第3話 バッテリートラブル

 トゥルルルルルー トゥルルルルルー

 店外スピーカーから電話の受信音が鳴った。

 サービスルームにいたマネジャーが、すぐに出たようだ。しばらくして、マネジャーが給油エリアにいる俺の方に歩み寄って来た。

「吉本さん、悪いけど、この場所まで行ってバッテリー上がりの車のエンジンをかけに行ってくれますか? 」と自分よりだいぶ年長の俺に対して、マネジャーは丁寧な口調で言った。

「いいっすよ。二丁目のゴーソンのとなりのコインパーキングですね。わかりました」

 俺は、すぐにバッテリーチャージャーを片手に持って軽トラで向かった。2、3分で行ける距離だ。


 すぐにコインパーキングに着いた。コインパーキングの入り口で、ベージュのコートを着た20代前半に見える、顔立ちが整った女性が立っていた。

(あれっ? こんな若い女の人なのに、いしだっち (俺はいつもマネジャーをそう呼んでる)は、なんで自分でこなかったんだろう? いつもなら喜んで来るのにな)と思った。

「お待たせしました。エナジー等々力店です。お車はどれですか? 」

「ありがとうございます。こっちです」ちょっと低めだけど、かわいい声で彼女は言った。

「ああ、アウディですね。では、ボンネットを開けますので、ドアロックを解除してください」と俺は言った。

「はい! 」彼女は結構、明るい声で言った。

 俺は運転席に座るとボンネットを開けるノブを引っ張りながら、

「このアウディはちょっと年式が古いので、ランプ類がつきっぱなしになってるかもしれませんね」

 と言いながら、スイッチ類を見るとライトのスイッチが1段目(スモールランプの位置)になってるのを見つけた。

「やっぱりそうだ。見てください。ほら、スモールランプの位置になってます」

 と言って彼女に見えるように上体を助手席側に曲げた。彼女は「わあー、ほんとーですねえ」と言いながら俺の右肩に左のほっぺたをつけてしまって、慌てて「あっ、ごめんなさい」と言いながら俺から離れた。

(わあ。いい匂い) 俺は一瞬ではあったが、くらっとした。


 スイッチをオフにした後、バッテリーチャージャーをつないで、無事エンジンは始動した。

「バッテリーは、外見ですがまだ新しいですし、充電状態も正常ですので、このまま1時間ぐらい走行したら完全に回復しますよ。すぐにエンジンは止めないでくださいね。ランプ類ももちろんオフで」と言ってボンネットを閉めた。


「ありがとうございます。でも、ちょっと…… 」

 彼女は口ごもった。

「ちょっと、何ですか? 」

「ボク、今、あまりお金を持ってなくて。さっき見た時、駐車場代が8800円になってるから、あと1200円しかないんです…… 郵便局でお金下ろして来てもいいでしょうか? 」と彼女は言った。

 アバウトな俺は、彼女がボクと言ったことには気にとめず、

「いいですよ。でもクレジットカードがあれば、店で精算できますけど」と言った。

「ごめんなさい。ボクはカードは持たないんです」

 俺はにこやかに、

「わかりました。では、念のため、免許証で身分を確認させてもらうのと、電話番号をこちらに書いてください。代金は税込で3300円になります」

 と言った。なんだか彼女の誠実な態度が見てとれて、少しおっちょこちょいなところまで、好感を持ってしまったようだ。

(駐車場代に8800円か。かわいそうに)

 俺は心からそう思った。

 

 第3話 終わり

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