第2話 姫、狙われる

 さて、肝心の、ソフィの大魔法・運動量保存コンサーベイション・オブ・モーメンタムと俺の関係について話そう。


 ソフィは魔法の才能に恵まれたが、適性が時空魔法特化だった。

 時空魔法とは見えない障壁の展開や、物品を異空間の倉庫に収納する術などを指すらしい。

 空間転移や飛行術なども使えるのだが、これは自分自身か、またはごくごく軽い物体に対してしか無理らしい。

 自身に肉体的な戦闘力があれば敵の本陣に瞬間移動して司令官を暗殺、なんてことも出来るかもしれないが、ソフィには無理だった。まあこの細腕ではね。

 弓を引くにも胸が邪魔だし。

 うん、邪魔だな。


 時空魔法以外の魔法が全く使えない、というとそうではない。時空魔法以外は猛烈に燃費が悪いうえに効果が小さすぎて実用レベルではないということだ。

 たとえば明かりの魔法ライトを使っても、近づけてかろうじて字が読める程度の明るさしか得られない、というレベルらしい。


 よって戦争月では直接的な攻撃力にならないため、これまでは本陣の防御を魔法で固めたり、食料や物品を異空間に備蓄したり、などを担当していた。

 王族という立場もあり、後方支援でむしろよかったのだろう。

 バリアにアイテムボックスって、かなり便利で優秀な魔法だと思うし。


 ところが、ある日偵察部隊の護衛係シールダーとして同行している時、魔獣の群れに遭遇してしまった。

 広いカールガウス森林ではほとんど起きない偶然だった。そもそも戦争地域は魔獣の巣から離れたところに設定されている。

 もちろん巣からはぐれた魔獣がいることはあるが、あらかた戦争月前に討伐される。

 でないと戦争に集中できない。

 そして、万一遭遇したとしてもやり過ごすのがセオリーだ。

 偵察兵はその目的上音を出さないよう鎧を纏わず、盾も持たず、武器も護身用の短剣を持つ程度だ。

 だからソフィが同行し、いざという時は障壁魔法を展開出来るように準備していた。

 が、魔獣に対するには不足だった。


 そして、はじめて野生の魔獣の群れを見た――知識としては知っていたが――ソフィはパニックに陥った。

 空間転移で逃げようとして、よく似た術式である転移魔法を発動させてしまったのだ。


 と、ソフィ本人は言っていた。


 実はこのくだり、ちょっと怪しいと思っている。

 そう説明したソフィの目が泳いでいたように思えた。

 過去の仕事上の経験から、俺は人の表情を読む癖がある。

 ソフィはパニックになってつい、などではなく、新しい術式をチャンスとばかり試してみたくなったんじゃないか?

 そしたらエライ威力すぎたので、偶然だったんです! って言いはってるだけじゃないかって。


 こいつ、人の都合なんて聞かないし、案外したたかな部分もある。

 そもそも、戦争とはいえ、人を殺すことに迷いがない。

 戦争行為の張本人の王家の人間だから当たり前っちゃ当たり前なんだが。

 現代日本人とは道徳や美徳の感覚がかなり違う。

 だからこそ俺もゲーム感覚でいられるのかもしれない。ソフィが敵兵を殺傷するたびに苦悩してたら、俺の心も病むだろう。


 王女様だから、わがままなだけかもしれないけど。


 まあ、それはさておき。


 とにかく、その魔法になぜか俺が――俺の魂が――反応したのだ。


 そして気がつけば、周囲の魔物、のみならずあたり一帯を爆散させていた。


 俺=ソフィは偵察部隊により本陣に連れ戻された。

 俺は単に事情がさっぱり分からなかっただけだが、意識障害を起こしていると思われたようだ。

 それに大爆発で偵察どころではなくなったし。


 帰途の道中、魔力が回復したソフィにより、さっき話したような経緯で俺は元の世界に戻された。


 本陣では、ソフィが攻撃魔法に覚醒したことになったらしい。偵察部隊が目撃していたしな。

 だが、司令官はにわかには信じなかった。

 そこでソフィの魔法の試験運用をすることにした。


 まあ、そりゃそうだよな。

 見せてもらおうか、ソフィの新魔法の性能とやらを! って感じだな。


 3日後、森林の大河を挟んで両軍の衝突があった。


 ソフィはそれに臨み、魔法を唱えた。

 ソフィは魔法適性が時空魔法特化だっただけで、術式そのものには精通していた。

 この3日で、何が起こったのか正確に理解し、最適化した。

 異世界の魂を召喚する。やってくる膨大な魔力をそのまま空間に展開する。そして味方に障壁を組む。

 最初に魔獣の群れを吹き飛ばしたのとは段違いの破壊力を持ち、同時に味方を強固に護ることが出来る術式を完成済みだった。


 その時、せっかく異世界でTSしたのに用済みで送り返されたと思っていた俺はもやもやした気持ちをネトゲで晴らしていた。

 敵ギルドを追い込み後もうちょいで勝利! というところで再び異世界に召喚された。


 対岸で大爆発が起こった。同時に河のこちら側には防御障壁が展開された。


 敵軍は一瞬で消滅した。

 それは、未知の大量破壊魔法の存在をこの世界が認知した瞬間だった。


 俺の周りで歓声が巻き起こった。


「「「ソフィーリア姫殿下!万歳!」」」


「「「超爆炎の魔法使い!ソフィーリア様!」」」


「「「救国の魔法王女!爆誕!」」」


 ええええ…???


