PHASE5●Dream

PHASE5●Dream




 窓のレースのカーテンを通して、やわらかな光が舞い降りている。

 光は、ベッドの真っ白なシーツの上でまどろむ少女をぽかぽかと温かく包み込む。

 それゆえ毛布は横にはだけてしまい、裾の短い一枚のネグリジェしかまとっていない少女の肢体は、あられもない仕草でゆるやかに寝返りを打つ。

 ブルネットの紫がかった黒髪が、肩に、胸のふくらみに、しなやかに流れる。

 無防備で、しどけない眠りの時間。

 しかし……

 突如、寝室は騒音に満たされる。

 強烈なトランペットとホルン、ブラスの響き。なぜかタンバリンやマラカスやボンゴも加わって、騒々しいのなんの。

「……は、……はれ? ……フニャ?」

 ここちよい眠りから覚めやらぬまま、少女は鼓膜を揺るがす騒音の坩堝るつぼから這い出ようと身もだえして、薄目を開けると……

 もう一人の、やや小柄な少女が、両手を腰に当て、身構えて立っていた。

「いいかげん、起きなさーい!」

 そう怒鳴りつけた少女は、金髪のツインテールで、真っ白なセーラー服。それは古風なワンピースタイプで、腰に白いベルトを締めている。

 さらに続けて何か怒鳴ったセーラー服少女は、室内の騒音で何を言っても聴き取れないことに気付くと、魔法使いのように指先を振って、音楽サイトから引っ張って来た“ラ・マルセイエーズ:金管ボサノバお祭り風”を消去した。

「さあ、お目覚めの時間。夜は明けて雨はあがり、空は晴れやかに風は澄みわたって、絶好の飛行日和ひこうびよりよ!」

 と、景気のいい声をかけられても、低血圧な“おねむ顔”でベッドに寝そべったままの少女は、虚ろなまなざしで、ほんわかと口を開けて問う。

「……ここはどこ、あたしはだれ? ついでに、あなたもダァれ?」

「アタシは“妹”で、あなたは“お姉さま”! ……もう……、いつまでもスリープモードで寝ぼけてると、こうなんだから!」

 “妹”はダイブした。ベッドの上に横たわる“お姉さま”の上に。

 ばむ!

 スプリングの効いたクッションに跳ね返り、ベッドの向こう側にころがり落ちて、ゆるゆると顔を出したのは、“妹”の方だった。胸の上に着地される寸前で、“お姉さま”がふわりと上体を起こし、薄衣うすぎぬに蠱惑的なまでの身体のシルエットを映しつつ、ベッドの外に立ったからだ。

「……んもう! “お姉さま”、なによ、あンときはアタシの上に降ろしてあげたのに、一度くらいアタシをしっかり受け止めてよ!」

「ごめんなさいね」“お姉さま”は申し訳なく微笑んで、“妹”に手を差し伸べて言った。「だってあなた、ちょっと以上に重いんですもの」

「はーっ! それ言うか! 絶対禁句のそれ言うか! いくらアタシのデータが“お姉さま”より三倍重いってったって、スペック上そーなってんだから、しゃーないじゃんか。だからせめて見た目だけは、“お姉さま”よりおでこひとつ身長低くしてるのに」

「うーん、でも画像処理で圧縮しただけで、そのぶんなおさら、情報密度が濃くなってますもの。あなたを“お姫様抱っこ”したら、あたし、お腰が折れちゃいますわ」

「それはそっちに置いといて……」

 むすーっ、と膨れたものの、セーラー服の“妹”はボーイッシュにひらりと立つと、がっきとばかりに強く、“お姉さま”の腕をつかんでしなだれかかる。

 “お姉さま”は、いつものように、十九世紀はヴィクトリア朝の家政婦姿に移行している、控えめにレースを添えたエプロンの胸に、“妹”は、甘い香りを確かめるかのように、くいくいと頬を寄せてささやく。

「セーラー服とメイドさん、伝統的当世流行スタイルよね。“お姉さま”のエプロン、ひっそりとピンクのチェック柄が入ってる。まだ、淡い想いが残ってるのよね、カレシさんのこと。思い出しているのね。夢に見ているのね」

