第2話 恥ずかしながら、わたくし、腐ったミカンと呼ばれたことがあります。

 あれは、どれくらい昔のことでしょう? 昔、他店の営業マンから、【腐ったミカン】の話を聞いたことがありました。あれは忘れもしません。私が、26歳の頃の話です。


 海外の免税店に勤務していた私は、当時、結婚の話が浮上し、サイパンからの帰国を余儀なくされました。


 海外事業部長の計らいで、暫く、横浜の本社、経理の仕事に就きましたが、それも長くは続きませんでした。


 一日の全店舗の売上げ、データの入力がメインの経理の仕事でしたが、目が疲れるのもいやでしたし、仕事にハリがなく、営業職に転職したくなり、我が母校、日本大学文理学部、就職課を訪ねることにしました。


 余暇を利用して、母校の就職センターで、資料を見ているうちに、給料面、待遇を見て、この会社に勤務したいと思える企業がいくつか目に留まりました。そのうちの1つに、体育会系の企業があり、学歴を問わないことが幸いして、私の転職が決まりました。


 不動産の仲介業に就いた私は、その日から生活が激変します。当時、宅地建物取引主任の資格も持っていなかったこともあり、1年目はほとんど先輩の雑務、補助業務がメインで、チラシを毎週末、24万部、手作業で印刷し、空いた時間を使って先輩の契約に必要な謄本を法務局に取りに行き、先輩が手の回らない決済を代行した。


 私が自分の営業に使える時間は、1日、ほんの数時間しかありませんでした。その数時間の間に電話営業をこなし、法務局に行って空地、空き家、マンションの抄本を閲覧し、1回、2000部の手巻きチラシを週に何回か郵便ポストに投げ入れ、DMを書いた。


 1年目は、飛ぶように不動産が売れなかったものの、そこそこ成績を残すことができた。2年目、突然、スランプに突入し、3ヶ月間、0を打った。営業の世界で、3ヶ月、何も売れないということは、死罪を意味する。もしもこの月、何も売れなかったら会社を辞めよう、辞表を懐に忍ばせた4ケ月目、事態は好転した。


 身を捨ててこそ浮かぶ瀬があり、営業が一皮むけたのでしょう。あれよあれよの間に、トップセールスマンへの階段を上り詰めた。営業所が全国に40店舗、全社で営業が、250名、いるなか、半年間のスパンですが、全国で3位になりました。それから3月に1度の割合で、上位20名が表彰される成績優秀社員の会合にコンスタントに呼ばれるようになり、グアム研修旅行を会社からプレゼントしてもらいました。


 あるとき、成績優秀社員の集まる酒の席で、私は同じ営業仲間から、こんなことを言われました。【腐ったミカン】についての話を聞かされたのです。


 そのときは、自分のことを言っているとは気付けず、暫くして、自分のことを言っていたのだと悟りました。


 当時、26歳の私は、まだ人間的に成長しきれていなかったのでしょう。

 営業のストレスから来る度重なる重圧で、酒の席で上司の悪口ばかり、会社の批判ばかり口にしていました。


 酒を飲めば、社内批判を繰り返し、たしかに自己啓発の本、経済の本をそれ以上、たくさん読んでいたとはいえ、自分で自分を悪く洗脳していました。


 朝8時半に会社に赴き、夜9時まで営業し、週3で、朝方3時頃まで居酒屋やキャバクラで酒を飲むわけですから、それでなくても体はヘトヘトに疲れています。


 そして営業からくる重度の疲労、精神的なストレスを、誰かを攻撃することで当時は紛らしていたのかもしれません。


 私は、【腐ったミカン】の話を聞き、箱の中に存在するたった1つの腐ったミカンが、すべてのミカンを腐らせてしまうことに気付いていなかったのです。


 私は、まさに【腐ったミカン】のような存在でした。不平不満ばかりを口にする、上司の悪口を酒の肴に自分を鼓舞する、人生の敗北者でした。成績優秀者の同僚は、こうも言いました。


 もしも会社に不満があるのなら、自分が会社の先頭に立ち、企業に革命を起こすくらいじゃないとダメだ、会社を内部から変えてしまえるくらいのバイタリティーを持ち合わせていないなら、会社の批判などすべきでない、私は、なるほどと思いました。


 愚痴や不平、不満を言ってる内は人間は成長できない。

 っていうよりは、一流の営業マンは多忙で、愚痴を言うヒマがない。愚痴を言っているのは、大抵、底辺の営業マンで、時間を持てあました売れない営業マンばかりだ。


 愚痴や不平不満を言ってるうちは、一流の営業マンには永遠になることができない、その言葉を胸にしまい、それから暫くして、私は転生しました。


 一切の愚痴を言うのをやめ、模範生になれるよう努力しました。

 不平、不満があるなら、自らが太陽となり、光り輝き、環境を変えてしまえばいい、今は、そういうふうに考え方を切り替えています。

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