 と困惑しながらも、また異世界に来たことで、ようやく実感した。

 ゲームのギルド戦なんかじゃない、本当の戦争に巻き込まれていることを。


 けれど俺はその時、結構嬉しかったんだよ。

 これでまた異世界と行ったり来たり出来る!

 美少女になれる!


 とね。


 そして、大魔法・運動量保存コンサーベイション・オブ・モーメンタム


 これは、現実世界からこの異世界まで渡るときに俺が感じる猛烈な加速?、エネルギー?、巨大な圧力のようなもの?

 そんななにかと、この世界に溢れる「魔素マナ」が反応して発動するものだ。

 俺がこの世界に持ってくるのは魂だけなのだが、この世界では魂も物質のようにふるまうと考えられる。

 だから、俺は転移時の謎のパワーを、この世界に召喚される際の速度と魂の質量を掛けたもの、つまり魂の運動量と解釈した。

 それ故この魔法を『運動量保存コンサーベイション・オブ・モーメンタム』と名付けた。


 まあ2回目の時に、老騎士に「姫、しかしてその魔法は?」と聞かれ、つい反射的にそう言った……だけなんだけど。


 もう少しこじらせた名前でもよかったかなと後悔したけど、時すでに遅し。


 ええと、解説している最中だったな。続き続き。


 魂の質量といっても、それはきわめて軽い。

 なぜなら、ソフィが転移操作出来る。

 その程度の重さだ。

 しかし、現実世界とこの異世界はおそらく大きな距離があるはずだ。

 どっからどう見ても異世界だし、現実世界との共通点は人間の見た目ぐらいだ。

 中世ヨーロッパっポイと言えばポイけど、それにしたって俺の住む現代日本とは時間も場所も大きく異なる。

 それに魔法なんて現実世界にない。地球とは全く違う世界だ。

 だから、相当離れている。うん、間違いない。


 その距離を瞬時に超えてきた猛烈な速度が掛け合わされば、質量が小さくても、莫大な運動量となる。下手したら超光速かもしれんから虚数の運動量? になるかも。

 まあそのくらい、莫大。


 術式は最適化した状態でソフィが組む。

 召喚された俺の抱える運動量が、術式に膨大な魔力を与え、猛烈な破壊の力と化して周囲数百メートルに存在するものを瞬時に撃滅する。

 更には有り余る魔力で「味方」には個別の防御魔法をかけるなど、サブプロセスも実行出来るのだ。


 そしてこの魔法の肝は、破壊力のベースが、精神と魔素マナとの結合に依る「魔法力」ではないことだ。火魔法とか雷魔法ってやつ。それとは違う。

 このあたりはソフィの受け売りだが。

 この魔法の破壊力の源は純粋な物理力だ。

 運動量をそのまま開放することで、対象領域に存在する物質そのものを物理的に粉砕し、熱や光のエネルギーに転換して爆散消滅させるのだ。

 だから、魔法に対する耐性では防げない。また、盾などの物理的な防御も、それが物質で出来ている限り爆発を生む材料になるだけだ。


 唯一、時空魔法による魔法障壁だけが対抗出来る手段だ。


 だがそれすらも、俺が運んでくる運動量並みの魔力がなければ防ぐことはできない。


 力技だが、時空魔法を駆使した、まさに無敵の大魔法。


 味方の反応を見るに、周囲は火魔法の超位版と考えているようだが。

 手の内をさらすと対策される恐れもあるから、誤解されてるならされたたままでいいだろう。

 ソフィが「の魔法美王女」と自分で言ってるのは、そのせいもある。


 毎回決まって俺が召喚されるのは、ソフィ曰く「術式に俺の魂が刻まれたから」だそうだ。

 最初は偶然だったが、そもそもそれも、魂に親和性があったからだという。

 そうかな?

