第12話 姫、手料理を食べる

「報告を続けます。先ほど申し上げたように個人事務所の設立についてメディア事業部長が了承済みです。朝一番に社長の快諾も得たので、弊社名にて関係各位に通知します」

鶏冠井かいでとこの会社名で?」

「はい、資本関係はありませんが、弊社と昵懇じっこんである旨のアピールです。『うちの舎弟に手出したらてめーどーなるかわかってんなー』です」


 鶏冠井さん、ドス効いた演技上手いっすねえ。

 新人いじめって、きつそうだもんなあ。上下関係にもうるさそうだし。芸能界。


「逆にオファー殺到の防波堤としても弊社の存在が必要と考えます。出版、映画、アニメ、音楽、ライブ、イベント、テレビ、ネット、ゲーム、カフェ・レストランまであらゆるチャネルに影響力のある弊社が、全力で女神さまをお護りします」

「総合警備会社か!」


 思わず突っ込んでしまった。


「あ、それはありかもしれません。女神総合警備サービス。ストーカー対策も必須ですから、部長に進言しましょう」

「ええ……鶏冠井さん、本気ですよね、それ」

「はい!」


 目が笑ってない。怖いよ鶏冠井さん!


「会社設立の届出等は弊社法務部に代行を頼みました。社印と代表者印を現在作成中で、出来上がり次第登記をいたします」

「え、じゃあ事務所の名前、決まってるの?」


 おいおい、話がどんどん進みすぎだろ。


甘南備台かんなびだい先生とメールで意見交換して、決めましたが、まだお聞きでないですか?」

「ああ、別の話をしていて、それはまだだ」

「ではわたくしから。事務所名は、パンパカパーン。有限会社ゴッデス・エンジェル~~! ぱちぱちぱちぱち」


 鶏冠井さん淡々とふざけないでくれますか?

 って、女神ゴッデス天使エンジェルって、そのままやん!

 姉ちゃん、作家としてそんなセンスでいいの?


「シンプル・イズ・ベスト・ビューティー。女神か天使かでちょっと意見が割れましたが、両方つけちゃえということになりました」

「ええ……。まあいいや……。気にしないことにしよう」

「醍醐さんの実印はありますか?」

「ある。アパートの部屋だけど」

「では、後ほどご一緒に取りに行きましょう。荷物も運ばないといけませんし」

「荷物も?」

「はい。女神さまのお住まいもご用意できております。実は弊社所有物件ですが」

「鶏冠井とこ、不動産ビジネスもやってるのか」


 姉ちゃんも知らなかったようだ。


「ええと、鶏冠井さんの会社って、筈巻はずまき書房だったよね?」


 姉ちゃんの版元の一つだ。姉ちゃんは他からも出しているが、一番多いのは筈巻書房だ。


「あっ、これは失礼しました。昨日、女神さまに目がくらみ、名刺をお渡しするのを失念しておりました。わたくし、こういう者です」

「あ、どうも」


 ソファから立ち上がり、45度のお辞儀で名刺を渡してくれた。

 俺も思わず立ち上がって両手で受け取ってお辞儀した。サラリーマン時代に染みついた癖だ。


「HAZUMAKIホールディングス。編集部ディレクター、鶏冠井ゆり……」

「3年前にHAZUMAKIホールディングスになりました。現在、筈巻書房は出版と書籍流通を担当していて、編集部はHAZUMAKIホールディングスにあります。ホールディングス化以来、弊社はM&Aを積極的に進めておりまして、先ほどのメディア関連はもちろん、ホテル、レジャー、ツアー、人材派遣、マンション、ビルメンテナンス、アパレル、ファンシーグッズ、カルチャースクール等々、幅広い業種を傘下に抱えております」

「そうなんだ。ホールディングスになったのはもちろん知ってるけど、グループ企業がそんなにあるとは。儲かってるね、鶏冠井の会社」

「それはもう、ミリオンセラー作家の先生のおかげでございます」

「口がうまいな。で、ソフィの家はどんなとこだ?」

「付近の治安が良いことが絶対条件ですので、………駅すぐのマンションをご用意しました」


 ………駅って、高級住宅街の………町じゃないか! ああ、地名は伏せておくよ。いろいろ差しさわりがあるから!


「タワーマンションではないタイプですが、コンシェルジュが24時間常駐しています。外資系ディーラーや、IT企業の社長、二世政治家などが主に入居しています。外国人も多いので、女神さまも不自然ではないでしょう。芸能人も数人いますが、お笑い系なので女神さまとはバッティングしないかと」

「高そうだな」

「それほどでも。月75万円程度です」


 高けーよ!


「あ、女神さまのご負担はありません。専属契約の一部です。メディア事業部に負担させました」

「もしかして、鶏冠井さんってめっちゃ権力持ってるの?」

「まさか。女神さまのフォトを見せたらみんな二つ返事で了承してくれました。くくく」


 ダーク鶏冠井が漏れてるんですけど!


