ネトリネトラレヤリヤラレ

 どうにもこうにも、俺の周りでロクなことが起きていない気がする。莉菜には裏切られ、優花には殺されかけ。

 莉菜はとりあえず折檻した。最後は干からびた何かの干物みたいになっていたが、あのくらいしておかないとたぶんまた悪さをするにきまっている。


 だが、気分はイマイチ晴れない。

 

 …………


 莉菜に折檻しても気分が晴れないのは、ひょっとして。

 優花に殺されかけたぶんの復讐をやり返してないから、かもしれない。


 でもなあ。

 優花とはもう別れたわけで。いくらやり返すつもりで会おうとしても不自然さは残るし。

 おまけに何やらまためんどくさい騒動に巻き込まれるのも勘弁だ。


 …………


 それにしても、宏昭は一度シメないとならない。いや、絞めないとならない。

 あれほど莉菜に手を出すなと言っておいたというのに、あっさり反古にしやがって。しかもそこから間髪入れずに優花とくっつくとか、いったい何様だ。


 …………


 うん、モヤモヤを残しておいてもなにもいいことはない。


 クッソ、優花と宏昭にやり返してから、縁を切りたいわ。再度俺は復讐へ走るぞ。


 ──そんな俺の決意を助けるような神のいたずらが、そのとき起きた。


 不意に振動する俺のスマホ。表示されているのは見たことのない番号。不審には思ったが、一応出てみる。

 

「……もしもし」


『……ちょっとぶりだね、貴史』


 声を聴いて、心臓がドクンと鼓動を打つのを自覚した。また番号変えやがったのか、優花は。


「呼び捨てにしないでくれないか。もう別れたんだから」


『あたしはまだ、正式に別れることに同意してないよ』


「なに言ってやがる。宏昭と付き合うことにしたんだろ? もう俺は無関係じゃねえか」


 その言葉で優花が黙った。しばらく続く不気味な沈黙。


『……じゃあ、今日の夜にでも会って、正式に別れ話しよう』


「は?」


『そうしてお互い、今までとは違う道を行く。そのための儀式みたいなものってことで』


 正直会いたくないという気持ちのほうが強いけど。

 ここを逃すと、優花に復讐できないかもしれない。そんな打算も働き、俺は提案を丸飲みし、今夜優花とこの前行ったショットバーで会う約束をした。



 ―・―・―・―・―・―・―



 夜八時。おれが『けむりのパイポ』に入ると、すでに優花はカウンターにいた。


「待ったか?」


 俺はそれだけ言って、優花の隣に座る。優花はこちらを見もしない。


「別に……とりあえず、何飲むの?」


「とりあえず、『どろりとした梅酒』を」


「わかった。じゃああたしは、『ぬるりとした梅酒』で」


「……べつに梅酒に付き合わなくてもいいぞ」


 なんとなく無言でグラスを合わせ、俺は梅酒を一気に煽る。このどろりとした感触が喉にまとわりついて、何やら気持ちが悪い。


 さて、そのまま無言で飲むだけで済ませるわけにいかないわけで。男のほうから切り出すのが一応の礼儀というものか。


「……結局、宏昭と付き合うことにしたってな」


「……」


「よかったな」


「……何が?」


「少なくとも俺よりいい男が、すぐ捕まって」


 俺の精いっぱいの嫌味に優花は答えず、ただ梅酒をあおるのみ。これで三杯目だ、ペースが早すぎる。


 ──仕方ない、俺も飲むしかない。



 ―・―・―・―・―・―・―



 おかしい。

 なんか前にもあったような気がする。俺はもう足腰ガクガクで、優花に支えてもらわないとまともに歩くことができない。

 意識だけは何とか精神力で正常を保てているとは思うが。


「少し、休んでいこうか? 貴史、やばそうだし」


「……ばっかやろ、俺たちが付き合い始めた時と同じじゃねえか。いらねえよそんな気遣い」


「……」


 優花が気遣うふりをしても、俺は冷たくあしらうのみ。

 だが優花は反論してこない。というか優花が何を考えているのかわからない。今日は刺されたりはしなさそうな雰囲気ではあるが。


「……うぷっ」


 酔いが回った状態で歩き回ったのが悪かったのか。俺の意識はそこでいったん飛んだ。



 ―・―・―・―・―・―・―



 やがて意識を取り戻したとき、俺はどこかのホテルのベッドで横になっていた。

 冷たいシーツに頬を包まれたまま目が覚める。


 思わずガバッと起き上がってしまったが、優花の姿は見えない。あわてて部屋の中を見回すと、浴室に明かりがついていることに気づいた。


 少ししてから浴室の扉が開き。優花が出てくる。バスタオル一枚の姿で。


「……気づいた? 意識がもうろうとしてたし、気持ち悪そうだったから、とりあえず休憩することにしたんだ」


 濡れた髪をかき上げながら、優花がそう言ってくるが、俺はむきになって不満をぶつけてしまう。


「ふざけんな。おまえとはもう彼氏彼女のカンケイじゃない。こんなところに一緒に入ったりしたら──」


 ──宏昭を裏切ることになる。


 そう言いかけて、俺はやめた。

 よく考えたら、俺は宏昭に裏切られてるんだった。なら、こっちが多少裏切ったところで、おあいこってなわけで。


 そんな思考をしている最中、優花は俺の前まで歩いてくる。


「入ったりしたら、なんなの?」


「……」


「あたしの彼氏で、大事な親友を、裏切ることになっちゃう?」


「……」


 見透かされてた。

 が、言い方からして罪悪感が全くない優花に、違和感を抱く俺がいる。


 いったい何なんだろうか。

 そんな答えの出ない悩みのループを断ち切るかのように、優花が自身を覆い隠していたバスタオルを、おもむろにハラリと落とした。


「お、おい」


 一糸まとわぬ優花の姿が目の前にあらわれた。

 なんのつもりだ、そう俺が言うより早く。


「……ね、貴史。親友の彼女……抱いてみない?」


 挑発的な態度なまま、俺の耳元に顔を近づけ、そう囁く優花。


「ほかの人の彼女なんて、抱く気にならない? 全然興奮しない? 他人の物を、寝取ってみたくならない?」


 優花の挑発は続く。俺は混乱した。

 確かに宏昭には裏切られた。だがその仕返しとして優花を抱くことに抵抗がないわけじゃない。そんなことをしたら、俺も宏昭と同レベルまで堕ちてしまうことになる。

 いやでも確かに宏昭にやり返す機会なんて、物理的な手法以外ではこれくらいしかできないかも、という腹黒な思いも心のどこかにあり。


 悪人にもジゴロにもなり切れない俺がずっと躊躇していると、じれたように優花が抱きついてきた。


「……あたしは、他人のものだから、大事になんてしなくていいんだよ……?」


 ぷっつーん。

 そこで俺の理性は崩壊した。


 ………………


 …………


 ……


 なんでだろう、じぶんから三回もしてしまうなんて。

 しかも……スゴクイイ。


 ──まるで莉菜との行為の時のように。

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