第10ー4話秋、興奮する。または音楽の話

 翌日起きてから、秋は父もいた居間で母に、


「色々まだ問題はあると思いますけど、ご好意を受けようと思います。昨日一晩考えただけですけど、確かに私は月夜とずっといたいし、それには出来るだけこれからの生活が良くなるように、有利な選択肢が残る方法を試すべきだと結論づけたんです。・・・・・・本当は、色々な責任とかで怖くなってたのが、月夜が安心させてくれたんですけど。だから、この子と生きていく為なら、もっと出来る事はやっておきたくて」


 話を聞いた母は、秋にポンと頭に手を置いてニコリとする。

 あ、ずるい。それわたしもやりたいですよ。


「ふうん、惚気られちゃったなぁ。まぁ、こんな時代に愛し合えるって言うのは大事だし、いい事よね。愛しても愛されないとか、相手が見つからない、とかそんな危機感溢れまくりの人とかも結構いるしね。ああ、まぁパートナーは絶対にいなきゃいけないもんでもないからね。他人は他人。月夜と秋ちゃんはお幸せに」


 この人は自分の娘とその恋人をからかって、それで何だか楽しんでるようですね。ニヤニヤしてるって言うか、萌え漫画読んでる読者みたいな図になってるんじゃないかと愚考しますよ、お母様。


 とにかくそんな母の根掘り葉掘りの質問に、わたしは半ば無視、秋がちょっと困ったみたいにぎこちなく答えていて、それをその辺にしておいた方がいいんじゃないかと父が諫めていたり、楓ちゃんは自分に火の粉は飛ばないと思って、楽しそうにニコニコして傍観しているのです。


 朝ご飯を食べて、少ししてから、母の野次馬根性に接するのも嫌気が差したので、楓ちゃんを促して、早々に帰る事にしました。

 帰りの車の中で、楓ちゃんが何故か気に入ったんでしょう、「タルカス」のあちこち断片的な場面を鼻歌で歌っていたのは、何だか癒やしでもあったのですが、少し辟易する雰囲気でもありまして、でも秋はあまり気にしていなかったようです。


 楓ちゃんのアパートに帰ってから、わたしはそう言えばと「グレイシャス!」とか聴いて、ああそうだ運動会だとか思ったり、楓ちゃんに聴かせて気に入られたのでEL&Pの諸々を聴いたりしていました。

 何でロックを悪く言ったんだ秋の母親はとか思いながら、確かに品行方正を目指している人は、こんな風なアレンジを汚されたと感じる事もあるかもしれないなとも考えて、いやでもクラシックの人が弦楽四重奏とかでロックの曲をやったりする場合もあるから、別にそんなの今の時代に問題にする方がおかしくないかなとか思考して、ああオルガンの音とかってやっぱりいいなって所に収束していったりしたのです。


 それで普通に聴きたい音楽を聴いても文句は言われない状況なので、あれこれ好きに聴いたり、じっくり聴く物なんかもあったのですが、突然秋がこちらに不機嫌な感じで直球を投げて来ます。


「ねえ、月夜。楓さんにはあんなに布教してたのに、私には全然細かい事は教えてくれないのは何でかな」


 心なしかちょっと怖いです。

 浮気してる人が、言い訳してるみたいになってしまいそうですし、別に後ろめたい事はないのに、何だか秋に悪い様な気にもなって来ます。


「いや、だって楓ちゃんは絵描いてるから、多少は変なのでも理解してくれるかなって思ったし、あんまり女の子が聴かない様な音楽勧めたりして、秋に幻滅されたり嫌われてもわたしが嫌だし・・・・・・」


「あのねぇ、いい? 大体、普通にスピーカーで流してるんだから、今更ドン引きとか何もないよ。月夜が独創的な人間だって事は、書いてる小説とか教えて貰う前衛的な小説に絵画とかで、充分わかってるつもりだし、それは音楽だって一緒でしょ」


