。

「応答ありません。アンノウンのままです」

「各機ブレイク。それから呼びかけろ。最悪、撃墜沙汰になるからな」


 右へ機体を捻り移動。だが様子が違った。上昇して進路を合わせている。


「隊長、こいつ自分たちに向かって来てますよ。何かおかしい」とリューデル中尉。

「臨戦態勢。マスターアームオン。攻撃照準はまだ使うな」


 各機了解。の応答。


「アンノウンに告ぐ。ここは国連の制限空域内だ。直ちに反転し引き返せ。これは警告だ」


 アンノウン尚も接近。


「次はないぞ。直ちに、引き返せ」エミリア大尉が語気を強める。


 挑発するようにアンノウンは加速を始めた。レイは操縦桿を握る手を強める。

 接触まであと60秒もない。どうするべきなのか。


「各機、アンノウンが攻撃又はそれを意図する行為をしたら撃墜する。もし行動に出なくともキャンプに近づけばその時点で撃墜する。良いか」

「了解」


 ヘッドオンですれ違うまでのこの数十秒が長く感じるという人はどれだけいるのだろうか。30秒足らずが数十分、それ以上にだ。


「アンノウン来ます!20秒!」


 ステラー隊の4機は左にブレイク。さらに速度を上げているそれにレイは不安を覚える。


 ドンッという音とともに通過していくのを見た。正確な機体は分からない。だが見たことがないような機体だったことをレイは確信した。


 全機一斉に反転機動、続けて加速を始める。追いつけるか分からない、だがやるほかない状況なのは確かだ。


「隊長とステラー4は先へ。こちらが加速していては隊長達が間に合いません。本部に連絡後3と向かいます」エミリア大尉が呼びかける。

「了解した。ステラー4良いな?」

「ウィルコ。行きましょう隊長」


 レイとクーパー大尉、エミリア大尉とリューデル中尉とそれぞれ別れる。アフターバーナーに点火。レーダーではギリギリ広域で捕捉出来る。レイはクーパー大尉のポート、左側に付けた。離れすぎない位置に。


 空は晴れている。快晴とまで言わないが綺麗な青空だ。音速での景色はまるで自分が”止まっている”かのように感じる。自分は動かないで周囲が動いているかのようだ。前を飛ぶ隊長のファントムも、そう見える。不思議なものだ。


 不明機が加速をやめたのか、距離が少しずつ縮まっているようにも思える。俗に言う前時代的、旧世代と呼ばれる機体に乗るレイたちは少なからず現代の技術でもって改造を施されている。仮に不明機が戦後できた機体だったとしたらそれは互角な性能のはずだ。


 だが問題はそこじゃない、進路だ。このまま行けば国連の難民キャンプ場に着く。人口密集地でもある場所で空戦沙汰となれば何かあったでは済されない。その前にケリをつけなければ。


「レイ、このまま行けば、どこか分かってるよな?」

 雑音交じりで隊長が交信してくる。超音速では熱雑音で無線が聞こえ辛い。


「難民キャンプです。もう少しで射程に入ります。どうしますか」レイはゆっくりと区切って応答した。


「まだ撃つな。確認してからだ。追いついたら、割り込んで誘導させるぞ。良いな」

「了解、あと120秒ほどで目視に捉えられる範囲になります」

「よろしい。予想外に備えてマスターアームはオンのままにしておけ」


 アフターバーナーを切る、あとは通常の速度で十分だろう。もうすぐそこだ。


「俺が先に行く。レイ、もし何か異変を感じたら迷わず撃て。こっちは気にするな」


「了解」


 レイもクーパー大尉も増槽を胴体下部に装備している。大胆な誘導は出来ない。戦闘になれば切り離さざるを得ないが、場所が場所だった。射撃ですら出来れば避けたい。レイはあまり近づくようなことはしなかった。中距離ミサイルを選択したまま、備えていた。


 遠目からではあまり形状は分からない。ダブルデルタ翼のような翼形だ。近づいてしっかりと確認したい気持ちが少なからずある。レイはこらえた。


 レーダー上では隊長のクーパー大尉が不明機のポート、左前方に割って入った。被さるような位置取りだ。加えて隊長が無線で呼びかけているが進路は変わらずキャンプの方へ進んでいる。


