沙希は成績で私に負けたくない

 翌年の運動会のクラス対抗リレーでは「姉妹対決」をする羽目にならずに済んだし、沙希がいる一組の方が着順がよかったので、沙希が機嫌を損ねることもなかった。それ以外にも大きなトラブルなく私たちは小学校を卒業し、ふたり揃って同じ公立中学校に進学した。

 中学生になると教科ごとに担当の先生が替わったり、合唱祭や文化祭といった行事が増えたり、希望者は部活をするようになったり、定期テストというものによって学年順位がはっきりと付けられたり――いろいろと、小学生の頃にはなかったことが出てきた。

 特に定期テストは、教科ごとの成績、五教科合計の成績が点数で比べられ、学年の中で何番目になるかがはっきりわかってしまうものだからか、沙希は毎回、学年の中でどの位置に付けているかということ以上に、私と比べて自分のできがどうだったかということに拘り、結果をひどく気にした。

 

 定期テストで私の方が沙希よりいい点を取ってしまったことは、三年間で二回だけあった。中二の二学期の期末と、もう一度はいつだったか忘れたが、一度は国語、もう一度は英語で沙希より四点か五点くらい、点数がよかった。それははたから見れば一問間違えたかどうかくらいの、本当に微々たる差といえたし、二回とも五教科の合計点は沙希の方がよかった。

 それでも、「負けないはずの私がお姉ちゃんに負けた」という事実は沙希にとって受け入れ難かったのだろう。二回とも、沙希は三日ほど、めそめそ泣いたかと思うと私を睨みつけ、ともすれば「お姉ちゃんのクラスだけ先生からヒントもらったんでしょっ」などと言い掛かりを付けたり、校内ですれ違っても露骨に顔を背けたりして、「私は怒っている」と態度で示してきた。

 正五の運動会の時のほどではないにせよ、それは随分子供じみた振る舞いだった。ひとしきり不機嫌を発散させ、気が済むと「ごめんね、負けたと思ったら悔しくて。頭に血が上っちゃった」などと謝って終わりにしようとしてくるのも、それこそ小五の運動会の時そのままだった。

 私は二回とも、沙希の不機嫌とその後の軽い謝罪を受け入れた。だって沙希は負けず嫌いで、とりわけ私に負けるのが嫌なんだから。悔しいんだから。だから、仕方ないんだから――。

 そう思って私は沙希の怒りを受け入れ、謝って終わりにしてこようとしたら曖昧に笑って許して、終わりにしてあげた。言葉にできないもやもやした思いで心がざわざわしても、私はそれを押し殺した。早く終わりにして、沙希に機嫌よくなってもらう方が楽だと思ったから。


 沙希が私との間で勝ち負けにこだわる事柄といえばほとんど定期テストの成績に限られていたが、私にはあの小五の春の運動会の、気まずい学年対抗リレーの記憶が残っていたから、体育祭や球技大会では事前に何気ない会話の中で沙希が参加する種目を把握しておき、同じ種目で「姉妹対決」をすることになるのを避けた。もう、あんな身の置きどころのない思いをするのはこりごりだったからだ。クラスごとに順位が付く行事としては他に合唱祭があったが、これは沙希も私も一クラス数十人の中のひとりだからか、仮に私のクラスの順位の方がよかったとしても、少なくとも泣かれたり怒られたりといったことはなかった。


 私が沙希にうっかり勝ってしまわない限りは、沙希は時に辛辣な言葉を吐きながらも強気で私を引っ張り、私が沙希のそうした態度を甘んじて受け入れることで、波風立てることなく過ごすことができた。傍からはそっくりな顔をした仲良し双子姉妹――というふうに、見えていたのではないかと思う。



 ほんの少しの学力差のおかげで私は学区内二位の公立高校、沙希は学区内トップの公立高校に進路が分かれることになった。ここまで同じ学校に通ってきた「仲良し」姉妹の私たちが別々の学校に通う時が来たのだった。実は私も、頑張ればトップ校を狙えなくはない微妙なラインにいたが、公立高校に落ちた場合は数段レベルの劣る滑り止めの私立に進学するしかない土地柄なので、三者面談などの場でもよく相談した結果、無理な冒険はしないことにした。頑張りたい気持ちが全くなかったといえば嘘になるが、それよりは、そろそろ沙希と離れたいな――という気持ちが強かったことも、否定はできない。


 こうして私は初めて、沙希と違う学校で過ごすことになった。

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