四話 雀卓の上の戦争

雀卓の上の戦争 1


「うーむ……」

 ――これは今ひとつ上手くない気がするな。

 琥珀は目の前に並ぶ十三枚の麻雀牌を見ながら唸った。

 手配が悪いわけではない。むしろ配牌から既に一向聴イーシャンテンで、極端に良いと言うべき状態だ。


 これは、今回だけというわけではない。

 今――東四局に至るまで、良い配牌が来なかったことはない。真っ直ぐ、手なりに進めていけば上がれるだろう――そういう配牌だった。

 だが、実際はそうならなかった。


 前の局までも、配牌の後の、自摸も良かった。手も早く、打点も高い方向に伸びていく。

 だが、上がれていない。むしろ、今の琥珀の持ち点は、半荘終了まで持ちそうにないという域になってしまっていた。

 地に着かない脚をぶらぶらと揺らしながら、琥珀は同じ卓に着いた三人を見る。


 上家(左手)――太った男。

 対面(正面)――痩せた禿頭の老人。

 下家(右手)――サングラスをかけた若い男。

 この三人が、琥珀の対局相手だ。


 視線を受けてか、くつくつと、琥珀の方を見て三人が笑っている。

「どうしたい? お嬢ちゃん、代打ちがビビってちゃいけないぜ?」

「ご忠告ありがとう。でもまぁ、ビビるほど怖い相手はいないから、心配はいらないよ。バニシングトルーパーのOGアレンジぐらいいらない」

「いや、俺は好きだぞアレ……」


 琥珀の後ろでそう呟いたのは、相棒の社だった。

 社が居るのも当然のことで、別に琥珀はこの雀荘に遊びに来たわけではない。

 これもまた、悪霊祓いなのだ。

 ただ、遊びでやってきているわけではない以上、琥珀に負けることは許されない。

 というのに――


 東四局が始まる。

 琥珀は北家――つまり、この局では最後に手番が回ってくることになる。

 山から麻雀牌を自摸り、卓の上へと叩きつける音が響く。

 麻雀とは畢竟、こうして自分の手牌を入れ替えていき、役を作るゲームである。そこに有るのは、確率と手順だけであり、オカルトが入り込む余地はない。少なくとも、琥珀はそう考えている。


 自分が、霊鎧などというオカルトの塊であるからこそ、琥珀はこのゲームにはオカルトが入り込む余地はない事が分かっている――その筈だった。

 自らの手番が来て、琥珀は山から牌を自摸る。

 手の内へとやってきた牌を見て、琥珀は顔を顰めた。


 ――またか、これは。

 悪い牌が来たというわけではない。むしろ、良いという他ない。何しろこれで聴牌テンパイ――和了あがり一歩手前なのだから。

 ただし、取る道はそれだけではない。


 この牌を受け入れて、琥珀が取る道は二つある。

 聴牌を取って、リーチをかけること。

 もう一つは、聴牌を取らず、手替わりを考えること。


 前者の方が和了は早く。後者ならばより高い得点を狙うことが出来る。

 普段ならば、琥珀は間違いなく前者を取る。確率と効率を優先する、現代の麻雀に於いてはそれこそが正しい手とされる。

 それは、先に和了ってしまえば相手に和了られることはない――攻撃は最大の防御でもあるという事でも有るからだ。


 ――だが、これまでの三局、そう動いた結果はどうだった?

 琥珀は思い返す。

 同じように配牌は良く、自摸も良く、聴牌までも早かった。

 問題は、今の局と同じように、手替わりして高い役を狙うか、それとも最速で和了に動くかを選べるような手牌になることだ。


 琥珀は当然、最速を狙い、聴牌を取る。そしてリーチ棒と宣言を叩きつけていく。基本的な打ち方だ。

 だが、その後が良くない。

 聴牌までの早さとは裏腹に、和了牌が出てこない。


 自摸って来る牌は、最速ではなく手変りしていたら必要だった牌ばかり。

 そして、他の三人に振り込む、もしくは自摸和了りされてしまう。

 一局、二局はそういう事もあり得ると流していた。だが、三度同じことが続けば、さすがに偶然の一言では片付けられなくなってくる。


 ――流れか? そういう流れなのか? いや、麻雀に流れなんてないよ。

 そう、琥珀は考える。

 麻雀に、流れなどというオカルトは無い。

 無い、が――麻雀の外には明確にオカルトは存在する。


 何故ならば、ここは異界だからだ。

 淀んだ空気。濁った気配。そして何より、誰かの意図を感じる牌。

 悪霊か、それに類する何かが明確に存在している。


 だとすると、それは何者だろうか――?

 琥珀は再度、自らの対局相手達に目を走らす。

 ――この中に、この異界の親が居るのか?


 上家の太った男か、対面の痩せた禿頭の老人か、或いは下家のサングラスをかけた若い男なのか。

 今の段階では、この中の誰が異界の親――つまり、悪霊であってもおかしくはないが……


「長考は構いませんが、最初からそれではねぇ……」

 そんな琥珀を見て、禿頭の老人がいやらしく笑う。

「まぁまぁ、この局で飛ぶんだから、少しぐらい長生きさせてやろうじゃねぇの」

 続けるのはサングラスの男。


 ――言わせておけば……

 だが、これで頭に血を上らせて間違った判断を下しては元も子もない。冷静に、正しい道を選ばなくてはならない。


 先局までと同じく、最速の和了を狙っていくのか。

 或いは、誰かに乗せられているのを承知の上で、高い手へと向かっていくのか。

 琥珀の霊格は高速で思考と計算を進め、そして――


 ――決めた。

「待たせて済まなかったね」

 一枚の牌を切った。

「……ん?」

 捨て牌を見て、後ろの社が疑問の声を漏らした。

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