第02話 服を買いに行く服がないんどすえ

「ミヤコ、ちょっと買い物行ってくれないか?」


 俺は食品の買い物を頼もうとした。

 すでに12月も後半、寒いのでなるべく外には出たくない。


「京介はん、京介はん」


「なんだ、ミヤコ?」


「ウチ、いつまでこないな格好せなあかんのどすか?」


 俺はミヤコを上から下まで見た。

 ミヤコの現在の服装はラフな部屋着である。

 身体に対してやや大きく、ちょっとブカブカな感じがカワイイ。


「その格好でなんか問題あるのか? スーパーにドレスコードとかないぞ?」


「いややわぁ、こないな服装べべで人前に出るんは恥ずかしおす」


「前は普通に出かけていたじゃないか?」


「ウチはすでに“禁断の果実”を食べとしまったんどす。もう、あの頃には戻れないんどすえ」


 あのパッチのことか……。


「……どんな服装なら文句ないんだよ?」


「もちろん、お着物どすえ」


「じゃあ、これから着物を買いに行くか?」


「いややわぁ、こないな服装べべで人前に出るんは恥ずかしおす」


 ネットミームとして有名な“服を買いに行く服がない”というやつか。


「それならネットで注文しようかな。ところで着物の着付けはできるのか?」


「もちろんどす」


 もちろん、俺はできないぞ。


「よし、とりあえず脱げ」


「優しくしておくれやす……」


 ミヤコはなんかもじもじしながら服を脱いだ。

 タブレットの体型計測アプリを起動して、レンズをミヤコの方へ向けた。

 そして、怪しい儀式のようにミヤコの周りをぐるりと周る。


「よし、これで採寸完了」


「ところで、そのアプリが悪さしてたら、ウチの恥ずかしい姿が筒抜けどすな」


 ミヤコは部屋着を着ながら言った。


「……怖いこと言うなよ」


 そういう意味では、ミヤコ自身がウィルスに感染するのが一番怖い。

 いや、スパイ系かはともかく、“この人格”はすでにではないだろうか……?


