第47話:盤上遊戯
「参ったな……」
休日の夜、自室で頭を抱える。
あれだけカッコつけて啖呵を切ったものの、未だにフィーアの才能を見つけられずにいる。
試験まではもうそんなに時間は残されていない。
全てが試験のためではないが、合格しなければ先へと進めない可能性が高いのも事実だ。
全く才能の無い子なんて存在するわけがないと言いたいところだが、何も見つからない焦燥感だけが募っていく。
「貴方までそんなに思いつめないでよ……」
いつの間にか完全に俺の部屋に居着いてしまっているイスナが机越しに話しかけてくる。
寝る時こそ自室に戻っているが、若い女性が夜に男の部屋に入り浸るのはあまり好ましく。
しかし今はその事にツッコミを入れる気力も無い。
「ほら、あれでもやって気分転換しましょうよ。あれ!」
そんな俺の心境を知ってか知らずか、イスナはお茶を一口飲んだ後に笑顔でそう言った。
「あれ? ああ……あれか……」
イスナが指すあれと言うのは人間界で広く遊ばれている盤上遊戯だ。
「ね? いいでしょ?」
甘えるような仕草と声でねだってくる。
「ったく、少しだけだぞ……」
棚から道具一式を取り出して、机の上に置く。
盤の上に王や歩兵など、軍隊をモチーフにした様々な駒を並べていく。
ルールは単純で、交互に駒を動かして最初に王を捕えた方が勝利。
魔族には新鮮な遊びだったのか、イスナはルールを覚えてからすっかり夢中になってしまっている。
「今日こそ勝つわよ……」
腕まくりしながら気合を入れているイスナ。
それを見ながら、今日はどのくらい手加減してやればいいだろうと考えていると……
コンコンと入り口の扉が叩かれた。
「フィーアか?」
「あ、はい……。入っても大丈夫でしょうか?」
呼びかけに応じる声が扉の向こうから聞こえる。
「ああ、構わないぞ」
「失礼します」
扉を自分で開いてフィーアが室内へと入ってくる。
連日の足踏みで精神的に疲弊し始めているのか、その顔には若干の陰が落ちている。
「そうだ、フィーアもやってみないか?」
また彼女の思考がネガティブな方向へと行く前に切り出す。
頭を使って遊んでもらえば少しは気が紛れるかもしれない。
「え? 何をでしょうか?」
突然の俺の誘いかけにフィーアは困惑の表情を浮かべながら聞き返してくる。
「これだ。人間の世界では有名な盤上遊戯だ」
「盤上遊戯……?」
フィーアはその言葉自体を聞き慣れていないのか、小首をかしげて机の上に並べられた道具を珍しそうに眺めている。
「ああ、二人で戦って遊ぶものなんだが。どうだ?」
「えっと、はい……ではせっかくなので……」
興味を持ってくれたのか、それとも誘いを断れないからなのかは分からないがすんなりと応じてくれた。
「じゃあ、フィーア。まずは私とやりましょう。教えてあげるわ」
「は、はい。お願いします……」
イスナに促されるまま、フィーアは少し困惑気味に席につく。
そのまま姉から駒の動かし方などの簡単な説明を受ける。
「基本的な事は簡単だからもう覚えられたでしょ?」
「えっと、覚えました。多分……」
「じゃあ、やるわよ。初めてだから先行は譲ってあげるわ」
「はい、えっと……えーっと……。この小さな駒は前に動けて……」
フィーアが熟考の陶に拙い手付きで歩兵の駒を動かした。
続いてイスナの手番になると、彼女は特に考える様子もなく手拍子で駒を動かす。
奥深いゲームではあるが、序盤の動きはいくつかに体系化されているので舐めているわけではない。
イスナの飲み込みはかなり早く、既に人間基準で低段位の実力はある。
手加減でもしないとあっという間に終わってしまうだろう。
順番が回ってフィーアの手番。
今度はさっきよりも少し早い思考の末に駒を動かされる。
見たことない形だが、何か意図があるわけではなく初心者故だろう。
「騎士、討ち取ったり!」
「あっ……取られちゃいました……」
フィーアの手持ちだった大駒の騎士があっという間に取られてしまう。
「おいおい、初めてなんだからもう少し手加減してやれよ」
「し、してるわよ……」
怪しい。
夢中になって相手が初心者だと忘れていたように見える。
「えっと、これは斜めに動けて……」
取られた大駒を気にもせず、フィーアはのんびりと駒の動き方を確認している。
その顔からは部屋に入ってきた時に重苦しさが少し抜けているように見える。
「ふふん、もう大勢は決まってるわよ。大駒は離して打てってのを覚えておくといいわよ」
大人気なく勝ち誇りながらフィーアに助言を施すイスナ。
「なるほどです……」
盤面をじっと見つめながら、感心したように頷くフィーア。
その後もイスナが優勢のまま、両者の戦いは進行していく。
「ん? 随分と変なところに打つわね?」
「あはは……。まだよく分からなくて……」
フィーアによって盤上の端に魔法使いの駒が打たれた。
その意図を理解しかねているイスナに対して、フィーアはバツが悪そうな笑みを浮かべる。
しかし、俺はその一手から妙な違和感を覚えていた。
盤面を見つめて、その意図を深く探っていく。
一手、二手と次々に手番が進んでいく。
そして、あれから五手ほど進んだところで気がついた。
ん? もしかして、これは……後十五手程で……。
トントンと駒が盤に打たれていく気持ちの良い音が室内に響く。
イスナとフィーアはまるで何かに操られているように俺が想像した通りの形をなぞっていく。
「え? あ……あれ……?」
手番が更に進むにつれてイスナも異変に気づいた。
焦りの表情を徐々に色濃くしていく。
「な……無い……」
誰の目から見ても明らかな形でイスナの王は逃げ場を失ってしまった。
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