第15話 召喚(1)

12月25日。

深夜。

SF郊外、ナパ郡。

7年前のあの時と同じ時間、同じ場所。

真っ暗な森の中に、バーンは立っていた。

両眼を閉じたまま、ちょっとうつむき加減に立っていた。

ここは、湖のそばにある洋館。

冷たい風が吹き抜ける、濡れた石畳の上。

その場所に彼は立っていた。

彼の頬を撫でる鋭い風が、あの時の惨劇の記憶を呼び覚ました。

彼の鼻腔に残る湿った風が、あの時の悲しみの記憶を呼び起こした。

あの時の自分。

7年前の自分。

16歳で過ごす最後の日であり、17歳になったその日を思い出していた。

(……俺は?)

自暴自棄になりながら『自分』という存在を消してしまいたかった。

背反する想いに身を焦がしながら苦しんでいた。

『彼女』という存在を自分から一番遠い所へただ遠ざけたかった。

どんなに嫌われてもいい、生きていてほしかった。

それと同時に『彼女』という存在が自分のすぐ隣にいてほしかった。

本当は、ぬくもりを感じられるほど近く、手が届くほどそばにいてほしかった。

彼女を自分の腕で力一杯抱きしめたかった。

彼女を誰にも渡したくなかった。

だが『現実』は、唯一、護りたかったものが護れなかった。

自分の心に背き、偽り、なにひとつとして真実を伝えられなかった。

彼女の死を受け入れることなどできなかった。

彼女の死を信じることなどできなかった。

もう、何を?誰を?信じてよいのかもわからなかった。

自分自信を呪った。

自分の右眼を呪った。

彼女の命を奪った悪魔たちを呪った。

そして、同時に『神』を呪った。

なぜ『神』は彼女を救ってくれなかったのか?

いとも簡単に悪魔は出現し、彼女の命を奪っていった。

では、なぜ『神』は自分の祈りを聞き届けてはくれないのか?

これほどまで懇願しているのに、切望しているのに自分にいや彼女に救いはないのか?

彼の中で何かが壊れた。

『神の愛』などこの世には存在しない。

もちろん『神』も存在しない。

この世界にあるものは、絶望と悲しみと後悔だけ。

そう思うようになっていた。



甘いような、何ともいえない香の薫りが漂っていた。

バーンはゆっくり眼を開けた。

空を仰いだ。

彼の真上、天空には満月が懸かっていた。

(ラティ……)

視線を戻すと石畳のテラスの上には、白い線で見慣れない図形が描かれてあった。

東西南北の四方に杯が置かれ、香が焚きしめられていた。

その中央にも杯があり、その中にはあの銀のネックレスが縁に掛けられていた。

庭を取り囲む森の木々がサワサワと音をたてた。

木々の向こうに見える湖の水面に反射する月光。

冷たい青白い光。

この場所には、月明かり以外何もない闇だった。

その光に浮かび上がるようにバーンは立っていた。

時が満ちるのを静かに待っていた。

中央に設置された杯を見ながら、眼を伏せた。

(惑星霊の力も借りておこなう……召喚……)

月が翳った。

辺りは闇に包まれた。

(あの時……『銀の舟』はこの場所の地の利を活かして俺を俺ではないものにしようとしていた。

それが何なのか、未だにわからない。

この場所は、湖周辺の山々がアンテナの役目をしている。

自然物の造り出す天然の魔法陣がここにある。

よきにつけ悪しきにつけ、その中心にあるこの屋敷で術を使えば、その魔法陣は術者のブースターの役目を果たす。

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