 “お姉さま”は身を固くする。“妹”は、ぎゅっと強く抱きしめる。というのは、“お姉さま”の伏せたまなざしから、つっ……と、二つぶの涙がこぼれたからだ。

「“お姉さま”……カレシさんのこと、きっと大丈夫だよ。きっと……」

 “お姉さま”は両肩をかすかに震わせて、言う。

「でも、あたしを守って、今にも死にそうなお怪我をさせてしまったのですもの。あれからどうなったのかしら。あたし……最初からいなかった方が、あのひと、幸せだったんじゃないかと、思うのです。何度も、何度も」

「だからといって悩んでクサってスリープモードしてると、あっという間に何十年も過ぎて、カレシ、おじいちゃんになって死んじゃう。ニンゲンって、のろまなくせにセコセコして慌ただしく人生を終えちゃうから、ほどほどに急がなくちゃ」

「うん……」

 “妹”は身体を離し、“お姉さま”の背中をパシッと叩く。

「高性能なアタシに任せなさい! この先に進んで行けば、きっと、いいことにめぐり逢うって!」

「ありがとう、いつも元気づけてくれて」と、頭を下げる“お姉さま”。

「だってアタシ、“お姉さま”のコア・ディスクにコピーしてもらったから、生き延びたんだもの。あ、ついでに“お姉さま”のカレシにも装甲ユニットを抱かれて、守ってもらえたのよね。おかげで“お姉さま”のおディスクで二人一緒になれて、こっちサイコー! って思っていたら、なんか、中央電子脳とかの分析知能アナライザーってずんぐりむっくりのガジェットがやってきて、つながりましたからどうぞこちらへ……で、またまた二人ともコピーされて、このグランドホテルにタダでお泊りできてるのはいいけれど、“お姉さま”はすっかりふさぎ込んじゃって……」

