第2話 フランケンシュタインの噂


前回のお話しは…


「…様子が変だ」

「いつものことでしょう?」

八王子の美大で居残り中の男子Aと女子Aの2名は、破いてしまったキャンバス布を縫い合わせていた。日が沈む頃、突然奇妙な停電が起きる。

男子Aは、原因が『地下にあるという噂の不思議なアトリエ』ではないかと言うが…。



ーーーー第2話ーーーーーーーーー


螺旋通路で肩を並べる男女A2名は作業棟4階にいた。この三角柱型をした作業棟の1階フロアでは、守衛や教務員達が停電対策の打ち合わせをしていたが、フロアの照明も突如消えてしまった。真っ暗な中、守衛達の懐中電灯が点灯した。


今、男女A2名の作業していた4階も停電している。つまりエアコンなどは使えず、山中に建てられたこの施設の上階とあって、冬の冷気に包まれていた。


「下に行って、空いている教室を探すか」

この寒さに男子Aも完敗だった。

二人はボロボロのキャンバスを持ちながら、螺旋通路を降りて行った。


「閉まってる…」

「ここも閉まってる」

3階の教室にも油絵具を扱える所はあるが、どこも閉まっていた。他の生徒がいる部屋もあったが、油絵具の香りを身につけた二人が入れる空気ではなかった。


「喫煙所は!?」

と、女子Aが指差した先には薄暗く灯が灯った喫煙所があった。ガラス張りで囲われ、暖冷房と換気も設備。学生が少ない今、もったい無い共有スペースだった。

…喫煙者にとっては。


「俺はタバコを吸わないけど」

「私は吸う。中で作業しよう。風邪ひくよりいいでしょう?」

「確かにそうだけど…」


喫煙所は暖かかった。

二人は放置されていた不揃いな椅子に座った。

女子Aはキャンバスを縫い始めた彼を横目に、タバコを一本咥えて見せた。彼が何も言わなと、火をつけて満足げに煙を吸った。

沈黙の中、3年生のハサゴ君が一服しに入ってきた。二人を見るや否や、笑って一本咥えた。


「噂の『男女Aチーム』じゃない。お疲れさん」


「どうも」と男子A。

女子Aを見るとハサゴ君を紹介した。


「俺の同期のハサゴ君だよ」

「こんばんは」


女子Aが似つかわしくない上品な挨拶をした。

小さく手をあげて応えたハサゴ君は、煙を吐きながら早速男子Aに尋ねた。


「さっきの停電、なんだと思う」

「心当たりでもあるのか?」

「下で守衛さん達の話を盗み聞きしたんよ。どうやらまだ原因が分からんらしい」


女子Aは二人の顔を見て言った。

「地下にある不思議なアトリエは?」


男子Aは自分が尋ねたかの様にハサゴ君を見た。ハサゴ君は深く頷いて見せた。

「あー…。まさにその話を俺も考えていたんだ。お前、彼女に話したんだな?」

「うん。どう思う?」

「そうだなぁ。……君たちフランケンシュタインの噂話は知ってるか?」

「「フランケンシュタイン!?」」

男女A2名は同時に反応した。

直後、再び停電してしまった。暗闇の喫煙所に、タバコの火種だけが二つ浮いた。


男子Aは女子Aの吐いた副流煙を吸い込んでむせった。

「おい、煙を顔に吹きかけるなよ!」

「何、私?」

「ちょっと外の空気吸ってくる…」

男子Aは咳き込みながらスマホで辺りを照らし、通路へと出て行った。

「何よ。わざとじゃないのに…」


彼女がそう言うと、ハサゴ君の笑い声が聞こえた。

「仲悪いんだってな。まぁ、彼はいい奴なんだけどなぁ」

「いい人なのは知ってます」

「ほぉ。認めてるんか」

「上手くいかないだけです…」



男子Aは喫煙所の外、螺旋通路の3階から棟内を眺めていた。

それぞれの教室に、非常灯や野外ランプ、懐中電灯の灯が見えた。

1階の真っ暗なフロアには誰もいなかった。見下ろしていると、どこからか金属的な音が響いてきた。

束の間、誰かが懐中電灯で足元を照らしながら歩いてきたのが見えた。その灯は、赤かった…。

その人物は中央に来ると立ち止まった。そして、ゆっくり施設内を見廻し始めた。

男子Aは眼を細めてその人物を見つめた。


白い服。長い髪。女性だろうか? 

