第15話『ノイジー・ベイベー』

 グラファイトとともにメリーのことを探し回っていたけれど、成果がないまま日が暮れてしまい、私たちは暗い顔で帰ってきた。

 もしかしたら誘拐されてしまったんじゃないか、誰か悪意のある相手に監禁されているのではないかと嫌な想像ばかりしてしまい、気が重くなる。


 そんな中、アネクメネがメリーを背負い、連れ帰ってきてくれたみたいだった。

 メリーがソファに寝かされた。服や包帯は血に汚れ、頬には涙の跡がある。


「メリー、私たち、心配してた。勝手に飛び出していくの……メリー?」


 それは、私たちが最も望まない形での再会だった。


 グラファイトが話しかけても反応がないどころか、すでに呼吸が止まっている。体温もない。

 身体は硬直していて、念の為瞳孔にろうそくの光を近づけてみても、メリーの金の瞳は虚ろなまま動かなかった。


「メルトダウンが襲ってきて……守りきれなくて……ごめん、なさい」


 涙を拭う仕草をみせるアネクメネ。

 グラファイトは唖然として何も言わなかった。私もなにも言えなかった。まさか、こんな簡単に、別れが訪れてしまうなんて。


「あ、エヴァ、額の傷は大丈夫なの?」


「……なんともなかったよ。手当もしてもらったし、ちょっと切れただけだったみたい」


「そう、よかったわ。メリーのことはあたしも辛いけど……ゆっくり休んで、怪我も治しましょう」


 メルトダウンの脅威が去ったとは言いきれない以上、メリーの死に悲しんでばかりではいられない。

 私は彼女の目蓋をそっと閉じさせてやり、アネクメネとともに部屋へと戻ろうとした。


 と、その時だった。視界の端で、彼女の遺骸がぴくりと動いたような。

 慌てて振り向き、立ち止まった。そんなことあるはずもないのに、まだメリーには伝えたいことがあるのではないだろうか。


「エヴァ? どうしたの?」


「なんでもない」


 まじまじと見つめていても、そこにいるのはメリーのことを黙って見つめているグラファイトと、もう動かない少女の亡骸だけだ。

 手当してもらったはずの額の傷と、頭がきゅうに痛くなる。誰かの死を目の当たりにして、疲れてしまったのだろうか。


 少し休んで、その後でまた彼女の顔を見に来よう。

 そう思い決めて、私はアネクメネに先導されて部屋を後にする。


「グラファイト、大丈夫かしら」


 まばたきはしているのに、人形のようにメリーの傍から動かないグラファイト。

 同じ剣霊として、そして簡単に話せないような過去のある者として、彼女のことが気にかかるらしい。


 私だって心配だ。グラファイトは今までずっとメリーと一緒にいた。

 日本で過ごした記憶が混じってしまったせいでどうしても実感のない私と違って、彼女の心には大きな穴が空いてしまっているに違いない。

 どうにかして慰めたいけれど、それが時にもっと人を追い詰める。他でもないメリーは、そのせいで帰らなかった。


 それなら。ふと、こんな思考に突き当たった。

 彼女が飛び出していったのが私のせいなら、彼女が死んでしまったのも、また私のせいではないだろうか。


 考え事をしている顔を見ていたアネクメネが話しかけてくれたことで、そんなネガティブな思考は途切れた。

 躊躇いがちに口を開き、私のことを慰めてくれようとしているらしい。


「あ、あのね、エヴァ。あたし、メリーを守れなくって……だけど、あんたのことは必ず守るから。安心してほしいの」


 珍しく、素直な気持ちを教えてくれたような気がする。


 メリーは私たちの代わりに戦ってくれていたのだ。彼女がいなくなったいま、戦わなくちゃいけないのは私自身で、そのためには剣霊の力を借りなければならない。


「そうだ、お父様にも言わないと」


 あのまま腐っていくなんて、それはあまりにも可哀想だ。別れは取り戻せないぶん、弔ってやらないと。そのための準備は、子供だけじゃできない。


