25話目:心休まらぬタダノくんの乖離

 さて、これでようやく水城さんを解放させられる。

 最初は僕が水城さんの扉を開けようとすると止められたのだが…。


「タダノ、お待ちを。彼女への審判はまだ…」

「まだ…何か? すでに裁定は下されたはずです。それでも止めますか? 次は何が降って来るかは分かりませんが」


 そう言うと教会の人達は何も言えなくなった。

 まぁあの件は偶然だろうと頭では理解できているのだろうが、それでも『もしかしたら』という恐怖を完全に拭い去ることはできないだろう。

 なにせあれだけ劇的なシチュエーションだったのだ、偶然ではなく運命だと感じ取っても仕方がない。


 この世界が僕らの世界のような所だったらこうはいかないだろう。

 神の力がまだこの地に及んでいるからこそ、恐怖で僕らを止めることができないのだ。

 皮肉なものである。

 神の力を信仰しているが故に、宗教家はその信仰に縛られてしまうのだから。



 僕が水城さんの部屋の扉を開けると、嬉しそうな顔をしたあとに複雑な顔になった。


「もしかして…タダノくんも…?」


 あぁ、うん…助けに来たって思われてないみたいだ。

 確かにそういうキャラじゃないし、捕まってもおかしくないことをしてたけどさ。


「違うよ…水城さんはもう自由だから、迎えにきたんだよ」


 ここにきてちょっと早まったかもしれないと思ってしまった。

 これならクラスの皆と心配してくれている人も一緒に教会に来てもらって、感動の再会を演出すればよかったかもしれない。

 いや…でも、水城さんは不安でいっぱいいっぱいだろうし、やっぱりすぐに助けたほうがよかっただろう。


 水城さんの私物は部屋に無いので、僕はそのまま水城さんと一緒に外に出る。

 出口でシスターがしどろもどろとしていたので、声をかける。


「また、来させてもらいますから」


 そう言うとシスターの顔が強張った。

 教会の信用を回復させるためにこっちでもフォローするつもりだったんだが、余計なお世話だっただろうか?

