第14話 虚無討伐 その5



 それから三人は、当面の虚無に対しカミュの力をどう使うかについて話し合った。


 実際に虚無と対等に戦うことが出来る力がソルウェインのみという現状に、表だってカミュの紋章のことは話せなくとも、彼とその紋章の力を遊ばせておく手はなかったのである。


 そこでソルウェインは、話を前倒しにしてカミュの力も使うことに決める。昨晩とは異なる意味で、イリーナと組ませることにしたのである。


 いざとなったら逃げろ。しかし、倒せるなら二人で倒してしまえ、と。


 しばらくすると森に出ていた他探索隊も次々と帰還しだす。


 森の蟲や魔獣との戦闘になった隊はカミュらに負けず劣らずの憔悴しきった顔をし、体には無数の傷を作っていた。もっとも、傷程度ならまだよい方だと言えるだろう。この日、一人は魔獣の牙によって命を落としていた。


 そのような中で、カミュらが虚無に遭遇したという話は陣内ですぐに広まり、それとともに任務に失敗したということも広まっていった。


 やはり共に出なくてよかったと言う者もいた。紋章の力に改めて畏敬の念を覚え、イリーナを褒め称える者もいた。そして、いくら紋章を持つイリーナと一緒だったとはいえ、たった二人で虚無に出会いよく生きて戻ってきたものだと、カミュに対して感心する者もごく少数ではあるがいたのである。


 そうして隊員たちが思い思いに疲れを癒やしている中、星々が無数に瞬く夜空に二十を超える黒い影が飛来する。群狼虎の子の部隊、ハスの飛蟲部隊だった。




「あはははは。カミュ、あんたそんなしょうもないことを考えていたの?」


「……しょうもなくて悪かったね」


 カミュの肩をバシバシと叩き、肩を震わせ大笑いをする赤毛の女。


 その目には涙が浮かんでいた。叩かれているカミュは、まるで子供のようにふて腐れていた。


 彼女の名はハスという。暗き森に住む蟲使いの一族出身で群狼の飛蟲隊の隊長である。彼女は群狼の隊長格ではあるが未だ若くカミュら三人に比較的近い年齢であったため、傭兵団の重鎮の一人でありながらも彼らにとっては姉のようなものだった。


 ソルウェインやイリーナは簡素な椅子の背に体を預けながら、そんな二人の様子を黙って見ているだけだった。カミュが二人に視線をやっても、助け舟を出そうとする気配はない。


 ソルウェインはそのぐらいは甘んじて受け止めろと言わんばかりの様子で肩を竦めて見せ、イリーナに至ってはほらみなさいとばかりに勝ち誇ってさえいる。ある意味、今ここにカミュの味方は一人もいなかった。


「悪いわよ。よーく反省なさいな」


「……もう十分二人に叱られたよ」


「そりゃ、そうでしょうね。私だって、言いたいことは山ほどあるわよ?」


「もう勘弁して」


「まあ、いいでしょう。私が言うべきことはソルウェインやイリーナが言ってくれているでしょうし、ね?」


 ハスはソルウェインを見る。


「ああ。ちゃんと言っておいたから、大丈夫だ。姐さん」


「そ。なら、いいわ。それで、なんか今回の虚無討伐うちだけでやることになったとか団長に聞いたのだけれど」


 そう言ったハスはそれまでの巫山戯ていた様子から一転し、椅子に座り直すとソルウェインに向き合う。カミュとイリーナも居住まいを正してテーブルに向かった。その頃にはテントの外の隊員たちも寝静まっていた。置かれたランプだけが静かに燃え、テーブルを囲む四人の顔をほのかに照らしている。


 ソルウェインは改めて今日の経緯を話し始めた。


 ゴルヴァとの話合いを中心に、カミュとイリーナが虚無と遭遇し、なんとか逃げてきたというところまで話が進む。


「なるほどねぇ……。まあ確かに、異形なる者がなんて話をしてしまったら、こうもなるわね。でも、私まで来なくてもよかったかなと思わなくもないけど」


 ハスはちらりとカミュを見た。それにソルウェインが苦笑する。


「まあ、それは結果としてそうなってしまったというだけで。さっさと仕事を片付けるにはドラゴさんか姐さんの力が借りられればなあとは思っていたんだよ。と言っても、二人とも留守だったからな。無いものねだりしても仕方ない。なんとかせねばと考えていた。でも、そこに姐さんは来てくれるしカミュまで数に入れられるようになって、俺にとっては嬉しい誤算だ。一気に詰めが楽になったよ」


「そうそう。二人とも出ていたはずだろ? ドラゴのおっさんはまだ南に行ったままのはずだし、ハス姐だって確かどっか偵察に行ってたはずじゃなかったか? なんか親父がそんなことを言っていたような気がするんだが」


 カミュがハスの方を見て言う。


「ええ、その通りよ。今日帰ってきたの。でも帰ってきたら、なんかゴルヴァ将軍がいて団長と二人して難しい顔をしているし、おまけに団長には、ソルウェインのところにすぐ行ってやってくれって言われるし。で、今ここにいるってわけ」


「やっぱり将軍、親父に会いに行ったんだな……」


 カミュは少し考え込む。


 なんでこんな辺境の傭兵団の団長が、その名も高い黒騎士団の将軍と知り合いなんだと。


 しかし、そんな疑問を口にする前にハスがさらりと爆弾発言をした。


「それに私が行っていたのは偵察じゃなくて、世界樹の調査よ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る