 何だか全て丸裸にされているのを暴露されたみたいで、羞恥の感情に支配されていきます。


「それでも、好きな音楽でもないでしょ? いいよ、音楽の趣味とか合うから付き合うとかじゃないんだし。迷惑だったら、ちょっとしんどくなる時もあるけど、イヤホンで聴くから」


 今度は秋があわあわしています。このわたし達の状況、結構可笑しいですよね。


「いや、そう言う事を言ってるんじゃなくてだね。もうちょっと楓さんみたいに、打ち解けた感じで、何でも話して欲しいって事だよ。私はそりゃあ、まだまだ色々な事を知らないけど、月夜だってプロって訳じゃないんだから、一緒に楽しめる感性はちゃんと私にもあると思うな」


 そう言って、下敷きにしている訳でもないカーヴド・エアの「ヴィヴァルディ」を聴いているわたしの後ろに回って、羽交い締めにするのかと思うほど、強めの抱きつきを敢行して来ます。


「ああ、やっぱり月夜は凄くいい香りがするなぁ。同じ石鹸使ってると思えないくらい、天使が側にいるみたいだよ」


 ええええ、そんな接近して言う事がそれですか。

 秋さん、そんな事したらまたあなたがわたしに言ったエッチな状態にわたしがなってしまうではないですか。

 この頃は大丈夫になっていただけに、余計に悶々しそうです、いえして来ました。


「あの、あの。匂いが臭くないとか、寧ろ好ましいって言うのは、どうやら遺伝的に相性がいい証拠らしいわね。それでその事を踏まえて、秋はわたしに何を暗喩的に語ろうとしてるのかな。もしかして、新技術で子供を将来欲しいって事? それならどっちが妊娠すればいいの? それとも科学的な方法で、妊娠せずに子供を作るの?」


 秋はわたしの頭に顔を埋めながら、少し変な感じに反論して来ます。


「いやいや、そりゃあ月夜の体で子供を産ませる訳にはいかないよ。それに別に今は子供が欲しいとかそんな話じゃないってば。もっと近くで一緒に聴きたいなって思っただけだよ」


 そう言って、何故腰に手を回しているのですか。あなたもちょっとエッチになって来ているのではないですか。

 知ってますよ、こっそりとわたしの密かに買っていたエッチな小説の電子書籍を読んでいる事を。

 これは何気に小説なら、年齢制限がない場合もあるから、わたしには重宝する為に、こっそり読む用に電子書籍で買っていたと言うのに。

 やはり秋はムッツリスケベで決定です。あ、こら。お腹を触るのはなしだったら。


「じゃあ、わたしの好きな音楽は吐き出すし、これからはこれいいよねとか話するから、お願いだからそんなにくっつかないで、変な気分になっちゃいそう・・・・・・」


 あろう事か、秋はそれにも怯まないで、耳たぶを噛んで来るのです。それもとびきり優しく、感じるように。


「私、月夜がどうして欲しいのか、月夜がどう言う事したいのか、段々わかって来たよ・・・・・・? 出来る事なら、何だってしてあげたい。月夜に喜んで貰いたい。私、一生懸命色々勉強するし、一緒に色んな事したいんだ。でも、最近月夜はクールに振る舞うし、学校でくっつくみたいに、家でも甘えてくれないのかな?」


 あ、あ、あ。理性が崩壊しそうです。秋は、どこまでいこうと言うのでしょうか。


「そりゃあ、学校ではくっつくだけだし、家でもこの頃は料理も少しは覚えて来たから、沢山食べて貰おうって、楓ちゃんに担当の物増やして貰ってるし、パジャマで眼福は得てるし、わたしの体じゃそんなに秋は喜ばせられないだろうし、いざとなると何か事に及ぶのって結構怖い気もするし・・・・・・」


