第8話(前) 私たちの噂


前回のお話し…


停電の仕掛けは、元フランケンシュタインの部員で、既に亡くなった男、ケイイチによるものだった。最後の作品を作るようプログラムされたマシンがどこにあり、何を引き起こすのかは不明だった。男女A2名はマシンが仕掛けられている第3作業棟を調べるために、設計した建築家の本を調べると、マシンが屋上にある可能性が見えてきた。



ーーー第8話(前半)ーーーーーーーーーー


学生たちは夕食を終え、第3作業棟の螺旋通路を登っていた。それぞれアトリエに戻り、再び作品と向かい始めるのだった。


男女A2名はマナミを広間に呼び、説明をしていた。


「つまり、この建物は既にあった設計図を逆さまにして建ててある。天井はこの1階フロアの広間としてデザインされているから、当時地下に続く予定だった階段もそのまま残されている」


「だからこの建物で“地下”といえば、屋上の事ともいえる。この地下にマシンが見つからなければ、私たちは屋上に行ってみるべきかも」


マナミは天井を見上げた。反射板のついたモニュメントが、つららのように垂れ下がる。窓はその合間に設けられていた。


「調べてくれてありがとう。屋上に行ってみるわ」


マナミがそういうと、男女A2名はうなずいた。

そして男子Aが上着のファスナーをしめながら言った。


「ただし、部外者の屋上への立ち入りには職員の許可がいる。相手がマシンというきともあるから、機材管理部のカツヤさんを連れていきましょう」



ということで、少し腰の曲がったカツヤさんを連れて、屋上に続く螺旋通路を登って行った。

「君たち若いからいいけど、もう少しゆっくり行こうや。俺、腰痛いんだ」


彼の文句を聞いていると、あっという間に屋上への入り口に到着した。


女子Aは首をかしげて入り口を見た。

「そうか、気づかなかった! この階段、逆さまだ!」


皆が同じように首をかしげて見た。

階段は、一階フロアと同じデザインの踏み場が連なっていたが、滑り止めのために作られたザラザラ面が、踏まれない側面(段々の正面)にあったのだ。


「行ってみよう」と女子Aが行こうとすると、男子Aが止めた。


「ちょっと待った」

そしてマナミの方を見た。


「マナミさん、行く前に聞きたいんですが、ケイイチさんとはどんな関係だったんですか?」


「え?」


「サークルは仲が悪かったのに、ケイイチさんのお見舞いに行ったんでしょう?」


「…仲が悪かったのは事実」


「ケイイチさんとは恋仲では?」


「それは、今聞くこと?」


マナミがそういうと、男子Aは静かに答えた。

「感情に任せた作品は時に危険です。既にここにいる学生を巻き込んでまで、ケイイチさんはあなたに作品を見せようとしている可能性があるわけでしょう?」


マナミは深呼吸した。

「彼とは喧嘩ばかりだったのに、卒業した後は同棲してた。二人では何も作れないのにね。変だけど、離れられなかった。言葉じゃ言い表せない関係なの。…あなた達もそうじゃない?」


男女A2名は互いを見た。


そこにカツヤさんが割り込んで尋ねた。

「ちょっと、どういうことだい? 屋上に忘れ物があるんだろう? 作品なのかい?」


「どっちでもありうるんです。行ってみなきゃ分からない」



一同は屋上に出た。

吹雪で扉の下には雪がたまっていた。しかし、吹雪の中で電流が流れるような機械音が聞こえてきた。


天井窓は屋上の中でも中央の高台にあった。

マナミが登っていくと、カツヤさんが声を上げて呼び止めた。

「そこは立ち入り禁止だよ! 俺ですら入ったことがないんだから」


しかしマナミは先を歩き、天井窓の脇まで来てしまった。

「マナミさん。危ないよ!」


マナミは、震えた。

天井窓の合間に鉄を張りめくらせて佇む、巨大な装置を目の当たりにしたのだ。


テスラコイルのような形で、複雑にチューブが絡んだ土台から、キリンの首のような柱が立ち、上部に網目のある鉄球が付いていた。その中でプロペラが回転し、表面を電気が走り、青白い光を放っていた。土台のチューブの合間からは、古いPCのディスプレイが光っていた。


来ようと思わなければ来ないし、来ても建物のモニュメントだと思われてスルーされるだろう。今まで誰も気に留めなかったに違いない。しかし今夜、このマシンは動き始めた。周囲の雪は電気の放熱で溶かされ、一同を招き入れるかのように天井窓の上を橋がかけられていた。


「これは…」


マナミの後ろに来た男女A達は息をのんだ。モーターが動くような音が、吹雪の音をかき消していた。


「近づいてみましょう!」

マナミを先頭に、一同は橋を渡り、チューブの中を覗いた。

中には細いアルミチューブやコードで固定されたディスプレイがあった。


それは90年代のPC画面だった。折りたたみ式の小さなキーボードが、ディスプレイの脇に掛けられていた。


「これで操作できるかも…」


マナミがキーボードを展開させると、ディスプレイが反応した。


【 welcome back 】

の文字とともに、勝手にオリジナルシステムのページ画面が開いた。


皆が顔を寄せ合って見つめた。


青白い画面には、英文が出てきた。

【 How are you? Manami 】

女子Aが顔をしかめた。

「どうして英語なの!?」

「…これは国内のソフトじゃないだ。ケイイチさんはマナミさん充てに人工無能のソフトを作ったんだ! マナミさん、なにか返事を入力してみて!」


マナミは不安げにキーボードをたたいた。

【 Very lonely 】


エンターキーを押すと、速攻で返事が返ってきた。

【 Why? 】


マナミは熱い涙をこぼし始めた。

「…マナミさん?」

女子Aがマナミの背中を触った。

「…これはプログラムなんだわ」

「どういうことですか?」

「私の返事も、衝動プログラムに影響を与えるのかも…」


男子Aは彼女をの顔を覗き込んで言った。

「なら、正直に返事をするべきです!」


マナミは震える指でキーを押した。

【 I miss you 】


するとプログラムからは…

【 Me too Manami. I love you 】


【 I love you too 】


ディスプレイからカチカチと音が鳴り始めると、返事が返ってきた。

【 I wish you happy memories.... 】


突然、画面上に記号が並び始めた。


「ケイイチ…」


マナミが静かにささやいた。

一瞬の間の後、マシンが唸って揺れ始めた。天井窓が割れそうなくらいガタつき、機械のある足場もきしみ始めた。


「だめだ! 止めないとガラスが割れるだけじゃない! この足場も崩れるぞ!」


カツヤさんは常備している工具を腰鞄から取り出した。

マシンは煙を吐き始め、バチバチと電気のはじける音が激しくなった。


すると、マシンは様々な色のインク液をありとあらゆる隙間から吹き出し始めた。


「あのディスプレイを引き抜くんだ! 下か後ろにコンピューターがあるはずだ!」


彼らはディスプレイの周りを探り、隙間にどうにか腕を入れて取り外した。


少しの間、マシンは揺れ続けた。まるで機関車のように、赤子のように騒いだ。

そして全体から湯気を吐き出し、静かになった。


あたり一面、積もった雪は散ったインクでカラフルになっていた。


「止まった」

女子Aが静かにつぶやいた。

マナミは取り外したディスプレイに手を置いた。昔の大きなPCモニターだった。


「まだ温かいわ…」



ーーー次回後半(最終話)ーーーーーーー

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