第19話 翔青と名乗る若者

先生と俺は、その日はイースタを出てそのまま別れた。

「それじゃあ、あさって、ボクの研究室に来てね」先生は、またもや両目を閉じたり開いたりしている。俺はそれをウインクとして認め、ニコッと笑って言った。

「はい。早稲田大学のこの場所に行けばいいのですね。じゃあ、これで」と言って駅へ向かった。俺は初めて先生と会った時にもらった名刺と同じものを手帳のサイドポケットに入れた。


俺はもう少しで渋谷駅という所で誰かに後ろから声をかけられた。

「茂蔵さん! 」

俺は振り返って声の主を見た。そこには野球でもやってそうなスポーツ刈りの22、3歳頃に見えるがっしりした体格の若者が立っていた。身長も180センチぐらいは、ありそうだった。

「やっぱり茂蔵さんだ。やっと見つけましたよ」とその若い男は言った。

俺は、その男にまったく見覚えがなかったが、話を聞くために左側の5、6メートルほど離れた所にあるベンチまで行き腰を下ろした。というのも日曜日で渋谷駅前のこの場所は行き交う人で混雑していたからだ。


若者も俺のそばに腰かけたので、俺は「あなたは誰ですか? 私とどこかでお会いしたことがありましたか? 」と早速聞いた。

「やはり、記憶を失くされてるのですね… 博士 ( はかせ ) の予想が当たっていた」と言った。

俺は、( おっ、こいつ、俺のことを知っている… しかもこの世界の俺のことを知ってるようだ ) と悟って、

「俺は君といつから会ってないのかな? 多分、俺と君はしょっちゅう会ってた仲なんじゃないのか? 」と当てずっぽうで聞いてみた。すると若者の顔が明るく変わり

「茂蔵さん! 記憶が戻って来たのですね。そうです! 僕はあなたの仲間、翔青 ( しょうせい ) です」

「しょう… せい」俺はおうむ返しに言って必死に記憶を蘇らせようとしたが、ダメだった。

「わからん。だが、教えてくれ! 君は俺が失った記憶を知ってくれてる。そうなんだろう? 」俺は若者の目を見て言った。

若者は少し頭の中を整理するように無言になったが、すぐに口を開いた。

「茂蔵さんからの連絡が途絶えたのは、去年の5月26日です。茂蔵さんからの最後の LINE がこれです」若者は自分の iPhone の画面を俺に向けて、その時の俺からのトークを見せた。そこには、こう書かれていた。


『20人、いやもっとか、50人ぐらいかもしれないリンゴの警備部隊に追われている。今、立花龍虎の講義室にいる。奴らは、ここには入れないが、あと5分で講義が終わるようだ。俺は受講者に紛れて脱出するので、大学の校門前にエンジンをかけたままの車を用意して欲しい』

『了解です。僕が運転しますので待機しときます』

『いや、車だけにしとけ。万一逃げ切れん時は、俺は車をどこかにぶつけて逃走する。機密動画の入ったメモリーチップは、ノートカバーの内側に隠して車内に残すから、翔は後で回収しろ。以上だ』


「 LINE 記録はここまでで茂蔵さんは、よみうりランドのある高台の山肌に車を残して忽然と消えました」俺は若者の説明を聞きながら、LINE の画面をずっと凝視したまま動かなくなった。俺の頭の中では、次々と生まれては形の変わる考えが渦巻いていたのだが…

( リンゴ? … リンゴって、あのアキレスとか言ってたやつの会社か? … それって、ビニナルタンの会社だったぞ)

第19話 終わり

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る