第6話【いつもの部室】

 ハルヒは猪突の勢いそのままに、部室棟にある我らがSOS団の部室に颯爽と到着したわけだ。

「やほー!」

 いつも通りの掛け声で、勢いよく扉を開ける。いつもと違うところがあるとしたら、それは両手が荷物で塞がっていることくらいだ。——勿論、その荷物とは俺と国木田である。

 部室には既にお馴染みのメンバーが揃っていた。朝比奈さんがまず俺達を出迎えてくれる。いつものメンバーの中で、俺のメンタルに潤しと憩いを与えてくれるありがたい先輩女子が朝比奈さんだ。気品を漂わせる可憐さでその場に佇み、誰もの目を引く。それでいて彼女自身はとても謙虚で慎みのある、そんな非の打ち所がないおひとである。その朝比奈さんは、手提げカバンよろしくハルヒに引っ張られてきた俺と国木田に少し驚きを見せたものの、その反応もすぐに消え、急いで三人分のお茶を淹れ始めた。慣れたものである。人間ふたりを引っ張ってこようが、紙袋を二袋引っ提げてこようが、ハルヒにとってそこに大した違いはないということだ。

 あとの二人はいつも通り。古泉は例によって怪しげな笑みを携えてパイプ椅子に腰掛け、こちらをちらりと一瞥しては意味もなく微笑んでいるだけだし、長門に至っては刹那に視線を向けただけで既にいつもの読書に戻っている。放課後のここ空間に存在する相変わらずの日常の姿だった。


 部室は暖房がしっかりと効いているようで、室内の空気はやや乾燥しているものの、暖かく穏やかだった。ここに放り込まれてハルヒの楔から解放された俺と国木田。国木田は案の定慣れない空間に少し居心地が悪さを感じているらしく、頬を指先でかいている。それから観念したように俺の隣のあったパイプ椅子に腰かけた。そしてそう広くもない部室のあちこちを確認するようにして見渡す。——別に敵意を放つものなどは置いていないハズなのだが、まァこの場を警戒するのは無理もない。連行の実行犯でもある当のハルヒは、団長席に座り朝比奈さんのお茶待ちだ。

 しばらくすると国木田のやつ、誰も何も言わない空間に堪り兼ねたのか、ぽつりと俺と古泉の方を見て言った。

「……僕は、どうすればいいのかな?」

 そんなこと、俺が知るはずもないだろう。

「とりあえず、座っておけばいいんじゃないのか」

 その後しばらく、俺とは古泉と国木田とで他愛のない世間話で時間をつぶしていた。そうしていたら朝比奈さんが、慣れた手つきで我ら男衆にお茶を差し出しにきてくださった。

「——お口にあえば、いいんだけれど」

 この謙虚さよ。ハルヒと長門には是非見習っていただきたい。そんな彼女の手を通して生じた何かは森羅万象、最高の何かに生まれ変わるのさ。

「ありがとうございます」

 おや。隣から俺の鼓膜を刺激した声は、いつもの古泉の声にしては少しオクターブが高めだ。それもそのはず、声の主は古泉ではなく国木田で、奴は朝比奈さんから遠慮がちにありがたいお茶の注がれた湯のみを受け取っているところだった。口から湯気の筋が漂う。それはほんのり立ち上がってから空気中に散っていった。国木田に倣い、俺と古泉もお茶を頂戴し、それぞれの傍に寄せる。ふと、お茶の熱が湯のみを介して指先に伝った。あったまるもんだよ。

 朝比奈さんは軽く微笑み、その人間性から溢れ出る温かみを存分に醸し出している。

「ええと……国木田くん。映画とか、その他諸々、ありがとうございます」

「いいえ。お役に立てたのなら何よりです。とても似合っていますね」

 あ、この野郎。

 国木田は、俺が心でいつも思っていることを口に出した。朝比奈さんは控えめな笑顔で、国木田に応えている。

「ありがとう。そう言ってくれる人って、あんまりいないから——」

 そう言って、「嬉しい」と朝比奈さんは言った。俺の心臓が飛び上がりそうだった。今日から一日一回、褒めちぎる習慣をつけようかな。

 などという妄想を繰り広げていると、今度は横から古泉が話に割り込んできた。

「こうして話すのは初めてですか。古泉樹です。よろしく」

「僕は国木田。九組の人だよね。よろしく」

 国木田と古泉。似たキャラではあるが、どこか根本的なところで異なっている匂いがするな。古泉の超能力者という属性のせいか?

「ところでお二人、涼宮さんに手をひかれて一体どうしたんですか?」

 俺が聞きたい。国木田も首をかしげて「さぁ……」と答えている。

「むりやり引っ張られてきたから。ねぇ、キョン」

 全くだ。国木田までここに巻き込んでどうするつもりなんだか。とりあえず、ただ無為に時間だけ過ぎ去っていくのも勿体ない。俺は暇つぶしツールをしまっていた小箱を漁る。

「チェスでもするか?」そう言うと、国木田と古泉がなんとなく乗ってきた。

 窓の外を見やると、ちらついていた雪は深々と降りはじている。窓の向こうは凪いでいるようで、外の枯れ木は音もなく屹立していた。いつの間にかハルヒもその物寂しげな風景を眺めている。やつは今何を考えているのだろう。そう思いながら団長席を眺めていた。

 ——視線の先の椅子がぐるりと半回転。ハルヒの自信満々の表情を俺の目の前に現れた。

 自信に満ちた声が響く。

「それを今から説明するわ!」

 言い終わらないうちに立ち上がり、高らかに演説するようなポーズに入っていた。

 国木田含む全員が、ハルヒの言葉に耳を貸す。

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