性(格)の不一致か、性(癖)の不一致か

 莉菜を必死になだめた日から、四日ほど経った。


 相変わらず、俺は優花と、表面上だけはうまく付き合っていたように思う。


 莉菜は莉菜で、こちらも頑張っているらしい。仕事に対して一生懸命に取り組んでいる。

 ま、もともとニートだったわけで、社会経験などないくせに必死で仕事をして家でくたくたになっている様子などを知れば、兄じゃなくても励ましてあげたくなるというもの。


「……今日もお疲れさん」


「お兄ちゃん……ありがと。精いっぱいガンバルよ」


「……ああ。応援してる」


「うん! だ、だからね、あの、もしよければ、今度の土曜日に、遊園地、ディルドーテントが無理なら年増援としまえんにでも……いっしょに行きたいなあ、なんて……」


「……」


 六十四点のくせに、目いっぱいかわいくおねだりしてくる上目遣いの莉菜。

 兄として思わず反射で頷きそうになったが、その日は優花との先約がある。


「ゴメン、莉菜。その日は予定があるんだ。また別の日にしてくれないか」


「ええっ……そ、そんなぁ……せっかくお兄ちゃんとデートしたくて無理言って休みもらったのに……」


「……本当にすまないと思っている」


「ううん……仕方ないよね。じゃあ、ひとりで家にいるのも滅入りそうだから、やっぱり出勤することにするよ」


 気丈にも笑顔で許してくれる莉菜に対し、俺は頭をなでることしかできない。


 ──いつか、この埋め合わせはするから。


 当然ながら心の声は届いていないだろう。



 ―・―・―・―・―・―・―



「きょうも、すっごく、よかった……」


「……」


 そして、とある木曜夜。

 優花と久しぶりのボディコミュニケーションを、某ラブホ内でとった。


 満足してつやつやしている優花とは裏腹に。

 俺は、納得いかない表情を隠しきれていなかったかもしれない。


 ──なんで、こんなに気持ちよくないんだろうか。


 莉菜とのアレやソレなど、なんというか本当にイケナイコトしてる感がいっぱいで、それこそ気を失いそうだったのに。

 あのときと比べると、だいぶ物足りない。ソフトもハードも。


 …………


 おい、比較対象が。

 いやでも、俺には莉菜と優花しか経験相手がいないわけだし、そこを比べてしまうのは仕方ないだろ。


 うーむ、このままでは優花に失礼だ。なんとかあの時に匹敵する快感を得られる方法を模索せねば。


「……どうしたの? 貴史はよくなかった?」


「いや……」


「え……あ、あたしやっぱり、ユルユルのガバガバなの!?」


 おい言い方。『やっぱり』ってなんだ。『ユルユルのガバガバ』ってなんだ。自覚あるのか。


「……そんなことはないよ」


「本当? ならよかったけど……」


 顔を見られたら満足していないとすぐばれそうなので、優花の顔を胸へと抱き寄せてごまかす。ついでにピロートークで追い打ちのごまかしだ。


「……あ、土曜日の約束、忘れてないよね?」


「もちろんだよ。修理終わるんだろ、スマホが」


「うん、やっぱり代替機は使いづらくて……よろしくね」


「俺が壊したんだからな、つきあうのは当然だし、気にしなくていいよ」


 棒読みセリフはバレてない。これが事後の力だ。


 …………


 優花はかわいい。個人的には九十点あげられる顔。スタイルもそれなりに出てるところは出てて、引っ込むところは引っ込んでいる。

 おまけに性格もいい。俺のことをずっと好きでいてくれたという一途さも感じている。締まりはともかくとして、不満などない。


 ──でも、気持ちよくないんだよなあ。


「ふふっ、幸せだな、あたし……ねえ、もう一回……」


 普通なら付き合いたてでこんなこと言われたら、もうそれこそ野獣先輩になるべきところだと思うが。

 今の俺には半分拷問にしか思えないのがつらいところ。


 ……性の不一致って、男女が別れる一番の原因なんだよな……



 ―・―・―・―・―・―・―



「……で、だ。どうすればいいと思う? 宏昭」


「死ね」


「なんだ、この前の続きをしたいのなら、それでもいいぞ」


「いいかげんにしろよ! なんなんだ貴史おまえは。妹に手を出すなだの金返せだのさんざん罵倒した挙句殴りかかってきやがっただけでも腹立つのに、その上牧原さんといつの間にかつきあいだしただけでなく夜がうまくいってないから何とかしたいとか相談持ち掛けてくるなんざ、『死ね』と俺に言われることを期待してるとしか思えないだろ!」


「……さーせん」


 俺は金曜の朝早くに宏昭を捕まえ、某ハンバーガーチェーンへと拉致した。

 ここは禁煙なので宏昭のイラつくしぐさも見ずに済む。


 というか、元はと言えばこいつがいろいろな原因なのだからここまで言われる筋合いはないのだが。

 溺れる者は宏昭をもつかむ。俺よりも経験豊富なやつで、相談できそうなのがこいつしかいないんだ。我慢我慢。


「ちぇっ……俺も牧原さん、狙ってたんだけどなあ……」


「人徳の差はいかんともしがたいな、宏昭よ」


「うわ上から目線ムカつくわ。ま、捨てられないように気をつけろよ」


「負け犬の遠吠えも甚だしいな」


「うっせバーカ。というかな、牧原さんのことで……あまりよくないうわさも聞いてるしな」


「……よくないうわさ?」


「おう。バツイチって言ってただろ。で、離婚した理由だが……牧原さんの浮気が原因なんだと」


「はあ?」


 ああ、確かにバツイチということは聞いたが、離婚の原因までは聞いてなかったな。

 しかし、優花が浮気、ねえ……


「で、だ。有責だから慰謝料も払う羽目になったらしいがな。なにやら人には言えない方法でそれを稼いだという噂が」


「おまえと同じか」


「一緒にすんなよ! いや、知らなかったとはいえ、確かにお前の妹をたぶらかしたのは悪いとは思ってるが……」


「口だけ反省すれば許されると思うな」


「チッうっせーな。反省してまーす」


 大きく振りかぶってー。


「だから顔はやめろ顔は! ボディーにしてくれせめて!」


「……まあいい」


 朝も早くから、宏昭と殴り合いをしに来たわけじゃない。やめとこう。


 しかし、人には言えない方法、ねえ。


 ……まさか。


 いやいやいやまさかまさかだ、さすがに優花がそこまでするとも思えない。看護師ってハードな仕事だけど給料はいいとこも多いから、まっとうに働いて返したんだろ。


「とにかく、調べる気はあまりないけど、何かわかったら貴史にも教えるから、それで許せ」


「そこは調べろよ。あと、莉菜には今後一切手を出すな、それも追加だ」


「わかってるよ。こっちは最近羽振りのいい上客がついてな。リナがいなくても大丈夫だから」


「ほう、それはいいことじゃないか。金返せ」


「ない袖が振れるか。まあ、ひとつだけ除けば文句ない客だ。とにかく、今の時点で知ってることはそれで終わりだ。俺は眠いから、そろそろ帰る」


「あ、ああ……まあ、しょうがないな。一応礼は言っておく。ありがとな」


「おう。じゃあな」


 宏昭はあくびをひとつしてから席を立ち、マクヤブルドを出ていった。


 …………


 あ。

 性の不一致に関する対策の仕方を聞くの忘れてたわ。


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