「あとは注文どすな」


 俺はタブレット上で購入する着物を選び始めた。


「せや、京介はん。間違っても“ふりそで”とか選んだらあきまへんで?」


「どうしてだ?」


 自慢ではないが、俺は着物に詳しくない。


「“ふりそで”は未婚者が着るものどす。既婚者は“とめそで”どすえ。ウチみたいな“お迎え”されたもんが振袖を着るわけにいきまへん」


「オートドールにとって、購入されることは結婚と同じだったのか……」


 まぁ、AIがおかしいミヤコが勝手に言ってるだけだろうけど……。


「ただ、どちらも礼服やから、いつもは“訪問着”を着るんどすえ」


「……なるほど」


 こうして、俺はミヤコのアドバイスに従い着物を注文した。


「さて、買い物行ってくる……」


 そう――結局は着物が届くまでは、俺が出かけなければいけないのだ。


「行ってらっしゃい」


 ミヤコはニコニコしながら手を振って送り出してくれた……。


    *


 注文した三日後、俺が家にいない時にヤマネコ宅配便から不在通知が送られてきた。

 おかしい――今までは俺が不在の場合はミヤコが受け取ってくれていたはずだ。

 家に帰るとすぐにミヤコを問いただしたが――。


「いややわぁ、こないな服装べべで人前に出るんは恥ずかしおす」


「……それ何回言うんだ?」


「必要に応じてなんべんでも、どす」


「とりあえず、再配達依頼を出すか……」


 2時間後には配達用のオートドール届けてくれた。

 人間にそっくりな愛玩用オートドールと違い、配達などに使われるものは“いかにも”なロボットだ。

 箱を開けて、注文したデザインの着物が収められていることを確認した。


「よし、着てみるんだ」


「よろしおす」


 ミヤコは至って手慣れた感じで着物を着ることができた。

 藍色をベースに赤いもみじ柄がクールだ。


「京介はん、どないどすか?」


 ミヤコはまるで漫画かアニメのワンシーンのようにくるりと回って尋ねてきた。


「よ、よろしおすなぁ」


 照れ隠しに京都弁で褒めてみる。

 オートドール相手に照れることはないと思っていた。

 現在のミヤコは明らかに変な人格なのだが、妙な人間らしさを感じてしまう。


「京介はんはいけずどすなぁ」


「何がだ?」


「はぁー、無粋やけど教えたげます。京都で“よろしおす”というのはただの相槌で真に受けてはあかんのどすえ」


「そ、そうなのか……」


「そうどす」


「まぁ、正直言うと、せっかくの豊満なおっぱいが目立たないのが残念だな」


 愛玩用オートドールを注文する時、多くの男はおっぱいを大きめにするだろう。

 俺もなんだ。

 だが、ジャパニーズ着物というのは良くも悪くも体型が出にくい。


「ほんま、ええ趣味したはるわ」


 ミヤコは白い目で見てくが、俺はその表現力に感動した。

 あのパッチがなければこういう姿は見られなかったかもしれない。


「……だけど、これで買い物に行けるな!」


「ほな、行ってらっしゃい」


 ミヤコはニコニコしながら手を振る。


「おまえも行くんだよ!」


「何を買わはるん?」


「そりゃあ、年末年始に必要なものだろ」


    *


 そんなこんなでスーパーマーケットにやってきた俺達。

 店中では“いかにも”な業務用オートドールが働いている。


「えらい“粋”なお店どすな」


 もちろん、言葉通りに受け取ってはいけない。

 判断基準は状況と前後の文脈、そして微妙な表情というシビアなゲームだ。


「スーパーマーケットに何を求めてるんだよ」


「何も求めてへん。京介はんが勝手に連れてきゃはったんどす」


「今後はおまえも頻繁にお世話になるから敬意を持つように」


「しゃーないどすなぁ」


 入ったところでカゴを1つ取り、ショッピングカートに乗せてカラカラと進む。


 まずは野菜売り場である。

 とりあえず、年越し蕎麦に使う青葱をカゴに入れた。

 するとミヤコはそれを九条葱と入れ替えたのだ。


「葱といえば九条葱どす」


 まぁ、いいか……。

 他に雑煮の材料として、人参と大根をカゴに入れた。


「さて、蕎麦だな。今年は……どれにしようか……」


 毎年、年末になると年越し蕎麦がたくさん並ぶ。

 俺はしばらく悩んで1つをカゴに入れた。


「京介はん、それは2食セットどすえ? まさかウチに食べさせる気ちゃうどすなぁ?」


「んなわけない。1食は“練習用”だ。温蕎麦は冷蕎麦よりも難しいからな」


 蕎麦は冷たい方が好きなのだが、年越しでは温蕎麦と決めている。


「おきばりやす」


「おまえがやるんだよ」


「はぁー」


 次は雑煮のための味噌を探す。

 俺は白味噌をカゴに入れた。


「京介はん、わかっとりますな。お雑煮といえば白味噌どす」


 雑煮という料理は極めて地域性が強い。

 ある地域ではすまし汁、ある地域では汁粉、京都では白味噌である。

 中に入れる餅の形状も丸餅か角餅か地域によって異なる。


「まぁ、実家ではこれだったし」


「京介はん、どこ出身どすか?」


「京都だぞ」


 人からは「京都訛りがしない」と言われるが京都出身である。


「も、も、もしかして、一条という名字、実家は御所の近くどすか?」


 ミヤコは未だ嘗てないほどテンションが高くなっている。

 京都人ヒエラルキーによると、旧平安京の中でも御所に近いほどランクが高いらしい……。


「いや、十条だぞ。でっかい花札屋の近く」


「え……」


 一気にテンションがだだ下がったのがわかった。


「どうした?」


「十条は京都ちゃいます」


「なんでだ? “条”と付くから昔の平安京の中だろう」


「平安京は九条で終わりどす。十条は近代になって作られたんどすえ」


「う、嘘だろ……」


 衝撃のあまり地面に膝をつく。

 そんな俺をミヤコは優しく抱きしめてくれた。


「わかるえ、その気持ち……。辛いやろなぁ、ウチが慰めたる」


 だが、俺はすぐに立ち上がった。


「ま、いいか! 今の生活にあまり関係ないし」


 ミヤコは呆れた様子で俺を見た。


「……現金どすな」

 

 そんなこんなで決済を終えてスーパーから出た俺達。


「ほれ」


 せっかくだから荷物をミヤコに持たせようとして差し出す。


「女に荷物持たせて恥ずかしあらへんの?」


 ミヤコは呆れた顔しながら言った。


「腕力が強い方が持てばいい」


 基本的にオートドールは力が強いから物を持たせるには丁度いい。


「しゃーない、無粋な主の言わはることに応えるのも粋なアンドロイドの役目どす」


 ミヤコはそう言って中身が詰まったレジ袋を受け取った。

 その調子で静岡茶も淹れてくれると嬉しいなー。

 まぁ、宇治茶も買っちゃたんだけど……。


 そうして帰り道をしばらく歩いていると――。


「ところで……御所といえば……」


 ミヤコがおもむろに話を切り出した。


「どうした?」


「天皇はん、いつ帰ってきゃはるんどすか?」


「……知らねぇよ!」


 やはり、“京都人”はとてつもなかった……。

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