 秋さん、今度はほっぺたを触って来ます。顔が見えないのが、これほど緊張するのもおかしな話です。普段は、目を見つめられるから緊張するのに。


「私は月夜の体も好きだよ。いつだって見せて欲しいくらいになってる。一緒にお風呂だって入ってくれるから、嬉しいんだよ。

それでいて、恥ずかしがって体隠してる月夜も可愛いし、キスしようとしてる月夜だって可愛いし、普段の真剣な表情も可愛いし、寝顔だってとてつもなく可愛いし、ああ可愛いしか言えないくらい月夜がお人形さんみたいに愛らしくて、本当に私なんかが恋人として独占しちゃっていいのかって悩むくらい、いや私だけの月夜に出来るのは、とっても背徳的で恍惚としてくるほどなんだけど、とにかく見せてくれる表情仕草態度、全部好きで好きでしょうがないの」


 堪らずわたしは秋の支配を逃れて、くるっと秋の方を向きます。

 そうすると、秋は何だか熱っぽい瞳でわたしにねっとりと眼差しを送ります。


「あ、あのね。そりゃあわたしも秋の事は負けないくらい好きだよ、でもね一気に何もかもやっちゃうのは駄目よ。キスならいつでもするし、抱き合うのまではいいから。そう、秋も一人で発散するといいよ。ね? だから、んむっ?!」


 キスされました。こんなに強引に秋がしてくるのは初めてです、どうしよう、わたし求められてます。


「もう我慢出来ないからっ。ちゅ、んんっ。ちゅぱ、む・・・・・・んん、つき、よぉ・・・・・・んんっ、むちゅっ」


 ああっ、本当に変になりそうな気分で、高揚して来ているのがわかります。

 音楽は既に違う曲に変わっています。まだアルバムは終わらないようですが。


「あきぃ、私も好きだよ。好きよ。好き好き好き、すきぃ。ん、んんん、あ、あっ、ちゅ、あん、あき、あきぃ!」


 もうどうしたものかってくらいの時間、わたしと秋は求め合い、それでいてよくこれで我慢出来たなって言うくらい、ずっとキスして唾液を交換して、その後に秋はわたしの体に顔を押しつけてくんくん匂いを嗅ぐのですから、羞恥が最大限に増大するなんてものじゃありませんか。

 それに近くにいる秋の甘い匂い、それがとにかくわたしをクラクラさせて、秋の匂いを隅々まで確かめたらどんないいものを味わえるだろうと考えて、それを秋は実践しているかのように、あちこちすんすんやっています。


「あ、駄目だったら、秋の馬鹿! そんなにあちこち犬じゃないんだから、嗅ぎ回らないでよ。汗臭いかもしれないんだから、変にしたら嫌っ」


 真顔で真摯に見つめられるわたし。見つめるのは当然秋です、ってわたしは何言ってるんでしょう。


「そんな事ない。すっごく月夜にクラクラするくらい、いいよ。月夜って色々小さいから、とにかく可愛さが際立って、もう抱き締めたくなるし、そうしたらもうあれこれしなきゃ治まらないよね」


「ああもうっ。小さいってそんなに言わないでよ。別に大きくなりたい訳じゃないけど、そんな言葉聞いてたら、秋が変態みたいじゃない」


 きょとんとする秋。あ、ヤバい。この子、そう言う発言に危険臭があるのに、本気で気づいてない。


「そうかな。だって月夜のキュートでプリティであるエクセレントさは、他にも色々言いたいけど、今はもうこんな表現しか出来ないんだもん」


 何だかどこかのギャグで使われそうな英語を、仮にも外国の血が入った秋が、そんな風に使うと可笑しみもありますが、結構前から変な日本語を混ぜた英語の語句なんかも、外国で流行ったりもしているようですから、まぁ別に変ではないのでしょう。


「と、とにかく一旦落ち着いて。わたしもちょっとおかしくなっちゃったけど、今日の秋は一際奇妙奇天烈だよ。そんなんだったら、お嫁さんになってあげないぞ、なんてフレーズを言って欲しい訳じゃないでしょうに。ああとにかく、わたしちょっと散歩して来るから」


 そうやって、何言ってるのかわからないと不思議がる秋を残して、わたしはフラフラと外に出て行きました。

 秋と顔を合わせるのが、恥ずかしくなるじゃないと、ちょっと恨めしく感じながら。



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