熱帯夜の怪人 3


 夜の街を、走る。

 暗い路地裏から、まずはセーフティーゾーンと言える大通りまで。

 息を切らさず、社と琥珀は一気に駆け抜ける。


 一度、社は背後を確認したが、白髪の男が追いかけてくる様子は無い。

 もしも追跡するつもりがあったなら、あっという間に追いつかれてしまっているだろうからそれは当然だろうが――


「このまま事務所まで行くぞ」

 社の声に、琥珀は答えなかった。

「くそっ、くそっ、まさかあいつが! なんでこんなところに!」


 代わりに、冷や汗をかきながら、独り言を吐き捨てて走っている。

 焦燥と、困惑と。

 こんな琥珀を、社は初めて見る。

 ――まず、一旦安全な場所に着いてから、事情を聞く必要がある。


 そのためにも、兎に角、高速で事務所まで走れ。

 切りつけてくる夜気を物ともせずに、二人はビルまで到達し、あっという間に階段を駆け登って、事務所に入る。


 即座に、物理的/魔術的に部屋を施錠/封印シール。同時に、社と琥珀は並んで扉に背を預けた。

「くっ……あっ……はぁ、はぁ……」


 全力疾走を続けてきた二人の息は荒い。それをなんとか整えながら、社は琥珀に問う。

「吸血鬼は招き入れられないと家に入ってこられない、なんて話もあったと思うが、アレはどうなんだ?」

「そんなわけがあるか……あれはもっとこう、別物だ。雰囲気的には、ターミネーターとかそっち系だぞ」


「随分詳しいな」

「まぁ……知らない仲じゃない」

 ――ベルンシュタイン。

 そう、あの吸血鬼は琥珀の事を見て言っていた。

 それはおそらく、社の知らない琥珀についての事を、知っているという事でも有るのだろう。


「聞かせてくれ。あいつをどうするにしても、知っている必要は有る」

「ん――まぁ、そうだな」

 呟くように言いながら、琥珀は立ち上がった。


「まともに座って話そう」

「わかった」

 社もそれに続いて、応接用のソファに向かい合う形になる。

 社はやや前のめり、間のテーブルに肘を着き、琥珀はソファに完全に背を預ける形に。


 先に口を開いたのは、社だった。

「アレはなんだ」

 視線をまっすぐに向ける社に対して、琥珀は目線を他所にやっていた。

「アレは……あいつは、吸血鬼だよ。元人間のな」

「元人間、か。何故、そんな事を知っている?」


「なんというか、私とあいつ――製造元が一緒なんだよ。同中おなちゅうって奴だよ」

「製造元……」

 社が漏らした声に対して、琥珀は罰が悪そうに、頭を掻いた。

「女はミステリアスな方が魅力的だと思うから言いたくなかったんだけどなー。残念」


「いや、今はそういう時じゃないだろう。マジな話だぞ」

「まぁそうなんだが……仕方ない、話すか。昔々の話になるが、日本から見て大分西にとある独裁国家があってだな」

「いや、そこは別にボカさなくていいぞ」

「ストレートに言うとナチスなドイツがあってだな」


 その程度のことは、さすがに一般常識として社も当然知っている。だが――

「お前、ナチス製だったのか……」

 ナチスといえば、フィクション界のフリー素材。どんな無茶な研究をしていても、どれだけ酷い遺産を無責任に残していても、なんとなく許される感すら有る。


 琥珀がそういう、ナチスの遺産……的なものだと思うと、社としてもさすがになんとも言い難い気分になる。

 そんな社に向かって、琥珀は言う。

「なんだその平成ライダーを見つけたみたいなリアクションは……それに、作ったのはドイツ単独じゃないぞ?」


「おっと」

「当時、ナチス魔術省……アーネンエルベと、大日本帝国から送られてきた協力者集団により、魔術的兵器群の開発が行われていたんだよ」

「大日本帝国か……」


 実際、そちらもそちらで、かなり色々やっている。何せ、軍が密教系の術者三十人を集めて、米大統領の呪殺を依頼し、祈祷を行っているのだ。

 祈祷の三ヶ月後、実際に当時の米大統領は病死――公式発表では――しているので、帝国軍の集めた術者は本物だったのだと言えるだろう。帝国軍は実際に、呪詛祈祷の成功を公式文書に記録している。


 ナチスのアーネンエルベの方は、ハインリヒ・ヒムラーによって設立された、アーリア人種の優位性を証明するための人種学、歴史学の研究機関である。ヒムラーの趣味で遺跡発掘をするための機関で、アーリア人云々というのは建前に過ぎない――というのが、表向きの話であるが――


 ――琥珀を作っていたと言うなら、それは真実ではないんだろうな。

 社はそう、考える。

 日独合同による、魔術的兵器群の開発。

 恐らくそれは、ある程度の成果をあげ、同時に戦局を覆すことはなかったのだろう。


 それは枢軸国の敗北という、歴史が証明している事実である。

「ナチスが求めたのは、最前線で戦える、無敵の兵士だった。それはつまり、第二次大戦時の陸戦――機関砲と戦車が支配する塹壕戦での使用を考えていたっていうわけだが」


「つまり、霊鎧は最前線で術者を運用するためのパワードアーマーなのか」

「そういう側面もあるし、伝承礼装エピックウェポンっていう簡易かつ強力な魔術兵器を運用したいって面もある」

「しかしそうなると、お前、戦車とか相手できるのか?」


「出来るかどうかはランナー次第だ」

「さよけ……じゃあ、あの吸血鬼はどういう理由で作られたんだ」

「霊鎧とは別の、不死身の兵士だよ。銃で撃たれても、砲弾でバラバラになっても蘇って戦い続ける、な」


「なるほどな」

 確かに、装甲と機動力だけが、戦車と機関銃が支配する戦場で戦う方法ではないだろう。吹き飛ばされようと蘇り、戦い続ける。それはそれで、兵器としてのアプローチとしては正しいだろう、社はそう、考える。


 琥珀は、どこか遠くを見ながら続ける。

「あいつ……試製壱號エクスペリメント・アインは、もともと、戦死した武装親衛隊SSの一人だった……らしい。詳しい経歴は被験体にされた時に抹消されたから分からないけどね」


「自軍の死体を、素材にしたのか」

「戦争だぞ? ついでにいうとナチスだぞ? 非人道的な事なんて幾らでもある。かくいう私も、作る過程で生贄とか使ってる」


「マジか」

「まじまじ。生贄にした少女の外見と人格が、私のベースになってる……って言っても、記憶やら何やらは引き継いでないから、元ネタの人って感じだけどね。名前も知らない顔は鏡越しだけだ」


「そうか……」

 琥珀がそう思っているなら、社としては何も言いようがない。社からしてみれば、驚いたことは驚いたが、琥珀レベルの呪物フェティッシュともなれば、贄を使っているのは当然だとも考えていた。

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