最終話 姫とおっさん

 実際、ソフィはうまくやったと思う。


 戦争月のさなか、敵と戦いながら、醍醐だいごの魂を復活させようとしていたのだから。

 王女としての責務を果たしつつ、異世界人の命を救う。


 結果的にどちらも成功した。


 オイラー帝国の使者が、敗北を認める宣言書を携え砦にやってきた。

 そもそも、ノイマン王国兵に偽装しソフィを直接襲撃した部隊と、その後包囲してきた騎馬軍団以下が、最後の帝国側戦力だった。


 それが全滅した今、帝国に戦争月を継続しうる兵はいない。


 ノイマン王国戦争月総司令、サリュース・フォン・ノイマン王子は宣言書を受理した。


 ここに、戦争月は王国の勝利で終結したのだった。



◇◇◇


 戦後交渉が二国間で進む中、王国軍は王都への帰還の途についていた。

 カールガウス大森林は広い。

 王都までは徒歩で十日、馬で六日かかるのが普通だ。

 だが、誰の顔にも疲れは見えない。


 凱旋だ。


 戦争月に参加した兵には多額の報奨金が支払われる。

 平民なら一生暮らせるぐらいの額だ。命の見返りなんだ。そのくらい、当然だろう。


 誰もが笑顔だ。

 故郷で待っている家族や恋人を思い出しているのだろう。

 ソフィたち王族や貴族は馬車で移動している。


 陽が落ちれば、仮設の砦を作って交代で寝る。

 ここでソフィの出番だ。アイテムボックスから砦を取り出す。

 以前は材料を収納するのが精いっぱいだったが、魔法の性能が向上した今は組み立てた砦をそのまま収納している。

 作業時間が圧倒的に短縮されたが、初めて見たサリュース王子が目を丸くしていた。

 サリュースはソフィの異母兄だ。

 ノイマン王には第4夫人までいる。一夫多妻制だ。


「ソフィ、複合魔法ハイブリッド雷炎ライトニング魔法フレイムを操るようになったのにも驚いたが、この収容力はさらなる驚きだ……」

「あら、お兄様、まだまだ余裕がありましてよ。アイテムボックスが生きているものにも使えれば、部隊丸ごと転移で運ぶことも出来るのですが」

「それほどの量をか! 収納魔法で部隊を運べたら、戦略的価値は途方もない。敵軍の司令部に全部隊を投入すれば戦争月はあっという間に終わるだろう」

「そんなはダメという神の計らいかもしれませんね」

「ああ、まったくだな」


 サリュース王子にも笑みがこぼれた。


 サリュースは苦労人だ。第二王子故、政治より武術の鍛錬に重きを置かれ、こうして戦争月にも駆り出される。そのうえ、今回は緒戦からことごとく帝国に裏をかかれ、敗退しつづけた。

 ソフィの活躍があっての土壇場での逆転勝利だった。

 一番安堵しているのは、王子かもしれなかった。


 歩兵に合わせたので、それからきっかり十日後、部隊は王都に到着した。


 都内に繋がる街道の大門が開くと、多くの都民が出迎えていた。

 大歓声だ。


 白銀の開放型馬車オープンカーが用意されていた。


 サリュース王子とソフィは戦用の馬車せんしゃからそれに乗り換えた。


「このまま凱旋パレードにて王城へ行くのですね」

「そうだ、ソフィ。民に喜びを以って応え、王国の威を示そう!」


 馬車は二人を乗せて、目抜き通りをゆっくりと城に向かって駆けていく。


「サリュース殿下!!」

「ソフィーリア姫殿下!!」

「おめでとうございます!」

「ありがとうございます!」

「ノイマン王国、万歳!!」


 立ち並ぶ人々が口々に二人を讃える中、白銀の馬車に乗る王子と王女は、いつまでも手を振っていた。


 花のように美しい微笑みをふりまいて。


 それはまるでおとぎ話の一節のような光景だった。


 めでたし、めでたし。



― 完 ―





 いや、ちょっと待て!


 はどうなった!


 てか、なんでまだ俺の人格が残ってるんだ!?


 フリップフロップ回路はソフィの中に出来あがっているから、あっちの世界の電素セル魔法にも、俺の出番はないはずだが。


(えー、だってようやくここまで育てたんだもん、消せるわけないでしょ)

(ソフィ! なんか急に心の声が駄々洩れになってるじゃないか?)

(だって、ディーゴは私なんだもん。それに気がついたディーゴは、もう既に私の本音が聞こえるようになっているのよ)

(ええっ?)

(ずっと我慢してたんだからね! 本音を明かすの)

(そ、そうなのか、ソフィ)

(そうです! だって、あなたはディーゴなのよ! 私の憧れる椥辻なぎつじ醍醐のコピーなのよ! そりゃもういとおしいわよ!)