 レイは不明機が少し翼を振っているのを見た。何をするつもりなのか、そう思う矢先に左に滑らせて隊長の真横を通るように上昇した。太陽の光が眩しい。不明機はそれを使ってくらまそうとしているらしい。隊長が反転する間でレイは加速しながらイーグルを上昇させる。


 不明機がループ反転、レイと相対した。ヘッドオン。警告とばかりに機銃を発射する。無暗には撃てない。右に避けて不明機を追撃する。だが、おかしい。


 彼には戦闘する意思がないというように、FC攻撃照準レーダーを使っていない。こちらを振り切ろうとする動作もどこか”仕方なく”やっているようだった。これはどういうことか。


 不明機が小さい弧を描きながらインメルマンターン。隊長機が背後に付くのを躱す。レイもクーパー大尉も増槽は付いたままだ、無茶は出来ない。それどころか勝手に増槽は落とすに落とせない状況でもある。やや大回りをしつつ不明機を探す。上方にいた。不明機が左旋回、レイも続く。距離が近いそれをはっきりと見やった。


 ダブルデルタ翼の主翼、ブレンデッドウィングボディ形状のやや縦に長い胴体….スウェーデンの機体か。主翼の形状はかつてのJ35ドラケンのような形をしていた。全体的に速度性能が高そうな見た目だ。


 レイはついに背後を捉えた。ロックオンはする、だが撃たない。


「隊長。いつでも撃てます」

「まだだ。そのままロックし続けろ。進路がこの空域を離脱しつつある。キャンプ地から出てそれでも戦闘行動を継続するようなら攻撃。目標をキル」

「ウィルコ。照準継続します」


 不明機との間隔はなるべく空けてある。かつ外してもリカバリーが利く位置に。リリースボタンに指もかけたままだ。奇妙な緊張感がコックピットを包む。


 すると突然、加速しだした。それも真っ直ぐ。追うべきなのか追わないのか。スロットルレバーに手を伸ばすも、それまでだ。


「隊長」

「追うな。離脱することを選んだのだろう。あれで良い、あとは航空軍の連中がギリギリまで監視するなりなんなりするだろう。俺たちは帰るぞ」


 レーダーでエミリア大尉たちが合流してくるのが確認出来た。何か彼女たちでも得られるものがあったのか、地上に降りるまで気が気ではなかった。



「JAS-41?」


 デブリーフィングの場で知らされたのは、聞いたことのない名前だった。つまりは新型機だったのか。レイは思わず聞き返した。


「そうだ。スウェーデン空軍の戦闘機。愛称はドラケンⅡ」クーパー大尉が答えた。


 あの時見た雰囲気がドラケンに似ていたのはそういうことだったのかとレイは先ほどの追跡を思い出す。


 しかし、スウェーデン空軍というとエミリア大尉の元居た軍でもある。彼女は知っていたのだろうか、事実この機体情報はエミリア大尉がもたらしたものだ。プロジェクターの映す画面にはガンカメラの写真とデータベースから引っ張り出してきたのであろうスケッチがある。


 ドッグトゥースのついた大きなダブルデルタ翼にすらっとした細長い胴体、丸みがある垂直尾翼、突き出た単発のノズル、インテークに設置された小さい水平カナード翼、グリペンのようなエアインテーク。パッと見はドラケンのようだが、随所にグリペンのような現代的な要素が組み合わさっている。


 説明には新型機で、ステルス性能もある。今となっては必要が無いことがスタンダードになったステルスだが、何か狙いでもあったのだろうか。


「エミリア大尉、君はそこの出身だな。この情報以外に知っていることはあるか?」クーパー大尉が尋ねる。


「残念ながら。私としてもそこに居た時はまだ開発中っていうだけしか分からなかった。テストパイロットを選出するとかそういう話もあったけれど…。

最後まで本当だとは思ってなかった。私だけじゃない他の連中にしてもね。でも、これを見たらもう信じるしかない。あとはなんでここに来たのか。そうでしょう」


 彼女は頭をぐりぐりと押さえながら答えた。


「友軍機だったら普通IFFに応答する筈ですよね。あとは難民キャンプに進路を取ったことも、何か狙っているのかも」リューデル中尉が挟む。


「行動が不可解だったのは確かに調べる必要がある」クーパー大尉が言う。


「キャンプを狙いに来たにしても、それかまた別の狙いがあるにしても、ここは俺たちの空だ。例え相手がバンディッツじゃなく他国の軍だったとしても変わらない。ここを護るのが仕事だ。許すわけにはいかない」


