第6話 農民の子、初めての冬

 生後数か月が経過し、私もようやくはいはいができるようになった。


 しかし家族は働き者だ。毎日飽きもせず畑仕事に勤しんでいる。

 当然私も母に背負われながら畑に出ている。


 相変わらず食事情は粗末なもので、私が一人増えたことによって一人当たりの食い扶持が減ったこともあるのか、夏を過ぎたころには、家族は日に日に痩せ細ってきている。夏の暑さが原因とも考えられなくもないがそれだけではない。

 まだ小さな私の食事量が減ったところで、そう大差はないだろう。元々の食料事情が劣悪すぎるのだ。


 畑での収穫も多少はしていると思うのだが、その食材が食卓に上ったところを一度も見たことがない。クズのような野菜、雑草のような野草が毎日我が家の食材だった。

 栄養的には足りていないが、何とか生きていけなくはない。私は魔法の訓練をしながら、我慢して過ごすのだった。



 そして秋の収穫を迎える時、私はこの農村のおおまかな概要を知ることとなった。


「おい貴様ら! 収穫物を横領してないだろうな?」


 おそらく、この領地を治める貴族の徴税官のような者達数名がこの村に訪れ、収穫された作物を次々と馬車に乗せてゆく。


「いいか貴様ら! ここに住めるだけでもありがたいと思え。領主様がいらっしゃるから、こうやって魔物除けの柵の中で生きていけるのだぞ! たんと働き、来年は今年よりももっと多くの作物を国の為、領主様の為に献上するんだ。分かったな!」


 徴税官の横暴ともいえる取り立てに、村人達は文句も言わずただ素直に従うだけだった。

 どうやらここで作られた作物は、全て領主の物だということらしい。

 畑で育てた作物は、農家には一つも入らず、貴族が食べないような傷物野菜や、売り物にならないようなクズみたいな作物だけが残される。それが農民の冬を越す食料になるということだ。

 季節ものの野菜も収穫してはすぐ持ってゆかれている。秋の収穫は今年最後の収穫なのに、ほとんどを取り上げられてしまうのだ。これでは家族6人冬を越せないのではないか? と、まだ一歳にもなっていない私でも考えてしまうほどだ。


 それにしても酷いものだ。こんな領地運営をしている国がまだあったとは、甚だ嘆かわしい限りである。多少の行動の自由はあるが、これでは村人はただの奴隷に過ぎない。

 ちなみにこれだけ食料難なのだから、森などで野草や山菜を採取したり。動物を狩って食料にすればいいと思うのだが、それも無理だと理解した。

 村人は許可なくこの村から出ることはできないし、村の外、森の中で採集されたものは、全て領主様の物。つまりそこで採れた動植物を持ち帰って食べようものなら、窃盗罪が適用され、犯罪者として処刑される、ということらしい。徴税官がくれぐれも盗みをしないように、と村人に釘を刺していた。


 故に、農民はこの領地に縛り付けられているということだ。

 このままではここの農村の人々は、いずれ力尽きてしまうだろう。そんな未来しか見えない。

 

 まったく、最低、最悪な地に転生したものだ。と、私はここ数ヶ月で毎日のように考えてたのだが、それに輪をかけて更に暗澹たる気持ちになった。

 



 収穫も終わり、翌年に向けて畑の準備を済ませ、村は冬に向けて準備を始めている。

 来年の作付け用の種子などは冷暗所に保存し、それ以外の食料が並べられ、それらを保存食に加工し冬を越すのだろう。とはいえ、何度見ても少なすぎる。これでは冬を越せるとは到底思えない。


 魔法の訓練もこの数ヶ月で順調に進んでいる。初歩の魔法なら十数発は発動できるまでの魔力量は獲得しているのだ。その魔法があれば、密かに弱めの動物や魔物ぐらいなら狩ることができるだろう。

 しかし、私はまだ言葉すら話せず、立って歩き回ることができないような赤子なのだ。やっとはいはいできるようになったとはいえ、母親の監視から逃れ、家からも抜け出せる状況ではない。

 さてどうしたものか、と頭を悩ませていると、父親が荷物を抱えて帰って来た。


 父親は二日ほど前から許可を得て、この村からどこかへ出掛けていたのだ。村の男衆が数名集まり、初めて見るようなにこやかな笑顔で村を出て行った。

 そして荷物を抱えて帰って来たのだ。

 その荷物は食料、衣服、等々、生活に必要なものばかりだった。これで冬を越すことができる、と家族はしきりに喜んでいた。


 ──しかしまだまだ少ない……。


 その物資の量を見て、私はそう思った。

 どう見ても家族6人が長い冬を越すには、少ない量だったからだ。


 それに疑問に思うこともある。

 いったいどこからその食料や衣服を揃えるがあったのだろうか。この家はそこまで裕福には見えないし、お金など持っているようには思えなかった。




 そして冬が訪れた。

 外は雪が降り積もり、農作業はできない。家族はほとんど家の中で過ごし、そして何かをしている。

 それは内職だった。母親は麦藁や木の蔓などを編んで帽子や靴、籠などを編み、妹はその手伝いをしている。父親と兄達は、農作業で得た木材等を利用して、色々な物を加工していた。皿やコップ、スプーンやフォークなど、手作業で作っている。