 私は進む先を急に変えて、先を行っていたアネクメネは急いで戻ってきた。


 ◇


 森の中の小屋で、メルトダウンはせっせと掃除をしていた。何の掃除かというと、リカーレンスが失禁した後始末である。


 森の中でぶっ倒れていたメリーメオンのことを拾い、介抱したはずが、送り出したとたん別の少女に殺されていた。

 仲良くしていた相手が死ぬとは思っていなかったのだろう。それを目撃したリカーレンスは気絶するほど泣きじゃくり、そのうえ漏らした、というわけだ。


 あの嫌になるほど臆病な性格、そして造られてまだ間もないという彼女のことだから、まあ無理もない。

 メルトダウンは彼女の身体を拭き、ベッドに寝かせ、仕方なく後始末をしてやることにした。


「あははっ、メルトダウンがお掃除してる〜!」


 背後からする甲高い笑い声。耳障りだ。無視して掃除を続ける。


「あれ? ちょっと、聴こえてますか〜?」


「……煩い。何の用だ」


「まさかメルトダウンが人間を保護するなんて、面白いなあと思って」


 振り返ると、くるくると巻いたピンク色の髪の毛が特徴的な少女がテーブルに座っていた。白いローブを着せた少年少女を何人も引き連れて、侍らせている。

 狭い小屋なのに迷惑なやつだ、とメルトダウンは吐き捨てた。


「スイートハート。あの特異剣はお前の差し金か?」


「いいでしょ、あの子。新しい恋人・・候補なの」


 またこいつのわけのわからない道楽のために、こうして自分が掃除なんてやる羽目になっていると思うと、メルトダウンは舌打ちせずにはいられなかった。


 それにメリーメオンは将来有望だった。剣霊学校とやらに通えば、まだ楽しめたかもしれない。

 復讐者メルトダウンではなく、ひとりの戦士として、騎士になった彼女を相手に戦ったならば。


 そんなものはくだらない思考だ。メルトダウンは思索を中止し、すぐに忘れて、雑巾がけを続ける。


「でも意外だったなあ。メルトダウン、人間が落ちてたらとどめを刺しそうなのに」


「……死にたい奴が相手ならそうするさ」


「あは、ってことは死にたくなさそうなら助けちゃうってこと? そんな態度だとオムニサイドに怒られちゃうぞ〜?」


 相変わらず、スイートハートの態度は目障りで耳障りだ。何人も従者がいるのなら、そのうち数人は洗い物でもやってくれないだろうか。

 それに、メルトダウンはオムニサイドに従っているわけではない。奴がどうなろうと知ったことではなかった。


「要件はそれだけか。ならさっさと帰れ」


「ひど〜い、もうちょっとお話ししてくれてもいいのに。わたしはメルトダウンにも恋人になってほしいな〜」


 無視していればそのうち帰るだろうから、メルトダウンは何の反応も返さないことにした。

 彼女の恋人になどなってたまるか。


 やがて作業が終わり立ち上がるころには、拗ねたのかすでにスイートハートはそこにいない。

 代わりにリカーレンスがうめき、やっと目を覚ましたみたいだった。


 煩い奴が気絶したと思ったら別の煩い奴が来て、いなくなったと思ったら目を覚ます。頭が痛くなる法則だ。


「うぅ……あ、め、メルトダウンさん! 私、その」


「汚れた下着なら干してある」


「あ、汚れた下着……っ!? ま、待ってください、それってどういう!?」


 やはり騒がしい。

 だが、スイートハートの声よりはこっちの方が心地いい。比べたらマシ、慣れた、という程度に。


「にしても、また特異剣が出てくるとはな。案外とありふれているのか、私たち」


「へ? 特異剣って普通にその辺にいるんじゃないんですか? というかメルトダウンさん、私がいま履いてるの、これ誰のですか!?」


 前言撤回だ。やっぱり、こいつは煩い。

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