「ところでスウェーデン空軍からは何か伝達は?」レイは聞いた。


「ノーだ。さきほど司令部にその旨を知らせた。後に司令官経由で繋がるだろう」


 レイもクーパー大尉もステラー隊の面子はこれ以上まだ進展はなさそうだというように、疲れた顔をしていた。簡単な飛行確認を済ませたあとは、足早に解散した。


 朝目覚めて一番、レイに聞かされたのはテレビ会議をやるということだった。こちらの司令が無理に向こうを呼び出して都合をつけた。とリューデル中尉は言っていた。


「上のことは知らんが、強い人だよなあ」中尉は続けて言う。


「怒鳴ったりしたんじゃないのかな」レイは朝食のシリアルを頬張りながら答えた。


「いいや、おれはそんな人じゃないと思う。寧ろにこにこしながらちょっと意地悪をしたくらいだろう」

「分かるのか?」

「分かるというか、なんとなくそういう顔してるだろう?」

「じゃぁこんど司令にお会いした時はリューデル中尉がそう言ってたと伝えてあげようか」

「待て、それは反則だろう」


 朝食を済ませたレイとリューデル中尉は容器を片付けながら、会議に出る支度を始めた。隊長は既にブリーフィングルームで準備をしているらしい。


「ところで、うちの司令って誰だっけ?」


 唐突に尋ねたレイに、中尉は吹き出した。



 ブリーフィングルームに到着したときは、隊長のクーパー大尉の他にエミリア大尉も居た。遅かったという顔をされてしまったが、中尉が笑ってごまかす。


 ほどなくして、スクリーンに二つの画面が投影される。一つはこちらの司令、ブルーノ・ストークマン中佐、もう一つはスウェーデン空軍で例のドラケンⅡが配備されていたという基地の司令、ヨハンソン大佐のだ。

 まずは簡単な自己紹介と、事実確認を述べたあとにヨハンソン大佐が突然切り出した。


「あの機体は撃墜してはならない」


 一瞬、その場に居た誰もが怪訝な表情を示した。撃墜してはいけない、というのはどういうことだろうか。この人はまだ誰も尋ねていないことを話したのだ。


「どういうことですか、大佐」ストークマン中佐が尋ねる。


「文字通りの意味だ、中佐。撃墜は許可しない」

「ということは、まだあの機体はそちらに帰っていないわけですね」

「どういうことだね」大佐がやや眉間にしわを寄せて言う。


「IFFに応答しなかったとは言え、我々はまだあの機体はスウェーデン空軍のものと考えています。何があったにせよ、もう帰還されているとばかり。今からそれを伺おうとしたのですよ大佐。手間が省けました。まだどこかでうろついて危険行為を繰り返す危険性があるわけですね。大佐、あなたはどこまで認知しておられますか?」


 中佐はやや語気を強めながら、鋭い目つきをする。


「違反行為があったことは認めよう。だが私としては君たちが戦闘行為を仕掛け、結果的にそれが我々の機体を取り逃がすことに繋がったと認識している。それについてはどうかね中佐。拝見させてもらったログと、先の事実確認でも私は君たちが仕掛けたと受け取れるが。君の部下が勝手働いたとも考えられる」


 思わず拳を握りしめて立ち上がったエミリア大尉をクーパー大尉が制す。


「あの機体が侵入した空域は、国連の管轄の中でもひときわ大きい難民キャンプがあります。それが存在することと、そこに大勢の人々が暮らしていることはご存知の筈。知らないとは言わせませんよ、大佐。仮に仕掛けたのが我々でも、侵入しその空域で被害が生まれれば責任が問われるのは大佐ですよ。だから私は”どこまで認知しておられるのか”と聞いたのです」中佐が答える。


 エミリア大尉は顔を赤くしていた。古巣とは言え、このような人物がまだいるということに憤りを隠せないのだろう。レイは同情した。


 大佐は何か隠しておきたいことでもあるのだろうか。時間稼ぎというか、分かりやすい態度を取っている。大尉や司令との会話が続いているが、ただの領空侵犯ではないのかもしれないと思えてきた。