「なるほど。しかしさすがは鶏冠井だ。報告は以上?」

「はい、わたくしからは。先生、何かご意見ご質問はございますか?」

「鶏冠井に頼んだ件ではないが、魔法の構造の一端が分かった。座標と関数の組み合わせだ。リーマン幾何学のようだ」

「正の曲率を持つ座標平面上に展開されるということですね。さすが先生。解析が順調に進んでいますね」

「それとソフィの中でなら、魔法が動作することが確認出来た」

「女神さまの中、というのは肉体、ではなく精神、ということでしょうか?」

「そうだ」

「魔法は精神と魔素マナの結合と説明がありましたね。この世界では精神と電素セルの結合になるのでしょう。でも、内向きには発動するのに、なぜ外向きに発動しないのでしょう?」

「それなんだ。なにか突破口がないかと考えてるんだが。魔素マナのある世界と電素セルのある世界。何が違うんだ」

「醍醐さんの言ってた、運動量保存則も片道ですね。こっちからあっちへ跳ぶときは爆発的なエネルギーを生むのに、あっちからこっちにくるときは船酔いみたいになるだけ。非対称事象ですね」

「魂が質量を持つ、という話もな。召喚直後は体の制御を醍醐が完全に乗っ取っていたのは事実だから、そこにもなにかヒントがあるように思う」

「そうですね」

「まあ、そうそう簡単じゃないさ。気長にやろう。お、もうこんな時間か」


 書斎には壁に時計が掛けてある。

 午後0時15分。


「鶏冠井、昼ご飯、どうする?」

「コンビニでおにぎりかパンを買うつもりでした」

「早起きしたんでお腹がすいてきた。ピザの宅配でも頼もう。鶏冠井も食べるだろ」


 ソフィがパッと手を挙げた。


「カンナビダイセンセイノ、テリョウリガ、タベタイデス!」

「ええ……。朝やったから、もう勘弁してくれよ……」

「先生、よかったらわたくしが作りましょうか?」

「いいのか? でも、あまりストックがないぞ」

「あまりないということは何かあるということですね。なら大丈夫です。一人暮らし10年のわたくし、冷蔵庫残り物メニューは得意中の得意でございます。女神さま、残念ながら先生ではありませんが、わたくし鶏冠井の手料理、お召し上がりいただけませんでしょうか?」

「カイデサンノ、テリョウリ、タベタイデス!」


 ソフィの奴、両手挙げてバタバタし始めた。何のアピールだよ。


「お任せください!」


 ま、俺も鶏冠井さんの手料理、食べたいし。ソフィ、グッジョブ!



◇◇◇


 豪華だった。

 しかも、めちゃくちゃ早かった。手際がいいなんてもんじゃない。

 あ、ありのままを話すぜ……。何が起こったのかわからなかった……。


 リビングのローテーブルに並べられたのは……。


 豆腐と冷凍ご飯を使った、お豆腐とトマトのリゾット。トマトはケチャップで代用したそうだ。

 余っていた野菜とハムで作った、野菜のキッシュ。生地は餃子の皮を使ってる。

 ツナ缶と玉ねぎのサラダ。かつお節と刻んだシソが和えられて風味を深めている。

 豆腐は余っていたので、豆腐と刻み野菜のかき揚げ。ご丁寧にハート形に成形してる。

 更に、素揚げした春雨に豆腐、きゅうり、ニンジンを炒めたあんをかけた、なんちゃって皿うどん。

 コンソメで作ったポトフ。

 そして即席のお漬物。いや、ピクルス。角切りにした野菜につまようじを挿して、手に持つところに可愛いテープが旗みたく巻いてあった。


 鶏冠井さん、お嫁に欲しいです!

 って、リアルの俺だったら冗談でも言えませんが!


 ……あっ、姉ちゃんの女子力高いの、鶏冠井さんの影響じゃね?



「イタダキマーース!」


 体の制御はソフィ。いや、そりゃそうでしょ。ソフィにしてみれば今日初めての食事だもん。手料理食べたがってたし。


「オイシーデス!」

「女神さまに褒めていただいて、わたくしスライムのように溶けてしまいそうです」

「いや、こりゃ大したもんだよ。ぱぱっと作ってるのに、なんでこんな味付けが出来るんだ?」

「先生、慣れです。やれば出来ます」


 味は俺にも伝わる。確かに美味しい。冷蔵庫の残り物を漁って作ったとはとても思えんかった。


 え、体の制御をソフィがしてても、感覚を切ってなければ当然五感は伝わるよ。

 その割にはブラ付けてる時の感覚描写がほとんどなかったって?

 あの時は我慢してたんだよ! 変な気分になるとヤバいだろ!


「ゴチソーサマデシタ!」


 食べるの早やっ!


 片付けはソフィも手伝った。鶏冠井さんは一人でやりますと言ったが、そうもいかんでしょ。

 いつの間にか俺に制御が移っていたけど。洗い物苦手なんかよソフィ!


「では、先生、女神さまを連れて病院へ参ります」

「へ?」

「体の様子を見に行くだろ。鶏冠井にメールしといたんだ。部屋が決まったから、ついでに引っ越しもな」

「え、これから? でも、引っ越し業者とかは?」


 少ないとはいえ、俺の部屋には家財道具がある。布団とか、押入れ収納ケースとか、ノーパソとか。


「大丈夫です。そうなるだろうと思って車で来ております。ここの駐車場には入らなかったので、この先の時間貸し駐車場コインパーキングに停めてます」


 入らなかった?


 鶏冠井さんが用意した帽子、マスク、サングラスを装着してマンションを出た。

 買った服や下着などは段ボールに入れて、鶏冠井さんが台車を押してくれてる。


「これです」


 鶏冠井さんが乗ってきた車は、2トンロングトラック、それも箱車だった。


(注:箱車とは、荷物を積むところが、オープンな台じゃなくてコンテナみたいな箱になってるトラックのことです。)

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