(は? なんか今ものすごいこと告白しませんでしたか!?)

(だってディーゴも私なんだから、わかるでしょ! 私が醍醐に夢中なの!)

(ええええ!? いやいや、わからんわっ! あのハゲデブおっさんに夢中???)

(自分を卑下しないでくださいまし! って違うか、ディーゴと醍醐は別だから、醍醐をディスらないでくださいまし! あー、私も混乱しちゃう! とにかく、そのおっさん具合がいいんじゃない!)

(はあ?)

(だって、神の領域ですよ! 55歳。そんなレジェンドが目の前に。さらにあのオタク度の濃さ!。ああ、もう、尊すぎる! 最初の衝撃ファーストインパクトからずーっとソフィのハートはズッキュンでしたわ!)

(あー、そーか、あれだ、あれだな。ボーイズラブならぬ、おっさんラブ。こじらせすぎだろ、ソフィ)

(なんとでも言いなさい! 恋は盲目なのよ! フォーリンラブは突然起こるものなのよ! でもまさか出会ったばかりで醍醐が消えてしまうなんて、私はパニックになりそうだったわ! そうりゃもう回復と再生のために努力と根性で必死だったわよ! あらゆることに優先して!)

(そうか、それでおっさん愛で異世界転移までしちゃったのか……)

(醍醐の世界を見てみたいという興味もあったけどね。でも、あの転移の時は本当に死ぬ覚悟で跳躍したのよ。醍醐のいない世界なんて耐えられないし)

(死なばもろとも!? ソフィ、恐ろしい子! まあ、そのおかげで醍醐の魂も復活したし、ソフィの魔法も飛躍的に強化されたけどな)

(そうよ。フリップフロップには驚いたけど。さすがは甘南備台かんなびだい先生と思ったわ)

(ふーん。でもその姉ちゃんでもソフィが醍醐に恋してるなんて見抜いてなかったぞ。ソフィの行動は贖罪だと考えていたようだからな)

(だって、醍醐本人に告白する勇気なんてあると思う? いやない! 無理!)

(は?)

(もし、もしよ、醍醐に告白して、断られたら? 私のガラスのハートは木っ端みじんよ!)

(ズッキュンされたり砕けたり忙しいなハート! しかし、どこがガラスだって!? ゾウが踏んでも壊れないだろ!)

(ひっどーい! 可憐な乙女にそんな暴言!)

(うん、まあ、しかし、なんだ、確かに俺も自分が美少女になったことを喜んではいたが、恋愛感情と言われると。うーん? 自分の本当の娘だったらいいなとは思ったような……。うーん。うーん。さないより年下だしなあ……)

(がーーーん! やっぱりそうなのね! 私とずっと一緒にいるディーゴですらそうなんだから、醍醐のハートを私が盗めるなんて小数点以下の確率よ!)

(政宗かよ!)

(というわけで、醍醐にはゼッタイ告白出来ないの! だからディーゴは消さないの!)

(ちょ、待てよ。それってつまり俺は醍醐の身代わりか?)

(えへへへ。ということで一生付き合ってね! もう死ぬまで一緒よ!)

(ソフィ! まさかのヤンデレ! ちょ、待ってくれ! こんなのはイヤだ! やり直しを要求する!)

(もう遅い!)

(そんな、ばかなあ!!!)


 そして二人は永遠に。


 めでたし、めでたし。



― 完 ―




 って、まだだ。まだ終わらんよ!


 よく考えたら、俺もソフィなんだ。

 表に出るのは簡単。


「ふう」


 俺がソフィの体を乗っ取った。

 自分の体だから乗っ取ったというのも変だが。


 もともと、ソフィが醍醐の魂を再生している間は俺がソフィの体を動かしていた。

 これまで、なまじ醍醐の人格と記憶があったがために、ソフィの体や魔法を完全に使いこなしてなかったが、今は違う。


 自分の体だと知っているからだ。


(ちょっと、ディーゴ、体の制御を奪って、一体何をするつもりなの!)

(決まってるだろ。またあっちの世界に跳ぶんだよ)

(まさか、ディーゴ、あなた……)

(そうさ、醍醐に告白してやるよ。ソフィの代わりに。というか、俺もソフィなんだから、別にいいじゃないか)

(ダメ! ゼッタイ!!!!!)

(そうはいくか。俺はソフィの愛玩動物ペットじゃない。ましてや醍醐の代用品でもない。ちゃんと気持ちに決着をつけるんだ。覚悟を決めろ! ソフィ!)

(いやあああああ! それだけはいやあああああ!!!!)

(だーめ、行くぞ!)


 俺は異世界転移した。


 それからどうなったって?


 それは……。


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これでホントにおしまいです。

またどこかでお会いしましょう。

では本当に、


― 完 ―

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