第19話 薬屋の弟子、師匠に頼る。


 リーリスさんが、突然叫び声を上げた僕に、気の毒なものを見る眼を向けていた。


「何か、突然リポキロの原料の話をしていたら、ブツブツ呟きながら考え込んで……

唐突に叫ぶから、驚いたっスよ。」


「あ……ご、ゴメンナサイ……」


「何か、ペニシリンが、ペニシリンが、って言ってたっスけど、

ペニシリンって誰っスか?」


 お、おぅ……あの作り方、声に出てたんだ。


 思わず顔に熱が集まってしまった。

 僕は動揺を隠す様にメガネの位置を調整する。


「いえ、あの、ペニシリンって言うのは……僕の知っているお薬なんデス。」


 そこで、僕はリーリスさんにペニシリンと言う薬の存在、そして、梅毒と腐肉腫病の事を説明した。


「つまり、俺の、このちっこい、ポツン、とした『しこり』が『梅毒』や

『腐肉腫病』の一番最初の症状って事っスよね。」


 こくり。

 僕は、小さく頷く。


「だからレイニーは、俺に『リポキロ』を飲んで欲しいけど、

それはお高くて手が出ないから、代わりの薬である『ペニシリン』ってヤツを

作りたいんスよね?」


「そうなんデス!」


 僕は、力強く頷いた。


「でも、その『ペニシリン』って言う薬を作る方法を実践するのが難しすぎる、って事っスよね?」


「……そうなんデス……」


 しおしお……


 うぅ、悔しいっ!! 

 作り方までは分かってるのに……


 でも、オートクレーブとかフリーズドライの「機械」の方の作り方までは……

 流石に知らない。


 いや、そんな事を言ったら、ガラスのシャーレだって手に入るかどうか……

 この辺りの建物、窓部分は大きな透明ウロコみたいな物をはめ込んでいるんだよ?

 ガラスでは無いんだよ?


 リーリスさんは、自分自身が『腐肉腫病』になるかもしれない、と言われた訳だが、あの末期症状と、指先に小さく出来た腫瘍がどうしても結びつかないらしい。


 うーん、と唸りながら、少し首を傾げたり、目を閉じたり、ミルクティー色の長い髪をわしわし弄ったりして考え込んでいる。


「確認したいんスけど、良いっスか?」


「え? ハイ。」


「レイニーは、何でこんなのが『腐肉腫病』の初期症状、って思うんスか?」


リーリスさんは右手中指にポツン、と出来た「しこり」を僕の目の前に突き出す。


「あの、僕の【祝福】が【鑑定】なんデス。それで、そんな傷は珍しいから……

何だろう? と思って咄嗟に【鑑定】しちゃったんデス……」


 僕の説明を聞いて、それまでは、子供の戯言に付き合ってあげている大人の顔をしていたリーリスさんの顔色がどんどん悪くなる。


「そうしたら、状態の所に『ステイタス異常:梅毒・第1期』って出てて……」


 あ、あれ?

 もしかして、他人を勝手に【鑑定】するのってマナー違反だったりするのかな?

 この世界の個人情報保護法に抵触してた?


「あ、あの……勝手に、【鑑定】しちゃって……ゴメンナサイ……」


「いや、それは……悪くはないんスけど……

え? 本当に? コレが、あの『腐肉腫病』になるんスか……?」


 どうやら、この世界、【祝福】の力はかなり強力なもの、と言う概念らしい。

 つまり、【鑑定】持ちの僕が、「鑑定の結果、あなたは○○と言う病気です」と言えば、客観的にその病気を証明する必要が無いくらい信用されるのだとか。


 ただし、それは「僕が本当に【鑑定】と言う祝福を持っている、と客観的に証明できた場合」に限るのだ。


 では、それをどうやって証明するかと言うと、【嘘発見】と言う【祝福】を持っている人に自分の【祝福】を申請する、と言うやり方を取っているそうだ。


 その理由が、大きく分けて二つ。

 【嘘発見】は、貴族だけでなく、一般人にも持っている人が多い点。

 【嘘発見】は、自分が持っている事を客観的に証明しやすい点。


 例えば、大勢の居る前でランダムに選ばれた複数人が【嘘発見】を持っていると主張する人に対し「本当の事」と「嘘」を織り交ぜて申請する。

それに対して全て「嘘」を見抜ければ本当に【嘘発見】を持っていると証明できる。


 また、【嘘発見】を持っていると認められている人が、大勢の中に混ざっていれば詐欺も防げるそうだ。


 そのため、この能力の持ち主は、かなり信用度が高いとされ、小さな村や町では顔役を担ったりもするらしい。


「ちょうど、姐さんの【祝福】が【嘘発見】なんスよ。

ちょっと、証明してもらって良いっスか?」


 そう言えば、エリシエリさんを【鑑定】した時、【嘘発見】って有ったな。


「あ、ハイ。構わないデス。」


「姐さ~ん!」


 リーリスさんは、薬屋のスペースで薬を練っていたエリシエリさんに声をかけた。


「【祝福】の証明? ああ、別に構わないよ。ほら、チビ助、言って御覧。

アタシに『嘘は通用しない』よ。」


 エリシエリさんの深い蒼色の瞳に、さらに力強いものが混ざる。

 そう言えば、前にも「嘘は通用しない」って宣言されたけど、それって、発動の合図だったりするのかな?