 大佐。とまた念を押すようにストークマン中佐が続ける。


「我々はバンディッツという敵がいる。彼らが担当するこの地域も、バンディッツが多く確認されている。分かりますか、ここの空において所属不明であろうとなんだろうとまずバンディッツだという前提の元動きます。あの機体、ドラケンⅡがバンディッツではないという証拠も無ければログの通り、すでにスウェーデン空軍の所属であるという証拠もないようなものです。しかしながら建前はそうはいかない。もし次に接触した場合は”仕掛けない”ように留意させておきましょう。ですが、事を起こす前に敵対行動を取ればこちらはバンディッツだという認識で撃墜します。ご理解ください」


 これで話は終わりだという切り上げる口調で中佐が言った。大佐は何かを理解したようなしかめ面をして、それで彼との接続は切れた。


 つまりはドラケンⅡがバンディッツだという名目で撃墜したとして、それが明るみに出たとしても、この機体の一連の不祥事の責任は大佐に向けられるということになるのだ。無論中佐も一国の機体を撃墜したのだから軍法会議に呼ばれて責任を負わされるかもしれない。同じ橋を渡っているわけだ。


 そしてステラー隊は、事実上ドラケンⅡの接触の対応については中佐の許可の元、自由に等しい。クーパー大尉はどうするべきか考えているようだった。


「ステラー隊はこれまで通りにこなしてくれたら良い。大事に至る前に撃墜しろ。手段は問わない、これもいつも通りだ。あとは私がやる。以上だ」


 了解。とクーパー大尉が敬礼する。レイら三人も倣って敬礼。会議は終わった。


 それから5日程が過ぎた。前回の接触から以降、何も反応が無かった。捜索には地上軍や航空軍の通常部隊までも動員した大規模なものになった。


 ステラー隊用に割り振られた小さなブリーフィングルームで、欧州の、東欧地区の地図にこれまでの捜索範囲と飛行ルートを赤いペンで印をつけながらレイは疑問を持った。これ以上続ける必要があるのかと。それを言うとエミリア大尉も同意したように頷いた。


「我々の行動範囲上、調べるところは調べたと思います。地上軍が設置したレーダー車両にもこれまで反応は無かったですし、もうこちらが待つ以外無いのでは」と続ける。


「確かにな。正直バンディッツにでも紛れてやってくるとでも思っていたが…。お手上げに近い」頭を抱えながらクーパー大尉が言う。


 そう言えばバンディッツもこうやって姿をくらましてきたな。とレイはそのことを言おうとした途端に内線が鳴る。


「こちらステラー隊のクーパー大尉」と大尉が出る。短い内容だったようですぐに切る。


「何の知らせで?」レイは聞いた。


「出撃だ」


 駆け足でハンガーに向う、整備兵も他の隊のパイロットも慌ただしく駆け回っている。


 全員がほぼ同時に到着した。機体に飛び乗りJジェットFフューエルSスタータを作動させエンジンスタート。右から。エンジンが点火し回転数が上がる。回転数上昇と共にエアインテークが下がる。同様の手順で左。ヘルメットやシートベルトもこの間に素早く装備させる。ラダー、フラップの作動確認。キャノピーをクローズ。


 駆け寄り、整備兵が搭載武装の安全ピンを引き抜く。両手の親指を立て、車輪止めチョーク外せのサイン。蹴り外す。整備兵が両腕を垂らし、異常なしのサイン。右手を挙げて応える。誘導員がエプロンまで誘導する。ステラー隊、タキシング。


「ステラー隊、アンノウン、ベクター170、クライムエンジェルス20、スピードM1.5。例のドラケンⅡだと思われる」


「ステラー1了解」

「ランウェイ18、クリアードフォーテイクオフ」

「ラジャー。ステラーフライト、ランウェイ18クリアードフォーテイクオフ」


 1番機から順当に加速していく。レイの番だ。ブレーキを離してスロットルをミリタリーへ。トンっと押されたようにイーグルは加速していく。アフターバーナー点火。空へ舞い上がる。