 俺とソフィってどう見ても真逆だが。


 運動量保存コンサーベイション・オブ・モーメンタムの術式が高度化したため、ソフィの魔力が回復するまでの時間が長くなった。


 俺は現実世界への帰還までの時間、ソフィとの会話で過ごすようになった。


 半ば引きこもりで他人とのコミュニケーションが苦手な俺が、ソフィと脳内とはいえ話が出来るようになったのは、異世界召喚という夢のシチュエーションと、俺との共有記憶を読んでアニメ漫画にソッコー喰いついたソフィ自身のオタク的感性にあるのかもしれない。


 あ、真逆というわけでもないか。


 最近は腐りつつもあるが…。


 なんで俺がBL方面にも詳しいかというと、それはおいおい。


 念のため説明を加えておくと、共有記憶というのはソフィに召喚されている間俺とソフィがどちらもフリーに閲覧出来る記憶だ。

 これのおかげで言語がお互いに認識出来る。また、召喚されていない時の知識も共有出来る。

 俺からすればノイマン王国やオイラー帝国の知識だし、ソフィはもっぱら俺のアニメ、漫画やゲームの知識だ。


 これとは別に専有記憶がある。これは意識的に共有記憶に移さないと互いに知られることはない。考えていることが全て駄々洩れになるわけではないのだ。

 ソフィの術式によるバリアだ。

 そりゃそうだよな。よそ者のおっさんに心の隅まで覗かれたくはない。当たり前だ。


 召喚した後俺の魂を現実世界に戻すのは、一旦戻さないと運動量保存コンサーベイション・オブ・モーメンタムが再使用出来ないからだ。召喚一回に一発。使い切り魔法だ。

 それに、魂が戻らないと俺が現実世界で死んでしまう。

 そして俺が現実世界で死んでしまったら魂も死ぬ。


 おそらく、なのは、「それはどうかわかりませんよ」とソフィが言ったことがあったからだ。

 もしかしたらその際、俺の魂はソフィの肉体に定着するのかもしれない。

 まあ召喚や帰還自体に関与できない俺にはどうこうすることも出来ないのだが。


 ちなみに帰還する時に襲う猛烈な吐き気は、俺の世界では魂には質量がないので、単に速度に酔ってるだけのようだ。

 質量があったら開放された運動量で現実世界がどうなるかわからないところだった。 


 だから、帰還に消費される魔力は召喚時よりもずっと小さい。

 超高効率のヒートポンプみたいなもんだ。

 持ちこんでくる膨大な魔力に対して、戻す魔力はごくわずか。

 俺に吐き気を催させる程度で済む。


 それにしても、いましがたソフィが言ったことはまずい。俺にもわかる。


(お前が狙われているということは、運動量保存コンサーベイション・オブ・モーメンタムの遣い手がソフィだと敵にバレたってことだよな)

(ええ、そのとおりですわ。ですので今は私を中心に戦術が組まれております。私を護りつつ、敵各大隊を個別撃破。最終防衛線を越え本陣を殲滅するという作戦ですわ)

(ちょ、待て。それって単なるごり押しだろ? 俺を頻繁に召喚するのが前提じゃないか?)

(ええ、そのとおりですわ。ディーゴ)

(もうちょっとなんとかならんのか。俺にもいろいろ用事があってだな……)

(今回の戦争月は前半わが王国軍の損耗が大きかったのです。ようやく逆転出来るところまで追い上げているのです。期間は残り5日。勝ちを重ねていかねばならないのです!)

(事情は分かるけど、それを俺に押し付けられても。前にも言ったけど、俺の都合も気にしてくれよ……)

(私だって術式を組み上げるのに精神を削っております。それよりもなによりも、わが王国の兵士たちの血をこれ以上流させることは出来ません)

(……じゃ、こんな戦争しなきゃいいじゃんか)

(それはそうです。しかし、この仕組みは私が生まれる何十年も前から続く国家間の決めごと。10年や100年では変わることはないでしょう。ディーゴだって言ってたじゃないですか、この世界の戦争は悪くないって)


 そうだ。俺はこの戦争のルールを聞いた時、なるほどと思った。

 極めて限定的なミニマム戦争だ。民間人の犠牲が出るわけではない。経済的な困窮を引き起こすこともない。

 職業軍人の犠牲はあるが、それはその職業を選択した個人の責任ともいえる。

 ナパームや核などで無差別に何十万人もの民間人の命を奪い、後遺症に苦しめ、そして今でも子供や女性を犠牲にしている俺の世界の戦争よりもよっぽどましだ。


 それは本当にそう思っているのだが。


(それとこれとは別だ。俺はソフィに協力する理由がない。異世界には興味はあるけど、今は迷惑が勝ってる。俺には何のメリットもないじゃないか!)

(……確かに、ディーゴには何も与えていませんね……。いつかは気がつくと思っていましたが)


 え、気がついてたの? それで無償で協力しろと言ってたのソフィ。なにそのブラック企業の経営者的考え方!


(この戦争月が終わったら、私ソフィーリアの名において、ディーゴに報酬を授けましょう!)

(報酬って、何をくれるんだよ?)

(それは、内緒です!)


 ずごーーーっと、俺は脳内で盛大に滑った。


 空手形かよ……。

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