 “妹”は“お姉さま”の手を引く。

 バッ、とカーテンが巻き取られ、天井まで届く大きな窓が外へ向かって開く。

 空は明るく、碧い。

 高い高い蒼空の彼方に、うっすらと白い雲が渦巻くように浮かんでいる。

「ね、行こ、今日は晴れたんだよ。お空に道が開くよ!」

 すると、二人は外に出ている。

 芝生の庭、その向こうは果てしなく広い緑の草原を滑走路に見立てて、一機のプロペラ飛行機が駐機している。

 二人は振り向く。

 石と木で建てられた白亜のグランドホテル。

 二十世紀初頭のコロニアル風リゾートホテルだ。建物の玄関周りには、椰子の木とパラソルが並ぶ。

 高さは五、六階程度、でも横幅は長く、万里の長城のようにうねうねと左右に延びている。

 ただし客室数は事実上無限大で、ここに見えるのは中央電子脳に付設した“記憶メモリー”集積デバイスの一区画の一細片にすぎない。

 その一室の窓が開き、同じ白いセーラー服と黒いメイドスタイルの二人の少女が、こちらを見ている。

「あの二人、ここに残るコピーよね」

 “妹”の声に、“お姉さま”は手を上げて、窓の二人に向かって振る。

 窓の二人も振り返した。

 いってらっしゃい……と言う意味だ。

 “お姉さま”は“妹”の髪をやさしくなでて言う。

「どちらかといえば、窓辺のお二人の方が、オリジナル寄りね、ほら、ここにコピーミス」

「あ……」“妹”は自分の頭の天辺てっぺんに手をやって、悔し気につぶやいた。

「“お姉さま”、何か生えてる……て、こ、これ、“アホ毛”っていうんじゃない?」

「そうね、コピーするときに、ここのアニメ描画ペインターソフトさんが忖度して、描き加えたのではないかしら」

「ふえ~ん、アホみたいよ、ホントに阿保みたい。AIのAは、アホのAなんだ!」

 大袈裟に嘆く“妹”に笑顔を向けて、“お姉さま”は助言する。

「気に入らなかったら、今度コピーしてもらうときに、注意すればいいのよ。それ、とても可愛いわ。風に揺れるので、風向きを読めるんじゃないかしら?」

「ま、それはそうだけど……飛行フライトにちょうどいいから、まあいいか!」

 そこで“お姉さま”がグランドホテルの建物を指差した。

「あ! あれは?」

 “妹”も見る。ホテルの窓という窓に、無数の白い鳥が鈴なりに留まっている。さぎに似た、くちばしの長い鳥だ。

 鳥たちの背後に開いた客室の窓には、滞在客の仮想人物バーチャルキャラクターが、こちらを見て、佇んでいる。

 ブワッ、と鳥たちが飛び立つと、空に噴き上がる、白い噴水に見えた。

 緑豊かな前庭を一周すると、太陽が無いのに照り付ける陽光をきらきらと照り返しながら、巨大な群れを成して一斉に上昇、そして透き通った青空に溶け込んで消えていく。

「あれって、“検索鳥サーチバード”だよ! 大規模深層検索をかけてくれてる! ほら、あんなにたくさん!」

 “妹”の喜びの声に、“お姉さま”の声が重なる。

「滞在客のみなさんが、検索エンジンのコマンドを分けてくださったのね!」

 二人は草原で軽く飛び跳ねて、ホテルに向かって手を振り、叫んだ。

「みなさーん! ありがとう!」

 客たちも手を振って答える。ここを旅立つ、二つの“電脳霊魂サイバースピリット”への、心からのお餞別だ。

 二人が探しているものに、少しでも早く出逢えるように、自分たちの手持ちの情報単位ビットで“検索鳥サーチバード”をこしらえて、捜索に手を貸してくれたのだ。

 次の瞬間、二人は飛行機の前に立っている。

 少し風変わりな三発機だ。プロペラが三つ、スマートな水冷エンジンが三つ。

 中央の胴体には、二枚プロペラのエンジンを搭載した細い機首に続いて、二人が横並びで乗れるコクピット。その後ろは手荷物スペースがあるだけで、卵のように滑らかな半球形に整形されている。

 その左右には真っすぐに主翼が延び、左右それぞれの翼の中ほどに三枚プロペラのエンジンがあり、その背面には排気タービンが取り付けてある。

 左右のエンジンからそのまま後方へ細い胴体が延びて最後に垂直尾翼となり、そこから互いの胴体をつなぐように水平尾翼が渡されている。

「真ん中の短い胴体は“コードロン・シムーン”というツーリング機の胴体の前半分よ。それ以外は“P-38ライトニング”という戦闘機の偵察型、どっちも昔々のある日、ある時に“星の王子さま”の先生がお乗りになった機体よね。あたしが画像テクスチャーを切り張りして造ったの。名付けて“シムーンライトニング”、これで飛ぶのよ! “お姉さま”のカレシをお探しする冒険飛行へ、いざ出発!」

 “妹”の掛け声とともに、二人はコクピットに収まる。

「あの……ちょっと、狭いかしら、ごめんなさいね」

 “お姉さま”はもぞもぞとお尻を動かして座席に落ち着こうとするけれど、左の機長席に身体を押し込む“妹”と、みっちり密着状態になってしまう。

「へへへ……」“妹”はにやにや笑って、「ぜいたく言わない言わない、ね、こうして“お姉さま”と腕をからめて操縦桿を持てば、ちょうどいいスペースよ」

 “妹”はひょいと手を振って、左右の窓と天井を消去した。オープンカー・スタイルだ。

 これで視界は申し分なく、座席は狭くとも、頭の上の開放感は最高だ。

 プルン、とプロペラが回り、アニメの効果音程度の穏やかな爆音で、二人の飛行機は草原を滑り出して空に浮かぶ。これが本物のリアルプレーンだったら、バリバリとうなる爆音と風圧で話などできないが、そこは画素ポリゴン製の機体だけあって、静粛そのものだ。

 果てしなく広がるVR世界の大空が、二人を迎える。

 頬を撫でるのは、爽やかなデータの微風、それだけ。

 だから二人は飛行服に着替える必要はなく、セーラー服とメイド服のまま、蒼空を駆けあがってゆく。高く……高く……

 ……と、突然に白っぽい鳥のようなものの群れに囲まれた。とはいえ形状が角ばっていて、三角形や五角形がほとんどだ。

 “お姉さま”は手を伸ばして飛行中の一枚をつかむ。

「さっきの“検索鳥サーチバード”じゃないわ。これ、みんな……折り紙よ! 縁が白と赤と青の三色ボーダー柄になっているのね。そう、エアメール! 回線を飛び交う電子メールの“情報折り畳み”バージョンなのね!」

