第11話『マジックソード・ファイト』

「たまにいるんだ、お前のような人間。私の忠告を聞かない奴が」


 自らを追ってやって来た騎士たちを前にして、刀を構えるメルトダウン。一度ついたため息の後、彼女は動き出す。


 青白い光を虚空に残し、視界からその姿が消失する。次の瞬間には男の眼前で刃を振り上げていた。

 だが男もただ斬られはしない。手にした刺突剣で斬撃を反らし、メルトダウンに空を斬らせると同時に傍らの女騎士が攻撃に出る。


 メルトダウンは後方へ跳んで刃で女の長剣を受け弾き返し、そこへ今度はレイピアによる突きが繰り出される。彼女が身体をずらしたことでまたしても躱されるが、細い刀身から風が巻き起こった。それはメルトダウンの髪を大きく靡かせ、脇腹の皮膚を傷つけるに至る。


 草原に舌打ちが響き、一瞬の攻防に呆気を取られていた部下たちも、一斉に掛け声をあげて飛び込んでくる。

 リカーレンスは彼らの標的が自分だと気がつくと、引き抜くのを忘れていたことを思い出し、慌てて自らの胸を掴んで引っ張った。

 思いっきり踏ん張って、やっと出てくるのはリカーレンスの身の丈ほどもある大盾だ。表面には『Don't touch me』と書かれている。彼女はその影に隠れ、兵たちの一斉襲撃に備えた。


 一方でメルトダウンは再びふたりの騎士に斬りかかっていく。今度は長剣の女を狙い、彼女の剣と何度も打ち合う。

 度重なる激突に火花が散って、互いに一歩も譲らないが、徐々にメルトダウンの一撃から重みが失われ、押されていく。彼女自身もそれを理解しており、表情がいつもよりも苦々しい。


 直後、隙を突いて突風がメルトダウンへと放たれた。一度目は飛び上がって回避し、二度目の風は刀を振ってかき消し、着地を狙う三度目は吹っ飛ばされてきたリカーレンスが代わりに受けた。


「なんですかこの風っ、な、泣いてもいいですか!?」


「駄目だ。しかしまあこいつら、そこらの剣霊使いよりやるようだな」


 リカーレンスを追ってくる兵士の一団に軽く一刀を浴びせ、いくつかの首を飛ばしながらの呟きだった。


「人間……いや、騎士よ。名はなんだ」


「ゼスト・ディアモント」


『私は剣霊のバタフライ。そっちはピール姉ちゃんと相棒のセラファイトだよ』


「そうか、覚えておこう」


 刺突剣から響く声を聞き届けると、メルトダウンの目付きが変わる。今までの鬱陶しい火の粉を払うようなものではなく、剣を持つ者同士の殺し合いへと臨むものの眼だ。


 リカーレンスは気迫に失禁するかと思い、慌ててスカートの中を確認した。大丈夫だった。


 メルトダウンの方に視線を戻すと、彼女はすでにゼストとピールとの戦闘に戻っている。

 自分が盾で兵士を殴り、その結果頭蓋が割られていくのには目を向けず、リカーレンスは彼女たちの戦闘に意識を奪われていた。


 ここからは回避の連続だ。ピールが振るう長剣、セラファイトにはなにかがあると睨んだのか、メルトダウンは明らかに打ち合いを避けていた。

 逆にゼストとバタフライは遠距離からの突風をメインに戦っており、互いに回避を繰り返している。

 長剣が振るわれ、直後に刀が薙ぎ、その後には風が吹き抜ける。


 そしてある時、メルトダウンは狙いを変えた。構えた瞬間に刀を体に吸収して消滅させ、ふたりの狙いを狂わせたのだ。

 彼女は姿勢を低くしてピールの懐へ潜り込み、引き抜くと同時に斬撃を繰り出す。居合抜きだ。

 咄嗟のセラファイトによる防御はなんとか間に合った。だが、刃と刃がぶつかった瞬間に異変が訪れる。


『……っ!? な、私が、熔かされ……』


 今まで一言も発せず戦いに集中していたセラファイトから焦りの声がした。熔鉄が滴り落ち、草を焦がし、直後には剣先が地面に落ちた。

 剣霊が折られたのである。


 遮るものがなくなり、斬撃はピールの鎧に到達する。赤熱した刃は鎧を熔かしながら身に届き、骨を断ち、彼女の右肩と首を体から切り離す。

 切り口は焼け焦げ出血はないが、誰が見てもあれで生命活動は不可能だ。


「すごい! さすがメルトダウンさん! 得意の『熔解』ですね!」


「うるさい、説明するな」


 騎士の片方は死体となり、剣霊も折れて使い物にはならないだろう。残るはゼストのみ。

 彼は目の前で片割れが死んだことに多少動揺しているらしいが、それで剣さばきの曇る騎士ではないようだ。すぐさまメルトダウンの繰り出す刃に対応し、刺突と突風で食い下がる。風と熔解の熱がぶつかり合い、互いに互いの攻撃を逸らし続ける。


 そんなどれほど続くかと思われた剣戟は、呆気なく決着がついた。運命を分けたのはゼストの腕が切断された瞬間だった。得物を失い、彼は敗北を悟ったのか、刃を目の前にして悔しそうに呟く。


「……ぬいぐるみ、買ってやれなかったか」


 それが最期の言葉だった。彼の体は両断され、ピールと同じように血を流さずどさりと地面に落ちた。


「終わった。そっちも終わってるな」


「あれ? わ、私、いつの間に……あ、メルトダウンさんがやってくれたんですか!?」


 意識していないうちに兵士は全員倒れていて、そういえば途中から盾を振ってもなにも手応えがなかったな、と思い当たる。

 メルトダウンからの返答はなく、彼女は騎士の遺骸の懐からペンダントを拾い上げた。中には、水色の髪と深い紅の髪、ふたりの幼い少女が映った紙が入っている。


「これって?」


「王宮にいたはずだ。紙に風景を記録する剣霊」


「……そうじゃなくて。この子達は?」


「さあな。なにかあったか?」


 リカーレンスのふわふわ髪のてっぺんがぴんと立って、なにかを伝えようとしている。本能的になにかを感じ取っているみたいだ。


「これ、どっちか剣霊喰いかもです」


 リカーレンスの頭頂部は剣霊喰いに反応する。メルトダウンには備わっていないが、ごく一部の特異剣はそうして感じ取る力を持っているのだ。


 水色と紅、このどちらかが剣霊喰い。

 こんな子供が自分たちをばりばり食べてしまうのかと考えると怖くなり、また失禁するかと思った。


「お前のソレが反応するということは、追ってみる価値はあるということか。確かこいつらはディアモントと名乗っていたな。このあたりの領主、スペードルお抱えの騎士の家だ」


「えっと、剣霊喰いの居場所がわかりそうってことですか……?」


「まあ、そんなところか」


 メルトダウンはさっさと歩き出してしまう。怖がっていたら置いていかれる。置いていかれたら、ひとりぼっちでいるところを剣霊喰いに襲われて……。

 リカーレンスは大慌てで、メルトダウンの後ろを走っていった。

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