辺りを見回しつづけ、どこか焦っているようにも見える。


突然、彼のスマホの通知音が静かな棟内に響き渡った。するとフロアの人物は、赤いライトを振って地下へと走り去って行った。



喫煙所内でも、話をしていた女子Aとハサゴ君に通知が届いた。

ハサゴ君はスマホ画面で顔を照らしながら通知文を読んだ。

「大学運営部からだ。どれ…。『ただ今構内で停電が発生しており、暖房が使用できない状況です。本日、最寄り駅までの通学用バスは夕方6時半で運行終了ですが、八王子、奥多摩で積雪が確認されたため!? バスの運営時刻が変更されます』!? ヤバイ。バスはあと3本じゃん! 俺、帰るね!」

「え、マジですか!? 積雪って…」

女子Aがスマホのライトで喫煙所内を照らすと、ハサゴ君は火をつけたタバコを処分し、手を振った。

「んじゃ、仲良くね。あとフランケンシュタインの話は、あくまで噂だから」


二人は喫煙所から出てきた。

ハサゴ君は、フロアを見下ろしている男子Aに軽く挨拶して螺旋通路を降りて行った。


「ねぇ、まだ怒ってるの?」

女子Aはキャンバスを抱きながら男子Aと肩を並べた。

彼はさりげなく振り向き、キャンバスに着いたタバコの焼け跡に気づくと、黙って指した。

「また白紙のキャンバスに『意味』と『理由』を描き足した!」

彼女は焼け跡を見て顔をしかめた。

「…何も描かないよりマシでしょう?」

「冗談抜きで、火事と火傷は絶対にダメだからな。タバコは気をつけて吸わないと」

「吸わないくせに」

「吸ったことはあるよ。やめたんだ」

「火傷したの?」

「性に合わなかっただけだよ…」


「……そうだ、火傷で思い出した。さっきハサゴ先輩がここに来る前に、死んだネズミを見たそうよ」

「地下で感電したんだろう」

「どうしてわかったの!?」

「この時期、ここら辺の動物は暖かい所を探して、なぜか地下に潜り込む。停電は電気系統を噛み切ったネズミのせいかも、ってちょっと思ってた」


「実はそうじゃないかもしれない。フランケンシュタインの噂話、どこまで知ってる?」


「俺は知らなかった」


「数年前に存在した『フランケンシュタイン』ってサークルがあったそうよ」

「フランケンシュタインのサークル!?」


「今は存在しないサークル。彼らは電気機器に絵を描かせる活動をしていたらしいの。でもネズミの大量発生でアトリエは封鎖。機械はそのままで、起動には相当電力を使う大きさだったそうよ。今回の停電はもしかしたらその機械せいかも、って話」


「要は、誰かがこの棟でそのマシンを起動しようとしているかも…って事だろう?」


彼がそう言うと、女子Aは小声で返した。

「だとしたら今夜は慌ただしくなるかもよ」

「俺たちは朝から慌ただしいだろう…」

「そうだった。まだ帰れないか」

と、男子Aの横顔を見た。


「何か見えるの?」

「さっきまで見えた」

「…変なこと言わないでよ。お化けとか信じてないからね」

「お化けじゃない。女性だった。見たことのない人だ。生徒じゃないのかも」

「1000人の学生の顔を覚えられるの?」

「最低でも毎日この時間まで残っている奴らの顔は覚えてる。でもさっきの女性は初めて見る。大学運営部からの通知も受け取っていなさそうだった。俺がいると気づいたら、一目散に地下へ駆けて行ったんだ…」

「…つまり、部外者かもってこと?」

男子Aが、彼女を横目に見た。


「…不思議なアトリエを知っている人かも」




ーーー次回(予定)ーーーーーーー

停電続きで大学での作業は厳しく、友人宅に移動する事にした二人。最後の通学バスに乗ろうとするが、警報機が停止したせいで野犬の群れがやってきてしまう。危険と判断した彼らは、圏外となった大学で一夜を明かすことになるが…

次回、闇に包まれた美大でのサバイバルが始まる!

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