そして二年が過ぎ

 これから就職活動が始まるという大学三年の秋の連休に、諒太と二人で北海道旅行をした。その目的は、観光半分、私の家族に会うこと半分といった感じだった。

 はっきりと結婚を決めているわけでもない相手を家族に引き合わせるのはどうかと思ったが、交際を始めてすぐに彼のことを伝えたところ、両親の反応はすこぶるよかったし、何より、彼が私の家族に会うことを積極的に望んだのだ。彼の口から「俺は結婚まで考えているよ」などといった先走った台詞まで飛び出したことは、恥ずかしいから内緒だ。

 沙希は学業が停滞していることを気にしてか、私たちの来訪に合わせて帰省するということをしなかったので、まず札幌で沙希に会い、その後南下して私の実家に立ち寄る経路を取った。


 沙希とは、今の彼氏が働いているという洋食屋で会った。この店で、沙希もバイトしているのだという。

 沙希は終始浮かれており、途中で厨房から抜けてきた沙希の彼氏という男にも引き合わされた。沙希の「彼氏」といえば、どこからどう見ても身体目当ての付き合いだったとしか思えない大学の先輩だという男と、なし崩しに同棲生活が始まったフリーターの男しか知らないが、二人目の男と別れたという話は聞いていないから、今こうして会っているのは、そのフリーターの男なのだろう。

 オダギリと名乗ったその男の、飲食店勤務とは思えないような長髪と髭にも、だらだらとした話し方も好きになれなかったが、もちろんそんなことは口に出さなかった。態度には――少し、出てしまっていたかもしれない。

 一方沙希は、諒太をすっかり気に入ったようだ。

 「お姉ちゃんの彼氏だから、お義兄ちゃんですよね。お義兄ちゃん、よろしくお願いします」

 最高の笑顔と明るく弾んだ声でそんなことを言ったかと思うと、初対面でそれはちょっと馴れ馴れしいのではないかと思うほど、諒太に対して親しげに振舞った。お姉ちゃんって全然冴えないでしょ、どこがよくてお付き合いを始めたんですかぁ、などという上からの発言もあったが、それでも沙希としては抑えめの態度といえた。

 二人きりになった後、「いや、キョーレツなのを想像してたけど思ってたほどではなかった。それに、やっぱり双子だけあってよく似てたね」と沙希の印象について端的に語った彼に、アレは猫をかぶっているだけだから騙されないように、と釘を刺したことは言うまでもない。

 両親との会食の席では、父が尋問する刑事か何かのように諒太を質問攻めにしたりと、ちょっと重たい空気が流れたりもしたたが、幸い父のお眼鏡に叶ったようで、別れ際には

 「今後とも、亜希のことをよろしくお願いします」

 「こちらこそ、よろしくお願い致します」

という、気が早いにもほどがある挨拶が父と諒太の間で交わされた。


 正月には逆に私が諒太の実家を訪ねた。彼は「みんな、細かいことはあんまり気にしない人たち」と言ったし、ご両親も、私から見ると五歳上になる彼のお姉さんも、お祖父さんお祖母さんもにこやかで親しみやすい雰囲気だったが、諒太の彼女といて、ひいては将来の嫁候補としてふさわしいかどうかがジャッジされると思うと寛いで過ごせるはずもなく、私は緊張し通しだった。諒太が私の両親を目の前にした時だってさぞ緊張したのだろうと考えればおいあこといえたし、私の父と違って、諒太の家の人たちは私について根掘り葉掘り尋ねてきたりはしなかったのだから、まぁマシだと自分に言い聞かせながら頑張った。

 結果としては、私の存在は諒太の家族に受け入れてもらえたのではないかと思うが、正直なところ、自信はない。



 ともあれ、親公認の仲となるための手続きを終えたわけだが、だからといって恋愛だけに没頭していればよいというものでもない。文系と理系、学部生と院生という違いはあれど、やらなければならないことがあることには変わりない――すなわち、就職活動と卒業準備である。

 諒太は研究室推薦で早々に就職を決めたが、私はそうも行かなかった。たくさんの企業にエントリーし、運よく面接まで進めばお約束のように飛んでくる「教育学を専攻しているなら、教職に就くことは考えなかったのですか」といった質問になんとか答え、それでもなかなか二次面接より先に進めず――私は後に就職氷河期世代といわれる年代のど真ん中であり、私も他の子たちもみんな、就職活動には今では考えられないほどの労力を注がざるを得なかった――公務員試験を受け、東京都職員として社会に出ることが決まったのは、四年生の夏のことだった。

 並行して進めた卒論は結局、「きょうだいの生まれ順と性格の関係」について、先行研究をまとめた上に独自調査の結果をほんの少し足して考察らしきものを足すというおざなりなものになった。自分に近すぎるものについて突き詰めて考えることの辛さに気付き、「一卵性双生児」について云々するのをやめた結果がこれ、といった感じである。諒太の修論については、どういうものなのか聞いてみたが内容に関してはさっぱり想像が付かず、とにかく難しいことをしなくてはならないようだということだけはわかった。


 就職と卒業に向けてキリキリしていた時期は、喧嘩の回数が増えた。諒太はたとえどんなに忙しくてきつくても温和な態度を崩さなかったが、私の方がダメだった。諒太への甘えの裏返しでもあったのかもしれないが、後々思い返して引くほどの勢いで彼に突っ掛かり、八つ当たりし、喧嘩を売った。いつか新沼にした以上にひどく彼を罵ったことも一度や二度ではない。本当に、自分に罵倒関連の語彙がこんなにもあったのか、と呆れるほどの勢いだった。

 それでも諒太は、私に嫌気が差す様子もなく、全部、受け止めてくれた。諒太が相手でなかったならば、大学卒業を待たずして関係が終わっていただろう。それほどまでに私は度を越していたし、生活に余裕が出てきてからも諒太に対して強く出がちなところは変わらなかった――まるで、沙希が私に対してだけ、強く出るように。

 


 その、沙希についてだが、私が四年に進級した春に復学し、一年間頑張った結果、なんとか三年に進級する目処も立った。しかし「彼氏」との間ではトラブルが起こった。「頼んでも避妊してくれない」男だとは聞いていたが、案の定というか妊娠してしまい、学生の身ではどうすることもできず中絶したという。

 沙希は辛かったと言って泣いていたが、ちょうど卒論の提出締切直前のことだったので、満足に話を聞いてあげるだけの余裕はなかった。妊娠がわかってから中絶するまでの間の「彼氏」の態度もあまり誠実とはいえないものだったらしく、これを機に別れるのかと思っていたが、一度大喧嘩したらちゃんと謝ってくれたから――とかで、沙希は自分の心身を傷付けた相手と付き合い続けることを選んだ。また妊娠したらどうするつもりなのだろうかと思ったが、デリケートな話題であることを考え、思うにとどめておいた。


 沙希はまだまだ苦労しそうだな――

 

 あくまで他人事として切り離して考えながら、私は社会人としてのスタートを切った。


 


 



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