幕間
――聞こえる。
雪を踏みつける音。雑木林に隠され、朝陽が昇るのを待つこの極寒の雪山で。群がって歩く男たちの足音が聞こえる。幾重にも折り重なって、規律もへったくれもない足音。とてもじゃないが訓練された軍人の動きではない。どこかしらから連れてきたチンピラに、適当な
わたしは冷静だった。足元には血を流して倒れる三人の男たち。この雪山だというのに、ダウンジャケットにレザーブーツというラフな格好だ。太ももに一刺しずつナイフを突き立ててやれば、あとはカンタンだった。いまや両腕を結束バンドに押さえつけられ、顔は泥まみれの雪に突っ込んでいる。外気温が氷点下ギリギリ割っていないから、まだ命拾いするだろう。
「あの女は廃園になったあの遊園地……『みなとワンダーランド』にいる。そうよね?」
確かめるように、わたしは倒れている一人に尋ねた。
剃り込みの入った坊主頭の彼は、必死に首を縦に振った。なんでも話すから殺さないでくれと、そう言わんばかりに。
「ありがとう。正確にはどこにいる? 彼女のセーフハウスは? わたしの見立てだと中央から右に少しずれた業務員室か、入り口左の警備室だと思うんだけど。どっち?前者なら首を縦に、後者なら横に振って」
横だった。剃り込みが泥雪を掻き出す。
「ありがとう。まあ彼女もそれぐらい対策してるだろうけど、参考ぐらいにはなるでしょ。協力感謝。あなたっていい人ね。せいぜい味方に見つけてもらって、助けてもらいなさいね。でも、わたしのことは追わないこと。じゃないと、次は――」
左肩に背負ったギターケースを担ぎ直してから、わたしは右腕を差し伸ばした。握られているのは愛銃、キンバーK6Sリボルバー拳銃。装填された.38スペシャル弾を彼の眉間にあてがった。
「次は、殺すから」
三人のチンピラを捨て置いてから、わたしは登山に励んだ。空は白み始めど、雪舞い散りつづけ。まるでチャフグレネードでも炸裂したみたい。三原高原に続く数百段という階段には、そこここに水たまりができていた。
コンバットブーツのおかげで膝までは大丈夫だけど、モッズコートの裾はすっかり泥だらけだった。わたしだってここまでの行軍は考えてなかったし。本当なら今頃、この街は出ているはずだった。ナギサくんやマヤさんを巻き込むつもりなんて毛頭なかった。わたしがあのとき欲を出さずにいたら済んでいた話だったんだ……。だけど、もう始まってしまったことは仕方ない。
獣道をしばらく歩くと、やっとお目当ての場所にたどり着いた。朱色の剥げかけた鳥居と、その奥に鎮座する小さな祠。そしてちょこなんと置かれた賽銭箱。昨日、ナギサくんと二人できた小さな神社だった。
「まったくこんな場所よく見つけたよね。ここならナギサくんとの思い出の場所も一望できるし、恋が叶う秘密の神社ってわけだよね。だけどごめんね、わたしは恋のキューピットではないんだ」
弓矢を射ることに関しては、違いないのかもしれないけど。
ギターケースを下ろすと、中からライフルを取り出した。ケルテック・RFBターゲット。バイポッドとサプレッサー、そしてライフルスコープを取り付ければ完璧だった。
この神社が置かれた丘の上からは、『みなとワンダーランド』が一望できる。しかもワンダーランドから見て、ここは東側。つまり逆光になる。たとえわたしの狙撃に気づいたとしても、日の出とともに襲撃すれば、発見はそれだけ遅くなる。こちらのスコープの反射にはそうそう気づかれないはずだ。そのあいだに次の一手を考える余力ができる。
背中にすこしだけ暖かさを覚えた。日の出が近い。襲撃までもう時間はない。
「ごめんね、マヤさん。でももう少しだけ待ってちょうだい。そうしたらすぐに二人を会わせてあげるから。だから、もう少しだけお姉さんのワガママを許して」
スコープを覗く。
無人のはずの遊園地に人影が見えた。ビンゴだ。
「待っててね、ナギサくん。いま助けに行く」
息を止め、トリガーに指をかけた。
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