6 仮沢穂龍のまっすぐな決意

 本当は今すぐに咲傘さかさを追いかけたかった。だが、追いかけてもどうにもならないのは分かり切っていた。


 僕はまだ、この後に及んで答えを探し続けている。


「青春だねぇ、仮沢かりさわ穂龍ほりゅう。そしてガッカリだ。まさかお前がその程度の奴だったとはな」


 気が付けば、隣の席には勇嵩先輩が座っていた。なんの気配もなく、なんの脈絡もなく。だが今は、そんなことどうでもよかった。


「まさかお前、本当に分かってないのか? いや、だとしても、こうなっちまえば考えることなんてないだろう。咲傘の態度からして、お前を好いているのは歴然じゃねぇか」


「……僕は、彼女の気持ちが分かりたいんです」


 煮え切らない僕の態度に、咲傘は我慢の限界を迎えたのだろう。こうなると本当に彼女の気持ちを、正面から受け止めるべきだと思う。そこにはもう何の疑問もない。女の子一人泣かせておいて、それが悪意によるものだなんて考えるのは最低すぎる。


 嫌われてもなんでもいい。彼女がそうしたように、僕も正直な気持ちを伝えたい。

 ただ、そのためにはしっかりと彼女のことを理解したい。


 もう二度と『どうして分かってくれないんですか!』なんて言われたくないから。


「お前は真面目だな。言葉に対して真摯でありすぎる――ま、それがいいところでもあるんだがな。そんなお前に免じて、この俺がもう一度ヒントをやろう」


 勇嵩先輩はひと呼吸置いたあと言った。


「どうして咲傘は、お前に直接好きだって言わなかったんだと思う?」


「…………」


 恥ずかしかったから、ではない。その程度のことは分かる。咲傘は、必要だったからそうしたのだ。


 なら考えるべきは、どうして咲傘が、言葉ではなく書くという手段を取ったかだ。ラブレターにしろ、黒板のメッセージにしろ、書いてあるとおりだと言われたらその通りなのだろう。

 だけど、わざわざそんな真似をしなくても、今までどおり言葉で伝えればいいのに。対義語だろうとなんだろうと――あ。


「そうか。まさか――」


 そうだ。気が付いてしまえばこんなに簡単な話はない。勇嵩先輩が言っていた通りだ。答えはもうすでに出ているのだ。


『咲傘がどうして才色兼備だと言われているか、分かるか?』


 その質問に、今なら答えられる。


 そもそも、


 ああ、どうしてこんな簡単なことに気が付かなかったのだろう? 僕自身、一番最初に言っていたじゃないか。


「坂佐井咲傘は、――」


 だからこそ彼女は、言葉ではなく文字で――伝えようとしたのか。


 ――のだから。


「やっと気づいたかトンチンカン。そんなお前だから、咲傘は言葉じゃなく手紙で気持ちを伝えることにしたんだよ。対義語という呪いが、お前を紛らわせないように。まっすぐな気持ちを伝えるために」


 勇嵩先輩の言葉を聞き切るよりも早く、僕は教室を飛び出した。僕はなんて馬鹿なんだ。どれだけ愚かなんだ。人の気持ちをコケにしているにもほどがある。


 どうして僕は、人をまっすぐに信じられなかったのだろう。

 見えていないものに惑わされて――見えてたものを信じられず。

 答えは、最初から出揃っていたのに。


「確かにお前は間違った。女の子を泣かせた。人を信じられない最低のクズだ。でもな、青春に遅すぎるってことは無いんだぜ――」


 廊下の窓からは、咲傘が足早に校門に向かっていく姿が見えた。

 教室からは遠く離れている。それでも、勇嵩先輩の声は届く。


「お前はただ、真っすぐに突っ走りゃあいいんだよ。凡才だろうとなんだろうと、そんなお前を咲傘は好きになったんだから。正々堂々、真っ向勝負で、形振り構わず、ただ自分の気持ちを真っすぐに伝えりゃいいんだよ」


 咲傘は多分、お前のそういう眩しさに憧れたんだから――と。

 勇嵩先輩の言葉に背中を押され、僕は走った。


 その後の展開については、敢えて語る必要ないだろう。


 ただ一つだけ――僕はこれから、まっすぐな自分であろうと強く決意した。


 咲傘の傍に、居続けるために。

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