 編隊を組む。レイ達の横にはスクランブル部隊もいる。レーダーを見た。ギリギリの範囲に反応が一つ。やはりドラケンか。


「ステラー隊、高度そのまま、針路190に移動せよ。スクランブル隊が先行して接触する。彼らに続け」管制からの指示が飛ぶ。


 不明機はこちらの進路を横切るように飛んでいる。二度目は無い。スクランブル部隊が先行する。すると不明機が反転。


「コンタクト。こいつらトレイルだぞ、後ろにもう2機いる…、FCレーダー感知!」怒号が響き渡る。


「全機ブレイクしろ、マスターアームオン。マスターアームオン!アンノウンをボギーと断定、バンディッツだ」クーパー大尉が言う。


 スクランブル部隊、ステラー隊がそれぞれ左右にブレイク。真ん中を突っ切るような形でバンディッツも突っ込んでくる。ヘッドオンは回避したいのか、バンディッツも直前でジグザグにやってきた。もう距離はすぐそこだ。エンゲージ。


 敵機はSu-35とMiG-29だ。ドラケンがいない?レイは追いながらもう一度確認した。やはり居ない。レーダーにもこれ以上の反応はない。


 数で優勢な友軍機で、レイらステラー隊が追い込み漁のようにバンディッツを追いかけ、包囲してゆく。後方支援のポジションに付いていたレイは中距離ミサイルを選択。RDY。


「ステラー1より各機、ミサイル発射。繰り返すミサイル発射。フォックス2」


 リリースボタンを押す。胴体下部から一発のミサイルが放たれる。意図を理解したスクランブル部隊は直前で回避。バンディッツは避けきれず被弾した。命中2。残りはあいつらがやるだろう。


 背後に何かを感じた。雲の中から待っていたかのように一機飛び出してきた。奴だ。あの形状は見間違いようがない。レイは操縦桿を引いて上昇。上に逃げる。インメルマンターン。


「ステラー4!ドラケン確認、エンゲージ!」旋回しながらレイは知らせる。一番近いのはエミリア大尉とリューデル中尉だ。


 ドラケンが背後につかれまいと機体を捻る。ややワンテンポ遅くレイが追随する。エミリア大尉が左舷から突っ込む。大尉とすれ違い降下、レイも付いていく。機体形状の割には随分と軽快な機動をする。小柄な分イーグルよりも一瞬クイックなのかもしれない。とにかく振り切られるわけにはいかない。レイはエミリア大尉のすぐ後に位置してバックアップ態勢。大尉が仕掛ける。ガンファイア。命中しない。


 レイは上昇してやり過ごす。無理してついていくと今度は自分が危ないと考え直す。ただ、見える位置にはいないと意味がない。加速する。


 ドラケンがオーバーシュートを誘発させた。エミリア大尉が前に出てしまう。左に捻って降下。レイはドラケンを射程に収める。短距離ミサイル選択。ピピピというロックオン開始の音が鳴る。それを見透かしたようにブレイクされる。急旋回。旋回半径に割り込むようにレイが突っ込む。すかさずガンファイア。ドラケンがローリング、回避される。


 なんてやつだ。上昇していくドラケンを追いかける。だが奴はなぜかこちらの背後を取ろうとせずにエミリア大尉のグリペンに向かっている。レイの後ろにつけていた大尉は機体をバンクさせる。ドラケンがそこにガンファイア。


「くっ!振り切れない!」大尉がシザース。ドラケンは食らいつく。


「FOX2!」クーパー大尉とリューデル中尉の声が響いた。レイの前方をミサイルが飛びぬけていく。


 ドラケンが加速しながらローリング。フレアをまき散らしながら雲に隠れる。


「ステラー2、4無事か?」クーパー大尉が尋ねる。

「なんとか。それよりもエミリア大尉がおそらく被弾しています」

「ステラー2、状況は。ステラー2」

「胴体と右翼に数発食らったようです。くそっ」


 激しい呼吸音が聞こえてくる。


「まだ飛べるか」

「基地までは。申し訳ありません」

「私のミスだ。残りのバンディッツに手間取るような状況になった結果がこれだ。すぐに援護出来なかった」すまない。と続けた。


 ミサイルはおそらく命中しなかったのだろう。雲の中で小さく火球が見えた。凍える空では火などすぐにつきてしまうと言うように。


 エミリア大尉のグリペンは幸運にも致命傷とまでは至らなかったようだ。竜にもがれる有翼獅子。エミリア大尉自身へのダメージがあるだろう。落ち着いたふりをしていてもすぐ分かってしまう。


