渓ちゃんへ円上先輩が告白をするのを見てしまいました

「そろそろ部活行くかな」

 コンビニの弁当とおにぎりを平らげた刻に、

「待って」

 と慌てて亜貴が言う。

「サラダチキン、半分食べてくれるって言ったじゃない」

「ああ、そうだったな」

「ええっと、刻が先に食べていいよ?」

「間接キスになるけどいいのか?」

 刻がニヤリと笑って言った。

「……そんなことばかり考えてるの? 刻」

 亜貴は呆れ顔だ。

「ばっ! そんなんじゃねーよ!

ただ、さ。前、接触事故の時、亜貴、すっげー嫌そうだったから」

 今度は急にぶーたれた顔になって刻が言った。その言葉に亜貴の顔がみるみる赤くなる。

「だ、だから、それは刻が嫌だったわけじゃないって言ったじゃない! キスは好きな人としたいもんでしょ?」

「間接キスは誰とでもいいのか?」

「そんなわけないじゃない!! でも、刻はなんだかもう家族みたい? な感覚なのよね」

 亜貴の言葉に、は? と刻が変な顔をする。

「家族?」

「そう、兄弟、とか」

「そういう家族ね」

 刻が不機嫌そうに言った。

「何よ?」

「別に~。じゃあ半分食べるぞ」

「どうぞ」

 刻は二口ぐらいで半分を食べた。

「俺、サラダチキン初めて食べた。うまいな」

 親指で口の端を拭いながら刻が言う。機嫌が良くなったり悪くなったり、刻は感情が豊かだなと亜貴は笑う。

「良かったわね」

「ん。ほれ、半分」

「うん」

 刻の後に食べるのはなんだか恥ずかしいが、兄弟みたいなものと言ったのは自分だ。亜貴はサラダチキンを頬張り、美味しいと舌鼓を打った。

「腹いっぱい! ありがとな、サラダチキン。

よおし、部活行くか」

 刻が立ち上がってグラウンドの方を見た時だった。

「あれ?」

「なに? あ」

 二人の視線の先には渓がいた。

「尾崎先輩だね。今日もサッカーするのかな?」

 その割にはグラウンドに人気がない。

 渓は先程から動かず、誰かを待っているようだった。

「ちょっと気にならない?」

「気にならなくはないけど、俺、部活……」

 言って、刻は鞄を手に取った。

「え?  円上先輩じゃない? あの女子生徒」

「さゆり姉?」

 刻は弓道場の方に行こうとしていたのをやめてもう一度グラウンドに目を向けた。

「ほんとだ。確かにさゆり姉だ」

 グラウンドの二人はお互い手を小さく上げて挨拶をしている。

 その後、しばらく二人は動かず話をしているようだった。すると、渓がさゆりに深々と頭を下げた。そして、

「ごめん!」

 という渓の声が聞こえてきた。

 さゆりはしばらく立ち尽くしていたが、渓に二言三言声をかけて渓から離れていった。さゆりは目を手で押さえていた。


 亜貴と刻はしばらく黙ってそれを見ていた。

「もしかして……今度こそ告白?」

 亜貴の言葉に、

「そうかもな」

 と返事を刻は返した。亜貴は驚いて刻を見る。

「えっと、円上先輩が尾崎先輩に?」

「ああ。さゆり姉は兄貴と渓ちゃんのどっちかが好きだと思ってた。兄貴が告白しなかったのはさゆり姉が渓ちゃんを好きだと知っていたからかもな」

 亜貴は悲しげな顔になる。

「でも、円上先輩は振られてしまったみたいね。

……どうしてこんなにうまくいかないんだろう」

「そりゃお互い好きってことの方が確率が低いに決まってるだろ? 気持ちはどうにもならないんだよ。仕方ねーさ」

 刻の言葉に、

「頭では分かってるんだけど、心がね。やっぱり悲しい」

 と言ってため息をついた。そんな亜貴の髪を刻がわしゃわしゃと撫でた。

「亜貴が考えても仕方ないさ。

じゃ、俺部活行くから」

「うん……」

「なんだよ?」

 亜貴は頭を横に振った。

「なんでもないよ? 部活頑張ってね」

「今日はやけにしおらしいな? ま、いーや。じゃあな!」

 刻は足早に去っていった。それを亜貴は見送り、しばらく佇んでいた。 校庭の土が風に吹かれて舞っていた。

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