 ──なる程、これが冬の間の物資調達の資金になるのか……。


 農民が作ったものを売り、冬を越すための資金に充てているのであろう、と考えた。しかし、農民の手でそんなに大量に作れるわけもなく、それだけで買えるものなどたかが知れている。木の食器など消耗品であろうし、そんなに出来が良いわけでもない。冬がどれくらいの期間続くのかまだよくわからないが、それだけで生活費を稼げるとも思えなかった。


 ──うーん……まあ生きていければいいか……。


 そう考え、まだ手伝うこともできない私は、魔法の訓練をしながら冬を過ごすのだった。



 長い冬も静かに過ぎてゆく。そしてまた気付いたこともある。

 食事情が悪いとはいえ、私も成長している。はいはいから掴まり立ちできるようになり、行動範囲も少し広がった。多少身体強化魔法を使っているので、同じ赤子でも少しは早く自由に動くことが可能になっている。そしてその現実に気付いた。

 それは、家族が誰一人として魔法を使わないという事だった。


 前世で生活していれば、誰もが使う魔法。生活に欠かせない魔法などは誰しも身に着けていた。

 料理するのにも水魔法や火魔法などは当然使う。スープを作るにも温めるのにも基本的には魔法を使っていたのだ。

 しかしこの世界ではその魔法を使わない。水は井戸や川から汲んできており、冬になってからは雪を溶かして使ったりもしていた。火に関してもそうだ。薪で調理を行う。そして薪に火を着けるのにも魔法は一切使われていない。

 暖房用の火種を使うか、その暖房用の火種も消えてしまえば、原始的に火を熾す。そんな感じなのだ。


 ──この世界には魔法が無いのか?


 そう思いながら過ごしていたが、私が隠れて魔法を使うと、問題なく魔法が発動した。この世界に魔法はある、その証左である。それに村は魔法で結界が張っていると徴税官のような奴が言っていた。故にこの世界でも魔法はあるという事だ。

 ならばなぜこの家族は魔法を使わないのだろうか。

 これはいったいどういう事だろうと悩んでみたが、悩むだけ無駄だと悟った。今後調査する必要があるのかもしれないが、今はまだ無理なのだ。もう少し大きくなって自由に行動できるようにならなければならない。




 そうこうしていると冬も終わりを迎えようとしていた。

 日差しも暖かくなり、積もっていた雪も徐々に解け始めてくる。春の到来だ。


 ──何とか死なずに春を迎えられそうだ……。


 待ちに待った春の到来。

 ここ数日、食事が一層貧相になって来ており、もう少し冬が長引けば、家族揃って餓死するのではないか、と懸念していた所だったのだ。

 敷地内で春の野草が芽吹き始め、今日から食卓に上り始めたのである。

 助かった。一冬越せた、そう一頻り安堵した私だった。


 村では数名がこの冬を越せなかったようだった。

 死んでしまったのは年寄りで、雪解けを迎えた村では、その埋葬が行われた。7つの穴が掘られ、そこに埋葬される。

 この村は30軒ほどの家があったが、一冬で7人も死んでしまうとは、なんとも死亡率が高い。この冬が一際寒さが厳しかったかといえば、前世の経験から見ても、そう厳しい冬でもなかったと感じている。確かに食料が底を尽きそうになっていたのは厳しかったのかもしれないが、死ぬほどの寒さでもなかったと実感している。


 ──も、もしかして、口減らし、か……。


 死んでいるのが皆老人。

 栄養不足で一番体力を消耗するのが老人と子供である。私のようにまだ幼い子供であればそんなに食料を必要としないが、大人の身体で栄養不足は死活問題である。

 体力もなく食料も少ない。老人にとってみれば、他の家族を犠牲にするよりも、自分の食い扶持を減らし、家族、子供達を生かすこともするのかもしれない。

 我が家には祖父母はいない。もし祖父母が一緒に暮らしていたのならどうだっただろうか。

 春を迎えるまでに食料が尽き始めていたことを考えると……私は身の毛がよだつ思いがした。


 ──なんとも世知辛い世の中のようだ……。



 私は転生した世界の厳しさを実感するのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る