 だが彼女は、それよりも大事なことがあるとでも言うようにメモ帳に何かを書き殴っている。レイ自身あまりそれは見たことがない光景だった。声をかけるべきなのか迷った。


 よく見るとメモには「飛び方」とか複数の言葉を線で結んで何やら結論を見つけようとしている。ひょっとしてドラケンのパイロットに思い当たる節があるのだろうか。


「何か用かしら」


 唐突にエミリア大尉に声をかけられてレイは思わず手に持ったミネラルウォーターのボトルを落としそうになる。


「あなたがこれを覗いてるのも分かってるわよ。だてにエレメントリーダーじゃないしね」


 レイは好奇心に覗いてしまった自分を恥じた。


「すみません…、しかし大尉がメモに殴り書きをしてるのはあまり見たことがないなと」目を逸らしながら答える。

「そこに書いてある言葉、もしかしてドラケンのパイロットは知り合いですか?」

「私の見立てが正しければね。間違っていて欲しいけど」

「そのことは隊長には」

「伝えてあるわ。クーパー大尉のことだからあとであなたも呼び出されるでしょうね」


 エミリア大尉は悲しそうな顔をしながら言った。


「大尉…」かけるべき言葉が見当たらない。


「撃てるか撃てないかだったら、撃つわ。だから心配しないで」


 本当に大丈夫だろうか。レイは心配だと分かるような表情で見つめていた。

 案の定呼び出されたレイは、エミリア大尉の見立て通り彼女のことについて話された。今は独りにしておいてやれとか、当たり前のようなことだったが。


 軽微とは言え、彼女のグリペンが損傷してしまった以上は次に出撃できるか分からない状況になった。基本は部隊全機で出撃する。仮にその状況でドラケンが出現したらどうするか決めかねていた。これまでにない要素が結びつき、正直落ち着けなかった。


 いつもの、屋上のベンチで腰かけて休んでいるときもそうだった。それに冷たい風が身体に染みる。晴れた日でも途端に寒くなることはよくあるものだ。ここ最近はとりわけそう感じる。上はもっと寒いのだろう。青くとも氷のような空だ。あの機体はそれを伴ってきたかのようにふらりとやってきた。ぼうっとするいつもの頭を覚まさせるのには十分だった。寒さも今回も。余った水を飲み干して、強くなり始めた風を避けるようにその場を後にした。


 ドラケンが前回出現した位置は予想とはかけ離れた、自分たちの基地に近いことが分かってからますます混乱を極めた。エミリア大尉が被弾したこの間の戦闘からまだ2日しか経っていないが、通常部隊も地上部隊のローテーションも意味をなさなくなってきた。


 もしかして待っているのか。あの時レイが感じたのも、まるで待っていたかのようにだった。それに待っていたとしてもグリペンを狙うという行為は不自然な動きだ。次のフライトプランを確認しながら、大尉が狙われたら落とすのは自分の仕事だと、今一度思い直した。例え彼女が邪魔だと言っても、その通りにするわけにはいかない。黙って見ているのが許される戦場ではない。例え相手が知り合いだったとしても。


 敵が現れるのはいつも突然だ。それが好む好まざる状況であったとしても、相手は時を選ばない。レーダーに映った機影を見て、ステラー隊の誰もがドラケンだと理解した。


 空域はクリアだ。友軍機の飛行は無い。予想される会敵時間に合わせ帰投している。次は無い。ここで撃墜する。会敵まで80秒。マスターアームをオン。全搭載武装RDY。


 エミリア大尉のグリペンは9割方修繕出来たようだ。それでも無茶な機動はするなと釘を刺されたらしい。そうする人ではないと分かっているが、今回はいつもより目を配らせておかないとだめだ。


 ドラケンがこちらに気づき反転する。ヘッドオン。レーダー照射の警告音。すれ違ってからが勝負だ。極超音速ですれ違う。冷えた空気を震わせ熱を入れるその迫力に息を飲む。エンゲージ。短距離ミサイルをセット。右旋回。


 いつものように二機ずつエレメントで別れ散会、ドラケンを追撃する。隊長のクーパー大尉らは挟み込むようにやや大回りして行く。直接的に近いのは自分たちだ。レイは彼女の左側へ。ドラケンがズーム上昇。エミリア大尉もレイも離されないように追う。雲を突き抜けたところで水平に。隊長たちも合わせてくる。勘が外れたかドラケンが右旋回。挟み撃ちの形になる。レイはすかさずロックオン。僚機の攻撃を待つ、はずだったが。突如としてウェポンベイを開いて何かを出した。


