第3話【国木田の話】

 さて、場面は切り替わり、ただいま掃除の時間である。俺は可能な限りハルヒから離れ、変わり映えのないいつもの二人とのんびり教室の掃除に取りかかっていた。単に持ち場が違うだけで、これだけ接点も薄れるもんだ。人と人の距離感ってのはわからないもんだ。

 そんな他愛のない事を考えていた俺に対し、国木田が箒でゴミを集めつつ何気なく話しかけてくる。

「もうすぐテストだよね。二人とも、今回は勉強している?」

 なんとも平凡な話題だ。頭は痛くなるのだが。

 だがしかし、こんな余暇にも試験の話題に触れるという時点で、俺とは試験に対する心構えが違うよな。とりあえず俺は、俺自身の心構えを誇示するかの様に、何事でもない風を装って返事をしてみるのだ。

「何事も程ほどに、だな」

 国木田は笑う。無邪気さが小憎らしい。

「でも、さっき岡部に言われていたのって、テストのことでしょ。多分だけど」

 おやおや、中々に良い勘をしていらっしゃる。

 一方で、それを聞いていた谷口が「なんだよ」と愚痴をこぼしながら実に嫌みったらしくため息をついた。

「テストの話なんてしたくないね」

 うむ。全く同感だ。

「でもさ、そろそろ取り掛からないと危ないよ。特に谷口はもうちょっと、緊張感を持った方がいいんじゃない」

 くたびれた塵取りを手にゴミを集め終えた谷口が、ゴミ箱にそれを放り込みながら反論する。

「なんで俺だけだよ。キョンもおれと同じくらいあぶねーっつの。ていうか、お前の対策が万全ならさ、ちょっとくらい教えてくれよ。なっ?」

 待て谷口。今のは同意しかねるぞ。

「俺の成績がそこまで落ちぶれた覚えは無い」

「せいぜいお互いどんぐりだっつの」

 露骨に不機嫌そうな返事だ。すると、横から国木田が不可思議な発言をした。

「キョンの成績は詳しくは知らないけど、なんとかなるんじゃないかな」

「なんだと?」

 どんな判断なんだそれは。お前がそう言うのなら、今日から俺は試験を忘れてフリーダムに生きることも吝かでは無いのだが。

「何か根拠があるなら、ぜひ俺を安心させてくれ」

 軽い発言のつもりが、割りと真剣みを帯びたものになってしまった。どうやら口では屁理屈でかわしつつも、やはり本能的に危うさを認識しているのだろう。そんな俺の気など露知らず、国木田は妙に笑顔だ。よく判らないが……何故か鼻につく。

「とりあえず、俺はお前の様に優秀だった覚えは無いのだが——」

 国木田は珍しくニヤリと笑っていた。わかってるくせにとでも言いたげだ。さっぱり伝わってこないんですけど。

「だってさ、よく涼宮さんがキョンの勉強を見てくれているじゃないか」

「……なんだと?」

 もったいぶった口調でそう言った国木田だが、やはり、理解出来ない。だが、谷口はその意を察したのだろう。わざとらしい相槌を打っては、実にわざとらしくため息をついた。

 なんなんだこいつらは。二人して俺をからかっているのか?

「そうだよなぁ。お前には涼宮がいるんだよな。羨ましくないけどな」

 大きなお世話だ。

「何をバカなこと言ってんだ。第一、あれが役に立ったっていう自覚は一切無いからな」

「そうなの? どっちも結構、楽しそうにしていたじゃない」

「なんなら代わるか?国木田」

 そう言ってみると国木田はあははと笑っていた。妙にマイペースだ。こいつの持つ独特の雰囲気。なんだかんだでこいつも、読めないといえば読めないやつだった。

「遠慮しとくよ。僕じゃ、つり合わないだろうしさ」

 言葉を微妙にぼかしてかわす。悔しいが、言葉を選ぶのも上手い。

「さ、そろそろチャイムが鳴るよ」そう言って、国木田はテキパキと掃除用具をロッカーにしまう。

 まさしくいつも通り。平凡な学校生活の一ページだった。

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