第19話 絆(1)

12月25日。

午前。

日本。

聖メサ・ヴェルデ学院高校の女子寮。

クリスマス当日ともなると寮生の姿もほとんど見受けられなかった。

黒いシックなワンピースを着た美咲が長い廊下を歩き、綾那の部屋の前に立っていた。

手にはA4版の茶封筒を持っていた。

コンコン。

ノックをしてから声を掛けた。

「メリークリスマス、綾」

その声に反応するようにドアが開き、ジーンズにトレーナーの綾那が顔を出した。

表情は暗かった。

「みっさ…」

「約束のものを届けに来ましたわ」

まるでクリスマスプレゼントを持ってきたサンタクロースのようだ。

「入って」

綾那は美咲を自分の部屋へと招き入れた。

美咲は中へ入り、ドアを閉めるや否や茶封筒を差し出した。

「はい。」

いきなりで、綾那はちょっと驚いた表情だった。

「頼まれていた書類です」

そんなことお構いなしで、事務的に用件を済まそうとするかのように美咲は話しはじめた。

「どこまで調べられたの?」

昨日の今日でよく調べられたものだと驚きながら一応受け取った。

しかし、内心はまだ迷っていた。

「お二人の出生地、生年月日、現住所、学歴…そしてこの学院へ来るまでの簡単な経緯あたりまでかしら」

旧家の一人娘とはいえ、一体どれだけの情報網を持っているのだろう?

綾那は不思議に思いながら、首を傾げた。

「そう」

「綾、」

「見てもいい?」

「もちろんですわ。そのための書類ですから」

綾那は封を開けて、中から書類を取り出した。

白い紙が何十枚も束になって入っていた。

ずっしりと重かった。

それを手に持ったまま、目を閉じて深呼吸を何回かした。

そして、意を決したように書類を読み始めた。

その様子を美咲は黙って見守っていた。

彼女はこれを綾那に渡す前に全て一読していた。

綾那にとってこの情報は吉か凶かと聞かれれば、凶だと言わざるを得なかった。

しかし、自分はそう思っていても判断するのは彼女である。

黙って見守るしかなかった。

先入観を与えたくはなかった。

だからあえて何も言わずに、それを手渡したのだった。

3分も経たないうちに突然、彼女は読んでいた書類を整え始めた。

数枚に目を通しただけで、全てに目を通した訳ではなかった。

「…みっさ」

書類を再び袋に戻しながら、綾那は目を伏せた。

「?」

「ごめん。」

美咲にぺこっと頭を下げた。

「なぜ、謝るんですか」

不思議そうに綾那を見ていた。

「頼んでおいて、こんな事言うのは気がひけるんだけど、」

すまなそうな顔をしながら、美咲を見ていた。

「綾。」

「これ以上は読めない…」

そういうと袋を美咲に差し出した。

何も言わずに美咲はそれを受け取った。

「知りたくないわけじゃないけど、やっぱり嫌なの。昔、何があったとか詮索することが」

綾那は悪いことをしている気になっていた。

やってはいけないことだと良心の呵責に襲われていた。

他人ひとの過去にこだわったからといってその人の今が変わるわけではない。

それはむしろ逆な事をもたらす可能性もあった。

自分たちの今を、その人に対する見方を変えてしまうそんな可能性もあった。

それが怖かった。

「今は私たちの高校の先生だってことだけでいいよね」

「私は、綾が納得するのでしたら別に構いませんわ。誰のためでもない。あなたのためだけに用意させたものですから。それをどうしようとあなたが謝るのはお門違いですわ」

美咲は淡々とそう答えた。

「でも……」

これを調べるのにかかった労力を思うとそうも言えなかった。

「あなたが必要ないと判断したのでしたら、それはそれでいいのよ」

美咲はどうってことないわという顔で、綾那の方を見ていた。

その言葉に綾那はようやく微笑んだ。

「ありがとう、みっさ」

「可笑しいですわね。謝ってみたり、感謝してみたり」

ちょっと表情をゆるめながら美咲も微笑んだ。

「ホントね」

綾那にいつもの笑顔が戻った。

「でもこれは、もう綾のものですから。あなたが持っていてくださいな。私には必要ありませんし」

再び書類を綾那に手渡した。

「みっさ」

「あまり有難くはないでしょうけど、クリスマスプレゼントということで、いかかがです?」

「ん、もう!」

あまりにも淡々と言う美咲に綾那は怒ってみせた。

ふと部屋にあったカレンダーを見ながら、こう続けた。

「ねえ、書類にバーン先生の誕生日が書いてあったんだけど。今日だよね?」

「12月25日のクリスマス生まれでしたね。お珍しい」

「何かの縁だと思わない?」

にっこりする綾那を見て、美咲は逆にため息をついた。

彼女には綾那の考えはお見通しぽかった。

「まあ、綾の考えそうなことですわ」

「あ、やっぱり?クリスマスパーティー兼誕生パーティで決まりね!!」

「はいはい。」

「押し掛けるわよっバーン先生と臣人先生のもわかったことだし」

ぱっちんと指を鳴らした。

「どうします、これから?」

綾那は頬に人差し指をあてながら考え込んだ。

「とりあえず買い物に行こうか?プレゼントを見たてて、食料を仕入れて、それから」

美咲がその言葉を途中で遮った。

「綾、食料の買い出しはちょっと待ってください。バーン先生が帰ってきているかどうか、航空会社に問い合わせをして予約状況を確認しましょう。そうしないと危険ですわ」

「そっか。まだ戻ってきてるかどうかわからないしね。そっちは任せてもいい、みっさ?」

納得したのか、うなずいている。

「ええ、もちろん」

「じゃあ、出かけようか!」

綾那はベージュのオーバーに手をかけた。

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