 僕らはオオガネ教の信徒になったつもりはないけれど、だからといって敵対するつもりもない。

 風除けのためにも、この街のオオガネ教に貸しを作って権威を借りたいだけだ。

 まぁ来ることを断られたわけでもないし、ちょくちょくお邪魔はさせてもらおう。


 それから街を歩いて帰ると、途中で色々な人から声をかけられた。

 だが、手首のバンダナを回収してしまったせいで名前が分からない。

 こうなったら次から戸籍みたいな感じでバンダナ名簿でも作ろうか。

 そうすれば管理もしやすい。

 ただ作るのはとても面倒そうだし、やるなら僕が率先してやらなきゃいけないだろう。



 家に戻ると誰も外出していなかったのか、皆が出迎えてくれた。

 女子は泣きながら水城さんに駆け寄って肩を抱いたりしていた。

 男子は流石にそこまではしなかったものの、みんな笑顔で水城さんの帰りを喜んでくれた。


 その日はいつもよりも豪勢な夕食となり、ちょっとしたパーティーになった。

 水城さんが帰って来たことを知った人々もお土産を持って押し寄せてきたので、家の食卓がぎゅうぎゅう詰めになってしまっている。


「そういえば、大丈夫なのか?」

「え? 何のこと?」

「ほら、目の前でグシャっといったじゃん」


 それを聞いて事故を思い出してしまったのか、水城さんが顔を背けてしまう。


「バカ! 余計なこと言ってどうするのよ!」


 美緒さんが男子の頭をはたく。

 他の女子は水城さんの背中をさすったり慰めている。


「大丈夫、茜ちゃん? もう休む?」

「だ、大丈夫だよ。おっきな音でビックリはしたけど、ハッキリは見えなかったから」


 まぁ僕の所にまで人だった部分が飛んできたのだ、近くにいた水城さんには匂いまで届いていたかもしれない。

 取り合えずは誰もが思い出したくない内容ということで、あの日のことは喋らないようにすることを全員で示し合わせた。



 そんなこんなで、翌日からハナミズキの集まりは通常営業に戻った。

 困っている誰かの手伝いをする人、子供達の面倒をする人、ゆっくりと休む人。


 ちなみに今日の僕は子供の授業担当である。

 とはいえ、道徳の授業とは名ばかりの日本昔話の異世界アレンジを語るくらいだ。

 桃太郎や金太郎などのメジャーなものはもう語り終わってしまったので、僕もうろ覚えな山姥から逃げるお話とかを話している。

 そろそろ日本だけじゃネタが厳しいので、北欧神話あたりから引っ張ってこないとダメだろうか。

 いやでもあそこは教育に悪いお話が多かった気がするし、いっそ自作するべきだろうか。


 まぁそこら辺は今度考えることにしよう。

 今回の授業が終わればしばらくはお話をしなくてもいいし、その間に紙をもらってネタ帳でも作ろう。


 さて、授業も終わったので次の人に引き継ぐ。

 次は確かA子さん…ではなく、詠さんだったっけな。

 もちろん詠さんの授業を受けない子供は僕と一緒に遊ぶことになるのだが、静かな詠さんが意外と人気で僕はほぼフリーになる。

 時間も空いたし、またバンダナでも作るべきだろうか。


 そんなことを考えながらぼーっとしている詠さんに近づいて、声をかけて手を伸ばす。


「ヒッ!」


 僕の手が触れる前に、小さな叫び声をあげられてしまった。


「あー!えーちゃんびっくりしてるー!」

「えーちゃん、こわがりー!」


 子供達が驚いた詠さんをからかっている。

 男子に触られることを嫌う女子もいるのだ、いきなり手を伸ばされたから怖かったのだろう。

 軽率に手を伸ばしたことを謝ったのだが、詠さんも驚いてしまったことを謝り、お互いが謝罪の応酬になってしまった。


 まぁそんなことをしてても子供達は退屈なので、女の子達は詠さんの手を握って早く行こうと引っ張っていく。

 一方、僕は男の子達にイジメはよくないと叱られながら蹴られている。

 この扱いの差はひどくないだろうか。


「そうだ、タダノ! パチンコ返してよ」


 そういえばこの子からはモニュメントを狙う時に使ったパチンコを借りていたのだった。

 家に忘れていなければポケットに入っているはずなので、ごそごそと探ると見つかった。

 壊れていないかをチェックしてみると、赤い染みが付着していることに気付いた。


 最初からついていたものだろうか?

 まぁ壊れてはいないみたいなのでその子に返そうと手を伸ばし……その手が怪物のような手に見えた。

 子供の頭くらいなら握りつぶせそうな、そして顔を引き裂けそうな爪も見えた。


 驚いて手を引っ込めると、その子は不思議そうな顔をしている。


「どうしたのタダノ? もしかして壊しちゃった?」

「あぁ、うん……ちょっと壊れちゃってるみたいだから、今度新しいのをプレゼントするよ。ごめんね、折角貸してくれたのに」

「えぇー!気に入ってたのに…それじゃあ次のやつは百発くらい撃てる奴がいいなー!!」

「キミは何と戦うつもりなんだ…?」


 子供に謝り、頭をなでようとする。

 今度はその手から血がしたたっており、子供の頭にその血が落ちてしまう。

 僕はまた手を引っ込める。


「ほら、詠さんが待ってるよ。早く行かないと」

「はーい。タダノ、ちゃんと新しいのくれよー!」


 子供が駆け足で詠さんの後を追うのを見送り、もう一度自分の手を見る。

 そこにはいつもの細腕があった。

 どうも、先ほどのあれは幻覚のようだ。


 やはり人の死に関わったことが大きかったのだろう、これが僕の罪の意識というものかもしれない。

 少し体が震えてしまう。

 あんなものが見えてしまえば、無理もない。

 詠さんが怖がって当然である。

 男の僕でさえあれはビックリする。


 だがああいう幻覚が見える分、僕はマトモなのかもしれない。

 僕の罪の意識が手遅れならば、何も感じていないはずなのだから。





 ……待て おかしい。


 何かが おかしい。


 あれは 僕の幻覚だったはずだ。


 僕にしか見えない ただの幻のはずだ。


 詠さんは 気弱では あった。


 だけど 怖がり では なかった。


 なら 彼女は 何に 怯えた。




 彼女は ボクが ナニに ミエタ。

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