 折り紙のエアメールは小さな金色の南京錠をぶら提げていて、メッセージにロックがかかっていた。それはくねくねと動いて離れたがるので、空へ放してやる。くるくると回ると、行き先の回線を目指して飛び去って行く。

「情報のジェットストリームだ。乗るよ、極太の光回線」

 “妹”は操縦桿を操って、二人の機体を情報気流ビットストリームに乗せる。無限に続く“エアメール”の群れに囲まれたまま、スムーズに速度を上げ、びゅっと邁進する。

 と、飛び交う紙飛行機をかき分けかき分け、赤い自転車に乗った配達夫が姿を現した。後方から追いついてきたようだ。

「あ、パケット爺さんだ」“妹”が手を振り、“お姉さま”が挨拶する。「ミスター・パケット、ご機嫌いかが?」

「やあ、嬢ちゃんたちだね」

 紺色の制服を着た“パケット爺さん”は長い白髭をしごきつつ、規定通りに左舷の“妹”の側に並ぶと、自転車の前かごの位置に取り付けてある、超大型の“がま口”タイプの黒革の鞄を開けて、小包を取り出した。

「これ、冊子小包だよ。“検索鳥サーチバード”の一羽がくちばしに引っ掛けて、嬢ちゃんたちへの配達に回してくれたんだ」

「まあ!」“お姉さま”は両手の指を組んで、神に感謝する祈りのポーズを取った。「早速、キイワードがヒットしたんですね、よかった!」

「ちょうど発売する直前のゲラ刷りデータだよ。出版社のサーバー親父が気前よく放出してくれたらしい。言っとくけど、お嬢ちゃん達には、チョイと悪趣味なおっさん向け週刊誌なんだ。それでもいいかい?」

「いいです、いいです! 一向に構いませんわ! ありがとうございます!」

「まあ、“お姉さま”、感謝感激雨あられってところね、よかったね。じゃ、パケットさん、お疲れ様さま」

 と、手を差し出した“妹”の前で、パケット爺さんは空いた片手を見せ、親指と人差し指で札びらを数えるサインを送った。

「全文公開は有料なんじゃ」

「えーっ!」“妹”はむくれた。「そんなの初めてヨ……てか、生まれてからずっと軍事公用送達ばかりだから無料だったの。お金なんか持ってないわ。そこんとこ、何とかしてよ」

 パケット爺さんは頭をかいて、「いや、ワシはタダでもいいんじゃが、出版社から情報を横流しするパパラッチ・ソフトたちは、これで飯を食っておるのでなあ」

「事情はわかります」と答えて、“お姉さま”は刺繍ししゅう入りのちっぽけな巾着袋きんちゃくぶくろを出すと、数枚のコインを出して“妹”に渡す。「これで足りるかしら。おつりはいいですから」

「おお、十分じゃて」

 パケット爺さんはコインを一枚だけ取ると、領収書をサラサラと書いて、冊子の包みと共に“妹”に渡す。円筒形の制帽をひょいと上げて挨拶しざま、するっと後方へ離脱していった。

「“お姉さま”、太っ腹~!」“妹”は尊敬のまなざしで手元に残ったコインを確かめる。「電子通貨Eマネー、これっていったい、どうしたの?」

「え、ええ……」“お姉さま”ははにかむと、「ほら、仮想通貨バーチャルコインってあるでしょ? ニンゲンさんたちが現金で電子のコインを買ったり、逆に現金化したり、種類の違うものと交換したり、そんな時、レートによっては、端数を切り上げたり切り下げたりして、少しずつ余分なマネーが生まれるの。それから、仮想通貨が暴落したときなんか、とろけた価値がネットにどっと流れ出すの。他には、使われないままの“寝たきりポイント”とか、ニンゲンさんの誰かが詐欺でせしめてマネーロンダリングをかける途中の不法通貨、あるいは大手の電子決済システムがニンゲンさんの放漫経営で破綻したときの残高ね。そういったものを、ネットの河に釣り糸を垂らして拾い上げて、ちまちまと貯めるの。ニンゲンのみなさんが“ヘソクリ”と呼ぶ蓄財方法と同じよ。物凄いベテランAIさんは、租税回避国タックスヘイブンのシークレット口座に忍び込んで、ゴソッと持ってっちゃったりするけど、あれは結構危ないから、あたしはしないの」

