019 死合い(4)
「……なんだあれは」
死合いの場に立ち、遠目に相手の姿を認めた五郎太は我知らずそんな呟きをもらしていた。
理由はエルゼベートのいでたちにあった。クリスが身に纏っていたものに似た南蛮の上下は明らかに男物で、束ねることさえしていない緑の黒髪との対比に
だが、五郎太の目を引いたのはそこではない。エルゼベートの右腕からは、
いや……正確には右の手から肩までが宝玉を散りばめた豪奢な長籠手のようなもので覆われ、そこから手の先へ突き出すように同じく黄金の筒がのびている。筒は充分に長く、先端が地面にまで届こうとしている。
……あれはひょっとして。再び五郎太がそう思った刹那、頭上からクリスの声が降ってきた。
「ではこれより帝国第一騎士団総帥にして我が妹エルゼベートと、我が命を救いし客人ゴロータの決闘を執りおこなう!」
直後、周囲から潮のような歓声があがる。見渡せばぐるりを取り巻く擂り鉢を所狭しと人々が埋めている。成る程、我等の死合いは見世物であったか――などと五郎太が思ったのも束の間、クリスが腕の一振りで騒めく観衆を制し、更に言葉を重ねる。
「決着はいずれか一方が事切れるか、あるいは敗北を認めたときとする。エルゼベート勝利の暁にはゴロータの生殺与奪の権を、ゴロータ勝利の暁にはエルゼベートの貞操を、それぞれ勝者に与える」
再度、観衆から盛大な歓声があがる。昨日に続いて、五郎太はその歓声を異様なものに感じた。
己の生殺与奪の権は良い。けれども主君の妹の貞操を俎板に乗せるという宣言に対しこの盛り上がりようはなんだ。仮に右大将様が妹御であらせられるお市様を前に同じことを言ったとして歓声をあげる者が織田家家中に一人でもいたであろうか……。
そんな疑問が五郎太の脳裏を
「では、はじめッ!」
ゆえに、掛け声と時を同じくして五郎太が動いたのは警戒があったというより、ほとんど獣の本能のようなものだった。
左へ向け横っ跳びに跳んだ五郎太の右肩のあったあたりをかすめてゆくものがあった。同時に銃声がきた。それで五郎太には、エルゼベートが右腕に仕込んでいるものの正体がわかった。
(――鉄砲!)
予想しなかったわけではない。初めて目にしたときよりそれが鉄砲によく似た形をしていることには感づいていたし、ルクレチア麾下の鉄砲隊が手にしていたものに似ていることも気にかかっていた。無意識に初弾を避けることができたのも、そのことが頭にあったからかも知れない。
けれどもあのように嫋やかな
五郎太とて鉄砲撃ちのはしくれである。それを撃つのにどれほどの力が要るものか――どれほどの衝撃に耐えねばならず、どれほどの過酷を撃ち手に強いるものであるか、身に染みてよく知っている。
謁見の間で見た細腕――優美な薄衣からのびていた白くやさしげな腕で扱えるようなしろものでは決してない。それをあの姫君はいとも涼しげに撃ってのけた。
だが、五郎太を驚愕させたのはそればかりではなかった。
(二発目だと!?)
間髪入れず耳に届いた二発目の銃声に、五郎太は堪らず柱の陰へと駆け込んだ。直後、氷のような汗が背筋を流れ落ちるのを感じた。
何たることだ! 弾込めなしに連射が利く鉄砲があろうとは!
流石イスパニア、鉄砲を生み出した国よ、と感じ入ると同時に五郎太が悟ったのは、刀槍の時代の完全なる終焉であった。
鉄砲の最大の弱点であった弾込めに要する合間――それがなくなったということであれば、もはや刀槍に勝ち目はない。右大将様が甲斐武田を向こうに長篠の戦で明らかにされた鉄砲という武具の優位性――だがそれはあくまで予め馬防柵を立て迎え討つという限られた条件を前提としたものに過ぎない。
これは違う、これはもうそんな土俵の話ではない。
あの
刀槍がものを言う時代は終わった。それはとりもなおさず、五郎太がひたむきに修練を重ねてきた
(だが、ただでは終わらぬ)
胸の内に沸々と滾ってくるものがあった。
新たに工夫された鉄砲を前に刀槍の時代は
――負けられぬ理由ができた。どうにも気乗りしなかったこの死合いに一本背骨が入った。
開戦の掛け声からわずかに遅れて、この戦いに勝ちを拾うための方策を五郎太は真剣に考え始めた。そこへ、蔑んだような女の声がかかった。
「どうしましたか? 決闘が始まって早々そんな所へこそこそと隠れて。まるでゴキブリではありませんか」
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