 なんだ?空対空ミサイルにしては大きすぎる。それにノズルが無い。あれは爆弾か。エミリア大尉も気づいている筈だ。


「攻撃中止!」大尉の声が響く。


 クーパー大尉たちがすれ違う。ドラケンが降下。


「エミリアどうした?」とクーパー大尉。


「あいつ、ウェポンベイから何か露出させてます。爆弾…あのマークはまさか」緊張で唾を飲み込む音が聞こえる。


「なんだ、何が見える!?」

「反応弾です。あいつ撃たせないように、なんてやつなの」

「くそ、なぜそんなものを。下手に撃つな、ギリギリまで接近しろ。決してこの間のようにキャンプの空域に侵入させるな」


 了解の応答。ドラケンは自分たちに何をさせたい?まさかこれが狙いだったのか。ヨハンソン少佐の撃墜するなというセリフが蘇る。こういう事だったのか。


 反応弾は”遺産”のリストにも乗る新型爆弾の一つで、条約で使用はおろか保持が禁止されている危険なものだ。”遺産”をスウェーデンが持っているという情報は無い。秘匿所持は条約違反だ。


 ドラケンに動き。水平で加速しながらウェポンベイを閉じ格納した。使用するつもりはないのか、それとも偽物なのか。ドラケンが旋回する。警告音、ドラケンがレーダー照射。ロックされたという警告音が鳴り響く。チャフフレア散布。レイは旋回半径に入らないようにブレイク。一時的に隊がバラバラになる。やはりドラケンはその中でもエミリア大尉のグリペンに向かっていく。背後を取られる。レイは隊長とリューデル中尉と合流を待たずに反転して追撃する。エミリア大尉が捻るドラケンがローリング、スプリットS。機動に割り込み射程に捉えた。ドラケンが機銃発射。大尉が右にバレルロール。レイも機銃発射。ドラケンが左に捻る。大尉が背後につける。レイも誰もが機銃で応戦せざるを得ない。


 グリペンのリヴォルバーカノンが吠えた。胴体に命中したのか煙を吹いている。動きが鈍い。ドラケンの後方レーダーが作動している。この距離でミサイルを撃たれたらまずい。態勢を立て直したいのか降下して速度を稼ごうとしている。大尉が最接近、自機も危ない位置だが構わないのだろう。短く2回機銃を撃つ。


 自動消火装置が作動し白い煙をまき散らしている。だが一瞬後にはまた黒く、一部で再出火している。まだ飛べるらしく進路を変えた。高度が落ちている。


「ドラケンのパイロットに告ぐ。我々の基地に向かい緊急着陸を実施せよ。これは命令だ」エミリア大尉が呼びかける。


「…大尉?」


 突然聞いたことのない声が無線に流れてきた。もしやドラケンのパイロットか。


「お前まさか。なぜこんなことを」


「これで、良かったんです…。あとで機体の確認」

 

 カナードが吹き飛んだ。高度もかなり落ちている。持ちそうにない。大尉が必死に呼びかける。だが無線を切ったのだろう。応答は無い。


 最後の余力で水平になったドラケンは森に不時着した。炎と破片をまき散らして。安否は分からない。隊長が座標を伝え帰投を宣言した。


 回収されてきたドラケンの残骸と、息絶えたパイロットを見てエミリア大尉は立ち尽くしていた。何を想っているのかは分かる。だからこそレイは話しかけずに先に隊舎に戻った。


 反応弾とドラケンⅡ、一連の出来事はごく一部に伏せられる形で終わった。特にスウェーデン機に反応弾が積まれていたこと、しかもその反応弾を秘匿所持していたことは門外不出としてきつくかん口令が敷かれた。公には、”遺産”である反応弾の回収にバンディッツと交戦し、それを撃墜したとしか報ぜられない。


 ストークマン中佐などがあとは上手くやったのだろう。向こうの少佐の事は知る由もない。僕らの知らない世界だ。


 寒空のち、氷空。

 

 周囲の空気を震わせ、寒さを吹き飛ばすかのような音を奏でながら先代ドラケンの編隊がレイの頭上を飛び過ぎて行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る