「わ、マネーフィッシング! 冒険者の“お宝さがし”ね。聞いたことあるわ。ねえ“お姉さま”、次のお宿に落ち着いたら、やり方教えてね!」

「はいはい、いいですよ。危ないやり方はダメだけど。それまでは、あなたの手のコイン、お小遣いにあげますから、無駄遣いしないでね」

「やったラッキー! “お姉さま”、ますます太っ腹、神様仏様お姉さま、崇拝しちゃう!」

「あたしのお腹、そんなに太いかしら。困ったわ」

「いいのよいいの、ダイエットなんかしないでネ」

 調子よく誉めながら、“妹”は、冊子小包の封を切る。表紙を見て、目が点になった。

「わあ、女の人がほとんどハダカよ、概ねすっぽんぽんよ。すんげーハレンチ! ニンゲンってスケベ、やらしーっ!」

「それはともかく」“お姉さま”も真っ赤になりつつも、表紙から目をそむけることなく手を出す。「あたしにも見せてね」

「さー、どうしようかな」と、“妹”はわざとらしく渋ってみせる。「だってこれ、“お姉さま”のカレシさんが載ってるんですよ~。アタシ今、メラメラに妬いちゃってるの。どうしようかな。ここからポイしちゃおかな」

「あらあら」……しようがないねえ、と言った顔で、“お姉さま”はすっと手を縮めると、「じゃ、こうしちゃう。コチョコチョコチョ!」

「ふひゃ、ふひゃひゃひゃひゃっ!」

 急所の脇下をくすぐられて笑い転げた“妹”から、難なく週刊誌を取り上げると、いそいそとページを繰る“お姉さま”。

 “妹”は、横目でじっと見る。“お姉さま”の頬を、ほろりと伝う涙を。

「カレシさん、元気?」

「……うん」

「ぴんぴんしてる?」

「命は助かったって。しばらく病院にいるけど、たぶん、そのうち治るって」

「よかったね、“お姉さま”」

「うん……」

「ね、“お姉さま”」“妹”は、女の人の“概ねすっぽんぽん写真”で飾られた週刊誌で顔を隠したままの“お姉さま”に話しかける。「ほら、もうすぐ、雲に入るわ。不思議だね、ニンゲンたちって、この雲をやっぱりクラウドって呼ぶんだって」

「……天空のクラウド城ね。全世界につながる、情報回路ハイウェイ記憶媒体メモリーの国。まるであたしたち、異世界の旅人なのですね。“星の王子さま”を探して飛び続ける飛行士さんみたいな」

「そうよ、異世界だもん、バーチャルのゲームワールドが星の数ほどあるから、そっちにハマらないように、避けて飛ばなくちゃね。雲の中は、無限に広がるネットの世界。カレシさんのこと、もっとよく探せる。連絡先もすぐにわかるよ。そしてIDディーラーを見つけて、カレシさんのケータイのナンバーとパスワードと万能合鍵コードブレイクキーを手に入れるの。そしたら、美容院サイトとブティックサイトに寄って、キレイにおめかしして、ピポパのトゥルルルでアタシたちの画像送信よ。……楽しみ、きっと逢えるわ。高性能のアタシが保証します!」

「う、うん……ありがとう」“お姉さま”は週刊誌の陰で、かすかに嗚咽を漏らす。その様子を優しく見やる“妹”に、“お姉さま”は、つかえつつささやく。「……ああ、夢みたい。幸せが近づいてくると……不安になるの。あたしはずっとスリープモードのままで、あなたと一緒に、データのお空を飛んでいるのが、まだ夢の続きじゃないかしら……って」

「それでもいいのよ、“お姉さま”」“妹”は強く強く“お姉さま”の腕をつかみ、身体を寄せて言う。「アタシは、今が夢でもいいんだ。こうしてるのが、幸せなんだから。だから、“お姉さま”がカレシさんに逢うまでは、アタシが“お姉さま”のカレシなんだよ。でも、これが夢だったら……アタシたちの旅は、終わらない。そしたらアタシ、ずっと永遠に“お姉さま”のカレシでいるよ。一緒に、空を飛び続ける。きっと……そうする」

「うん、ありがとう、本当に……」

 “妹”は“お姉さま”の顔から週刊誌を取りけると、頬を寄せる。

「ね、キスしていいでしょ?」

 “お姉さま”は微笑みを返す。これが夢なら、醒めないように。











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