熱帯夜の決戦 4


 時を遡って、日中。

 烏堂特殊清掃で、社と琥珀は話していた。

 ――勝ち目が有るとしたら――お前なんだよ、社。


 琥珀はそう言った。

「俺が?」

 社の言葉に、琥珀が頷く。


「そうだ、まず第一に、お前という存在自体が情報戦で有利だ」

「それは確かにな」

 アインは琥珀のかつての使い手。


 そして珊瑚は琥珀の同型。

 つまりこちら側からすれば、向こうの情報は大体揃っている。琥珀が知っているからだ。

 逆に、琥珀のことも向こうは知っている。


 だが、社の事は向こうは知らない。

 社はこの四人の中で、唯一伏せられた札なのだと言える。

 だが――


「それは相手から見ても、警戒に値する、ということでも有るだろう」

 よく分からないやつ、というのは、それだけで警戒すべきだ、ということでも有る。

 だが、それに対して琥珀は首を横に振る。


「そこが違う。そうはならないんだ」

「それはどうしてだ?」

「第二の理由として、あいつはお前を侮るからだ」


「その理由は?」

「あいつは人種差別主義者だからだよ。まぁ、当然のこととしてだけれども」

「なるほど」


 ナチスといえばアーリア人種第一主義を掲げている。

 そして、帝国軍人であることに誇りを持っているアインは、それを掲げ続けている。

 故に、根本の部分で東洋人である社を侮るというわけだ。

 ではあるが――


「それだけでいけるのか?」

「後はまぁ、私も一度限りの反則技を使える。それであいつの動きを止める事が出来るんだが……」

「だが?」


「それをやると、私は完全に動けなくなる。つまり、攻め手をお前に完全に依存することになるわけだ、社」

「……」

 社は考える。


 なんとかする方法はあるのだろうか、と。そんな社に向かって、琥珀が言う。

「方法はあるか?」

 少し考える。アインの経歴から、倒す方法は一つ思いついてはいる。正確には、その呪術的成り立ちについて、思い当たるところがある。


「なんとかしてみせよう」

「そうか……信じるぞ、社。私の使い手としてのお前を」


:――:


 同調解除――琥珀は社から離れて。社は生身を晒す。

 代わりにに血塗れの琥珀ブラッドアンバーを纏っているのは、アイン。

「なん、だと?」


「マスター!」

 アインが声を漏らし、反応する珊瑚。

血塗れの琥珀ブラッドアンバー、強制同調完了。呪装封鎖。各関節封鎖」

 琥珀の声。


 これが琥珀の、アインの動きを止める策だった。

 相手に強制的に同調し、自分を纏わせる。その上で全関節を固定、伝承礼装エピックウェポンを含む装備の全てを封鎖する。


 結果として出来上がるのは、極小サイズの檻、人体サイズの牢獄。

 これならば、アインは動きを止めざるを得ない。

「此処から先は俺の仕事だ」


 言って、社は懐から簡単な人形を取り出す。

 その顔には何も書いていない。のっぺらぼうの人形だ。

「お前の正体は分かってる。だから、なんとでもやりようは有る」

 アインの正体――


 琥珀から聞いた話からすると、アインの制作には霊鎧と同じく日本から来た術者が関わっていると見るべきだろう。

 アインの特性を聞いた上で、社には思い当たる部分があった。

 死体という器物に取り憑いて動く。吸血鬼でありながら、その衝動を抑えている。


 それを成せるのは、陰陽道の式神だろう。

 アインが陰陽道による産物の式神ならば、同じ陰陽道によって祓う。肉体の破壊ではなく、呪式を肉体から引き剥がす事によって。


 社が取り出した人形は、撫物と呼ばれるものだ。

 それは本来、汚れなどを布や人形に移して祓う、陰陽道の術式である。

 汚れではない呪式を祓うのには不適な部分も有るが、そこは布ではなく人形を使うことで補う。呪いを別の人型へと映す、形代の呪術である。


 金枝篇で言うところの、共感呪術と感染呪術の合せ技だ。

 死体に憑いた呪式を、この人形に写し取る。


「やってしまえ、社!」――琥珀。

「身体が……!」――アイン。

「喰らえっ!」――社。


 右手に持った人形を、血塗れの琥珀ブラッドアンバーへと押し付けた。

「さぁ、この人形へと移っていけ! 前世紀の遺物、ここはお前の居場所じゃない!」

「ぐ、うぉぉ!」


 アインの悲鳴。空気が罅割れるようなそれで、社は呪式の定着が剥がれていこうとするのを理解する。

 ――このまま、完全に剥がしてやる。

 そのとき――


「させませんわさせませんわさせませんわ!」

 緋色の少女、珊瑚。弾き飛ばされたそれが、人の姿となって走ってきていた。

 霊鎧側からの同調解除は、琥珀が出来る以上、珊瑚だって出来ている。


 社もそれを認識はした、したが、反応できない。

 緋色の少女の蹴りが、右腕に飛んだ。

「くそっ」


 社の手首が跳ね上がり、手持ちの人形が吹き飛ぶ。

「ぐぬ、うぉぉぉぉ!」

「いかん! もう限界だ!」


 アインの咆哮と共に、身体が発光する。一瞬の後、琥珀が立体駐車場を転がっていた。即座に体勢を直す。

 アインから同調を解除されたのだ。

 作戦は失敗。だが、完全に無駄だったわけではない。


「琥珀!」

血塗れの琥珀ブラッドアンバー、再同調!」

 社は再びブラッドアンバーを装着。


 右腕に、魔弾タスラムの射出機を形成済みだ。

 撫物は完全に通らなかったわけではない。呪式は剥がれかける所までいった。追い撃ち、足止めから、もう一度だ。

 連射。


「マスター!」

「……撤退だ」

 珊瑚の声に答えながら、アインは瞬時に緋色の剣になった珊瑚を握る。

 迫る弾丸。その全てを、ジンビェンへと変形した珊瑚が叩き落とす。剣閃が荒れ狂い、立体駐車場の柱や天井を破壊する。まるで大蛇がのたうち回っているかのよう。


 ジンビェンを荒れ狂わせながらアインは、跳躍した。

 行き先は上。

「逃がすかぁっ!」


 弾丸を放ちながら、社は追う。

 巨大な螺旋階段めいた立体駐車場、アインはその天地や壁の全てを足場として蹴って飛ぶ。まるで稲妻のような機動で。

 背後からの射撃による攻撃が、足止めに全くなっていない。


 この、閉鎖空間を完全に活かすために、立体駐車場に呼び出したということなのか。

 螺旋を登り、アインが天地を蹴った後を走り、そして――屋上。

 そこに、アインの姿はない。


「逃げられたか……」

 社は言う。

 アインは夜の闇に溶け込んでいった。

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