精神科閉鎖病棟の窓から

409号室

第1話 精神疾患は突然に

精神疾患とは無縁だと思っていた。私は強い人だと思い込んでいたわけではないが、また精神疾患とも関係がないと思っていた。一部の病気は遺伝性があるともないともいわれるが、私の家族や知り合いに精神疾患で闘病していると公言している人はいなかった。

私には発達障害がある。そのためストラテラを服用していて、近所の児童精神科と呼ばれるところには通っていた。ただ、その児童精神科はあくまでも発達障害のケアのために通っていて、患者さんも発達障害の人が多かった。診察室に掲示してあった新聞の切り抜きはいずれも発達障害に関するもので、主治医は発達障害以外にはあまり詳しくないようだった。

小学時代は比較的平穏に過ぎた。私の特性を尊重してくれる教師に恵まれ、これといって不自由な思いをすることもなかった。私は自分は発達障害だとは思っていなかったし、それも私の個性だと思っていた。そしてそれは周囲もそうだった。


転機が訪れたのは中学3年生のときだ。私は勉強はよくできたほうで、市で一番頭がいい生徒たちが通う公立中学校でも、200人の生徒がいたが、順位はいつも一桁だった。私の行きたい高校は偏差値が70近くあり、地元の旧帝大にも現役合格する秀才たちを年間50人近く生み出しているような高校だった。三者面談などのときに志望校をもう少し上げてもいいのではないかと言われたほどだった。そして私もこのまま勉強を続けて、その高校に合格し、その旧帝大に行くものだと思っていたし、ほかの進路には興味がなかった。

ある夏の日、私はいつものように学習塾に行った。夏休みが始まった日から毎日朝早くから夜遅くまで、その塾で勉強していた。お弁当を持って行く日も多かったが、その日は昼は家で食べようということになっていた。その塾はとても快適な場所で、先生たちも親身だった。月謝は月十数万円にも及んだが、親は嫌な顔ひとつせず通わせてくれた。親も私がその高校に合格すると信じて疑わない人のひとりだったのだ。

12時になったので、いつもと同じようにNHKのニュースを入れた。その瞬間目に飛び込んできた光景を、私は未だに忘れることができない。私の愛する国で悲惨な災害が起きたというのだ。現地はまだ夜が明けていない。現地時間午前3時半を回ったころ、マグニチュード6.2の地震がその街を襲った。衝撃で私はその場に固まった。こんなことが起きるなんて誰も想定していなかった。

その日は塾に行ったのだが、ほとんど集中できずに終わった。「おかしい」と思った。集中力はもとから持っていたほうではなかったが、勉強しようとしても手につかない。その塾は繁華街にあったので、トラックが通ると少し揺れた。今までは気にしたこともなかったような「揺れ」が気になって仕方がなかった。そして、シャープペンシルを持つ手が震えていた。

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