乙ゲーの農民系女子は楽な人生が欲しい

くまぃっさ

記憶取り戻したので村を出ます

_____いやこんな生活無理ですって。


そうだ、街に出よう。




 啓示、なんてものがこの世にはあるらしい。

主の言葉をこの世に届け給うたお方は皆、なにもないところからふっと知識やら言葉やらいったものが頭の中にふってきて、なんでもない一般人だったそのお方は預言者と呼ばれるものになる。

そんな話を司祭様が飽きるくらいにしてくれていたのだが、そんなありがたいものは目下、麦を収穫している農民の私などに下ったりするようなものなのだろうか。


司祭様が話す逸話の預言者たちや啓示を受ける者たちはたいていなんでもない農民や鍛冶屋や粉挽きやらだ。

もしこれがそういった啓示なら、例にのっとり、私もありがたやと祈りの文句をささげたい。


だが、なぜだか私の中に降りてきた風景はこの村なんかとは比べ物にならないような暮らしの様子だった。

知らない景色を映す板だとか、ふかふかの革張りの椅子とか、しっかりとした壁の部屋とガラスの窓、そして今着ている麻とは似ても似つかぬ上等な服を着た自分自身…などなどだ。

頭が痛い。

じわじわとその情報が形を得て、私に知識として認識されていくのを感じる。頭の中に焼印を押されるのはこんな感じなのかもしれない。


「マデリン!手が止まってるよ!マデリン?マディ!しっかりおし!」



母さんの声が聞こえる。駆け寄ってきてくれたらしい。ぼやけ、現実から離れていた視界がじわじわと麦畑に戻ってくる。母親の声に勝る気付けはこの世にはないだろうな。


「…母さんが呼び戻してくれたおかげで平気になったよ。ありがとう」


「頭がかい?大方おてんとさんでも見過ぎちまったんだ。まったく」



ため息をつきつつ麦刈りに戻る母さんの背中を見送りながら再確認する。


私はマデリン、十四歳、同じ農夫の母さんと父さんの娘だ。

頭の中にはいってきた、どこか違う世界の幸せな娘なんかじゃない。はず、なんだけれど。



 麦束を村の共用の干場に持っていけば、帰って庭の麻と亜麻から虫を取って外でやる仕事はおしまいだ。家の中で母さんが麻を糸車で紡ぐのを、麻を整えながら手伝うだけ。

父さんは火のある場所でよりあって、話し好きのマルタンの物語でも聞いているところだろう。


私達の日常はこれの繰り返しだ。腹が鳴る音をごまかすために話し続けて、寝るときは寒いからベッドの上でぴったりくっついて。


それが当たり前…だったのに、あの啓示のようなものを受けてからどうしてもこの生活が続いていくことが我慢のならないことに思えてきた。


家は暖かくなくて、ベッドも3人共用で。

知らないことをすぐに調べたりはできないし、食べ物は野菜のごった煮をテーブルにぶちまけたものだ。もちろん食器なんて大層なものはない。


せっかくとった麦もほとんどが税として領主様のもとへ行く。贅沢を言うなだなんて司祭様もおっしゃっていたけれど、膝にかかっている粗末な麻エプロンが痛い現状を語ってくる。あんな生活を知って、明日からどうやってこんな日々を続けろっていうんだ。


「…母さん、私はこの村の誰と結婚したらいい暮らしができるかな」


「そりゃ領主様さ。そしたらあたしらも楽ができる。でもいいとこ2つ隣のティル坊がお前さんにはお似合いだね」



 二つ隣の家に住むティルは村で一番みんなに心配されている男の子だ。私と変わらない年頃の男の子たちはみんな脱穀した麦袋を二つ担げるっていうのに、彼は一つを一生懸命丁寧に担ぐものだから、彼には任せないほうが早かったりする。


夜に酒呑みたちや話し好きたちのところで集まったりもしないから、爪弾きにされてやしないかと母さんも心配していた。

父さんによれば、勘定も読み書きもできるのに一度もそいつをごまかしたことがないってことで、貧弱なお人好しという扱いにとどまっているそうな。

自分たちを脅かさないのならむしろ哀れみを向けるっていうのは、なんともゲンキンな話だと思う。


「私に期待できるお婿さんがそれって、私はのぞみ薄って意味じゃんか。ねえ、私が男だったらもう少し母さんは楽だった?」


「そうね、麦の3粒くらいは楽になったかも。けれどそのくらいさ」


「…母さん、街に行けばもっといい稼ぎができるかな」


「街に行って仕事が手に付きゃあね。そもそも無事に街に着けばの話だが…まったく、マデリン、私達は自分の水出る地ふるさとを離れたりはしないよ。引っ越しをせがむのなら父さんに言いな。父さんも駄目だって言うだろうがね」


「母さん、それじゃあ私が一人で街に出るのはどう?」


「お前さんが一人で街に着けるもんかね。それに野垂れ死んだら働き手が減っちまう。お前の姉さんも弟も死んじまって、お前のようなちびしかいない家をこれ以上からっぽにできるもんかい」


「街でお婿さん見つけてくるよ。それに収穫したんだからしばらく人手はいらないんだし、食い扶持は減るんだよ」


「言っても聞きやしないね。まったく」



 母さんのため息と父さんの罵声を背中に受けながら、私は次の日パン一つを袋に入れて旅立った。

貨幣ひとつでも家から持ち出さないのが条件だと言った父さんは、それで私が諦めると思ったのだろう。

けれど私はどうしても農村の暮らしは耐えられない。ひもじいまま日常を繰り返して餓死していくのなら、自分で歩いてその先で狼にでも食い殺されるのがましだ。



 村のはずれまで行ったあたりで、背後に乱れた足音が聞こえた。誰が私なんぞを追ってきたのかと振り向くと、昨日勝手に母さんが話題に上げたティルが膝に手を置いてぜえぜえ息を切らしている。


「いつ帰れるかわかんない私に、お土産なんて頼んでも持ってこれないよ」


「そ、んな…おみやげ、なんて…」


「わかってる。優しいティルがそんな厚かましいこと頼むなんて思ってないよ。息を整えて。ほら」


陽のあたった麦畑よりも眩しい金髪がふわふわ揺れて、繊細な面立ちの少年が顔を上げた。村のみんなが彼を爪弾きにしない一番の理由は、やっぱりこの顔立ちなんじゃないかと思うくらい、ティルはきれいだ。

ティルと一緒に住んでいるおっかない男がティルを寄り合いに出さないのも、酔っぱらいに手を出させないためなのかも。


「マデリンが行っちゃうって聞いて…ちゃんと、お別れ言いたくて…」


「律儀だね。そのためにこんなに体力使って」


「きみは元々よそ者だった僕と最初に遊んでくれた、村での最初の友達なんだ。僕にとって、君とお別れするのはそれくらい大事なことなんだよ」


彼の碧の目は潤んで今にも溶けそうだった。私は自分が楽をしたいから出ていくのに、そんな顔をされたらとたんにこの別れが重々しくなるじゃないか。


「そう言ってくれる人がひとりでもいて嬉しいよ。また会えたらいいね」


別れを惜しむさまを見せてしまったら、この美少年はきっと責任を感じて私の背中を押そうとする。そんなことをされたら泣いてしまうので、無理矢理にでも背を向けてさっさと歩きだした。彼の友達だって私一人だけじゃないだろうにって自分に言い聞かせて。私が別れをなるたけ軽く感じられるように。


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