第一章 それは終わると同時に始まった

Loop1 5/16(月) 08:56【札森純平】

 2022年 5/16(月) 08:56『瀬戸ノ夢学園 教室』


 彼は占いを信じなかった。特に朝のテレビでよくやっている星座占い、あの類のものが大嫌いだった。朝の一分間で人の運命を決めるというのは何様のつもりなんだ。よって今日は特に機嫌が悪い。なんの根拠もなく一方的に不幸を押し付けられたからだ。


『十二位は天秤座のあなた! 今週は運勢最悪、特に不幸な出会いに巻き込まれる可能性が! 知らない人と会うときは要注意?』


 ジュンペイは占いを信じなかった。たった今、彼の目の前に十個の赤まるが華々しく輝いていたからだ。


「うおっ、ジュンペイ満点じゃん!? どうしたんだよ!」

「どうしたって、僕だってたまには満点取るよ……」


 ほらね、やっぱり占いなんて当てにならない。ジュンペイは十点満点の小テストを眺めながら内心勝ち誇っていた。


「何で分かったんだろう? 今日のテストの内容……」


 彼は札森純平。学ランの一番上の襟ホックを律儀に毎日止めている程度には真面目な、高校一年生だ。



 同日 15:37『瀬戸ノ夢学園 教室』


 放課後を告げるチャイムが鳴り響き、ジュンペイは今日一日をこの言葉で締めくくる。結論、占いなんて信用ならない。今日は何もかもが上手くいく素晴らしい日だったからだ。


 世界史ではエジプト文明が使っている紙の名前を素早く答えることができた。数学では先生のXと×の書き間違えをすぐに気が付くことができた。昼休みにはいつも戦争状態の食堂で、すんなりと焼きそばパンを購入できた。そして放課後、掃除を決めるじゃんけんに一人勝ちした。人生稀に見る吉日。来週の中間テストもこの調子で行きたいものだとジュンペイは思った。


「よーしジュンペイ、ゲーセン行こうぜゲーセン!」

 

 クラス一番のお調子者がジュンペイの肩を揺さぶった。彼は溝口伸也、一言で言えば軽率な男である。髪は茶髪に染め、学校に漫画を持ってきては読む。さらには休み時間にこっそり菓子を食べることもしょっちゅうだ。もちろんミゾグチの素行はクラスの皆が知っていた。

 

 だが悪いやつではない。漫画は自分が読み終わったら友人に貸し、お菓子も基本的に一人で食べることは少なかった。本人曰く、それはあくまでも学校生活を楽しくする補助アイテムであり、メインを飾るのは友人達と遊ぶことだと言う。ただし、髪の毛は完全なる趣味だ。


「どうせ帰っても一人悲しくテレビ見るしかやることないんだろ? なら遊ぼーぜ」

「なんだよ、良いじゃんかテレビ。面白いんだぞマスクドオンシリーズ」

「面白いのは嫌と言うほど聞かされたよ。で、行くのか? それともやっぱり行くのか?」

「二択になってないよミゾグチ君……まあ行くけど」


 その言葉に、ミゾグチは勢いよくガッツポーズを取った。


「よっしゃ一人ゲット! もうちょい人数ほしいな……」

 

 そう言ってミゾグチは教室を見渡した。薄く砂を被った板張りの教室に、机が少し乱雑に並べられている。そしてその机をじゃんけんに負けた敗者達が、せっせと雑巾で磨いていた。


 そしてその掃除班とは別に、教室の窓際の席で、セーラー服の女子学生達がグループを作っている。


「せっかくだしあいつらも誘うか」

「ちょ、ストップ」


 意気揚々と女子の輪に突入しようとしたミゾグチの右肩を、ジュンペイはがっちりと掴んだ。


「ヒヨってんじゃねえよジュンペイ。こういう積極的な行動が退屈な学生生活に華を添えるんだよ」


 ミゾグチは呆れた雰囲気を醸し出しながらジュンペイの手を振りほどく。が、今度はその両肩を凄まじい握力でがっちりと捕らえられた。


「ミゾグチ君、怒るよ」

「痛い痛い痛い痛い。もう怒ってんだろお前」


 慌てて謝罪するミゾグチ。ジュンペイがその手を放すと、ミゾグチは肩をバキボキと回しながら机に腰を掛けた。そして女子とジュンペイ、その二つの間で目線を行き来させる。そして一言。


「なるほど。オモテザカか」


 ミゾグチの視線が示したのは、女子の輪の中心でにこやかに笑うクラスの華。表坂夏鈴の存在だった。


「まあ可愛いもんなーオモテザカ。お前が気になるのも無理ないよなー?」

「こ、声が大きいよ……!」

「けどさ、冷静に考えてみろよ。ここでゲーセンに誘って何気なくプリクラにエスコートする。あんな密室で二人きりだぜ? 二人の距離は一気に近づき――」

「ミゾグチ君」

「なんだ?」

「発想が気持ち悪いよ」


 その言葉にミゾグチは膝から崩れ落ちる。


「……とりあえずゲーセン行こうか」

「……おう」


 泣きそうな声で机に突っ伏すミゾグチ。その背中をジュンペイが軽く叩き、慰めるのだった。


 これが彼らの日常だ。一か月とちょっと前、この学校に入学して始まった日常。くだらなくも満たされた青春の一ページ。ジュンペイはこれから三年間、こんな毎日が続くのだと思っていた。


 滅亡の足音は、すでに鳴り響いていたというのに。

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