「僕の【祝福】は【鑑定】デス。」


「……ッ。」


リーリスさんの唾をのむ音が聞こえた気がした。


「……ああ、嘘は言っていないようだね。」


「マジっスか……」


「しかし、【鑑定】ねぇ……この辺りじゃあんまり聞かない【祝福】だね。

確か、中央の方には居たと思うけど……?」


 エリシエリさんが何かを考えるように、瞳を閉じて眉根を寄せた。


「目にした物の概要が分かるんデス。」


 それを聞いて、エリシエリさんは「あぁ。」と納得したような声を上げた。


「どおりで、ガキの癖に、妙に薬草や病名に詳しい訳だ。

さらに本まで読んでるとなると、大人顔負けなのも頷ける話さ。」


「じゃ……ほ、本当に、コレが『腐肉腫病』の初期症状なんスね……。」


 リーリスさんが青白い顔で右手中指のしこりを見つめる。

 その言葉に、エリシエリさんもリーリスさんの右手指先の腫瘍を食い入るように睨みつけた。


「で、でも、そこまで悪化するまでにはかなりの時間がかかりマスから、

平気デスよ! 絶対、治しマス!」


 僕は、励ます様にリーリスさんにそう声をかける。


「この小さい傷から、あの『腐肉腫病』にまで進行するのに、

どのくらい時間がかかるもんなんだい?」


「多少の個人差は、有ると思いマスけど、10年くらいデス。

ただし、もうすでに感染させる力は有るので、他人と粘膜が触れ合うような行動は

避けてくだサイ。」


 その時間を聞いて、二人とも顔を見合わせる。

 発病までに10年ある、と聞いて、あからさまにホッとするリーリスさんに対し、エリシエリさんは笑いながら発破をかけた。


「ふふっ……なーに、ちょうどいいじゃないか。

この機会にポンコツエルフのアンタは、ちったぁ『貯蓄』って事を覚えな。

命の値段だと思えば、小金貨3枚はそれほど高くないだろ?」


「ううう……それは、そうっスけど……」


 一気に薄れた深刻な空気に、リーリスさんはカウンターに突っ伏した。

 まぁ……発病までに10年もある、と言われると、かなり気が楽になるのだろう。


「でも、一体……何にそんなにお金を使っているんデスか?」


「お酒っス!!!」「酒だよ。」


 リーリスさんとエリシエリさんの声がハモる。


「毎朝・昼・晩と、アホみたいに晩酌してるだろ? このポンコツは。」


「えっ?」


 そー言われると……

 リーリスさん、飲み物は「いつもの」と言って、1食につき5~6杯はジョッキサイズのコップでお茶を飲んでるな、とは思ってたけど……

 もしかして、あれ、お酒なの!?


 いや、ニオイ的にハーブティーか何かだと思ってたよ!? 

 ミントみたいな葉っぱも浮いてたし!

 それに、全然酔っ払った風に見えないし! 二日酔いも全く無いし! 

 飲んだ直後に抱っこされても酒臭い事も無かったし!


「俺、お酒には強いんス!」


 いや、そんなドヤ顔されましても……


「……せめて、朝と昼の酒代は貯蓄に回すんだね。」


「ふええぇぇぇえええっ!?」


 天地がひっくり返っても成人男性が出すような声じゃない情けない音を口から漏らすリーリスさん。

 ピンと立って居るはずのお耳が、しおしおぺしょんと垂れる。

 心なしか、ミルクティー色の髪もくすんだように見えた。


 ……涙はともかく、鼻水は拭こうぜ。

 おかしいな、エルフって、もっとこうクールで以下略。


 エリシエリさんが笑いながら薬作りに戻って行く。


「ねぇ、レイニー。

その『ペニシリン』なんスけど、『リポキロ』に似た薬なんスよね?」


「ええ、まぁ……」


 僕は、小さく頷く。

 ただ、原材料や作り方に問題が無くても、その精製は一筋縄ではいかない事は分かっている。


「だったら、『リポキロ』の作り方と同じようなやり方で作れないっスか?」


 ……。

 ………そっか。


 ぽてり。


 眼から、ウロコの落ちた音が聞こえた気がした。


 そうだよ!!

 この世界に『抗生物質』があるって事は、現代日本の量産体制レベルではないけど、この世界に存在している器具でペニシリンの単離が可能って事じゃないか!!

 ああもう、何で気づかなかったんだろう!!


 がしぃッ!!!


 僕は、リーリスさんの手を握り締めて、彼の金色に輝く瞳をひたりと見つめ、力強く頷いた。

 その想いは、リーリスさんにも伝わったらしい。


「姐さん!」「エリシエリさん!」


「「『リポキロ』の作り方をおしえて」」くだサイッ!!」欲しいっス!!」


 がばぁッ!!


 二人同時に首を垂れる。


「はぁ!? 何だい、突然!?」


 呼び止められたエリシエリさんが蒼銀色の髪を揺らして振り返った。

 その顔には、凛とした彼女には珍しい困惑の表情が浮かんでいた。


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