20話目:ホストタダノくんの予想外

 『怪奇!勝手に増えるハナミズキの集まり事件!』についてはひとまず終息した。

 事件名については僕が勝手につけただけである。


 もしかしたら捕まった人から相手の尻尾を掴まえられるかと思ったが、そう上手くはいかなかった。

 あくまでもこのバンダナは貰い物だと全員が主張しており、ならば誰から貰ったかを聞くと全員がバラバラの特徴をあげるのだ。

 複数犯なのか、一人が変装しているのか、それとも全員が嘘をついているのか。

 どちらにしても組織的な関与があるように見え、捜査は難航してしまっているのが現状だ。


 だが犯人達がエヴァンさんの雇った人なのか、それとも現地人なのかは知らないが、残りのバンダナが見つかるまでは身動きが取れないことだろう。

 まぁどれだけ探しても本物のバンダナは見つからないのだから実質この手は封じたようなものだろう。


 事件をスピード解決したおかげで相手の手のいくつか潰せたと思うのだが、これだけで諦める人とは思えなかった。

 そんな諦めのいい人が、オオガネ教の役職持ちになれるとは思わない。

 ならば相手側から仕掛ける前にこちらが仕掛けようと思ったのだが、いい手が全く思いつかなかった。

 こちらが篭城しているような状況だというのに、わざわざ出て行ってどうするという事もある。

 だが一番の問題としては、効果的な作戦が全く無いということだ。


 オオガネ教へのネガティブキャンペーンをしたところで、正直意味がない。

 その作戦をとったところで、効果が出てくるのは何十年も先のことだろう。


 ならばエヴァンさんに対して何かしようにも、篭城しているせいで情報が全然入ってこない。

 仮に情報が手に入ったとしても、その真偽を確認する労力をどこから抽出すればいいかという問題もある。

 情報を手に入れ、真偽を確認し、いざ作戦を決行しようとしたところで相手はその数倍の作戦と手段を用意していることだろう。


 つまり、こちらから出来ることは現状ほぼ無いことになってしまう。

 追い込まれている状況だからこそ何とかしたい気持ちがあるのだが、その行動そのものがこちらにとってデメリトが大きい。

 頭で分かっていても、心が何か行動すべきだとはやしたてるのはツライ。



 数日後、そんな僕の心を読んだかのように家にシスター・ルピーが訪ねてきた。

 流石に前回のエヴァンさんように朝早くから奇襲するわけでもなく、お昼を過ぎたくらいに家にやって来た。


 恐る恐る用件を聞いたところ、特別な用事などはないとのことだった。

 嘘だ、そんなことでわざわざ来るとは思えない。

 最初は僕と美緒さんで対応して、水城さんには会わせないようにしていた。

 だがそれでも特に気にしていた様子もなく、その日は取りとめもない話に花をさかせて終わった。


 そして次の日、またシスター・ルピーがやってきた。

 子供達が喜びそうな菓子を持ってきて、再びこの家にやってきた。

 小さい子供達を懐柔するためかと思ったが、お菓子を僕らに渡して子供達とは会おうとしなかった。

 結局、その日も客室で雑談をするだけで終わった。


 次の日も、そのまた次の日も同じことの繰り返しになった。

 いつ本題を切り出してくるか分からないので必ず僕が対応しているのだが、シスターを狙っていると勘違いされてクラスの男子から粛清されそうになる。

 まさかこれを狙ってたわけじゃないよね…!?



 そしてある日、この対応が裏目に出ていたことを知ることになる。

 昼過ぎになってもシスター・ルピーさんが家に来ないのだ。

 別に毎日来る約束をしていたわけではないのだが、ちょっとおかしいかなと思って街に出てみる。


 街を歩いていると色々な人から声をかけられた。


「頑張れよ!」

「楽しみにしてるね」


 一体何のことかさっぱり分からない。

 僕とエヴァンさんの冷戦に対して声援を送っているのだろうか?

 いや、そもそも僕らが主導権を奪い合っているのを街の人が知っているはずがない。

 そうなると彼らは何について話をしているのだろうか。


 気になった僕は話を聞いてみたのだが、恐るべきことを聞かされる。


「ミズキの演奏会を教会でするんだろ?」


 聞いていない。

 そんな話、今始めて聞いた。


「だっ、誰がそんなことを!?」

「俺は職場で聞いたぞ。お前は?」

「かみさんが話してたな」


 なんてことだ、まさか外堀を強引に埋めていたとは。

 ここ最近のシスター・ルピーの訪問攻勢はこれを気取らせないためのものだったのか。

 毎日昼頃に来て夕暮れまで話をしていただけだというのに、こっちは何もできなかった。

 相手からすればこちらが絶対に警戒していると予測できたからこその作戦なのだろう。

 リスクを恐れて待ちに入ったことが、こうして裏目に出るなんて…。


 急いでオオガネ教の教会に向かうと、そこはちょっとした装飾がされたお祭り会場のようになっていた。

 どうやらちょっとした祝祭ということで会場の設営をしているようだが、そこにシレっと水城さんの演奏が入ってしまっていることが確認できた。


 慌てて会場内にいるはずであろうエヴァンさんを捜す。

 今からでも誤解であることを伝えればなんとかなるはずだ。


「おや、タダノさん。そんなに慌ててどうされましたか?」

「エヴァンさん…」


 そんな僕をあざ笑うかのように、元凶の方から声をかけてきた。


「このお祭りで、水城さんが演奏するとの話を聞いたのですが…」

「えぇ、本当に感謝していますよ。これできっとお祭りも盛り上がることでしょう」

「…僕らはそれについて今初めて知ったのですが、勝手に仕組まれたのですか?」

「おや、そうなのですか?お祭りの告知を出した後、ハナミズキの集まりの方の一人が参加すると伝えにきましたが」


 偽物のバンダナを使って何をするつもりだったのか分からなかったが、どうやらこのためらしい。

 初動を潰せて一安心していたが、どうやら最初の段階で必要最低限の目的を達していたようだ。

 どうりであの後の動きがないはずだよ。


「いいえ、それは偽者です。僕らの偽者が色々と活動していたのですが、お知りでなかったのですか?」

「なんと、いま初めて知りました! そのようなことがあったのですか」


 よくもまぁ自分で仕込んでおいていけしゃあしゃあと言えたものだ。

 相手の顔が本当に驚いているのを見て、思わずこちらの顔まで歪んでしまいそうになる。


「しかし、すでに色々と準備を進めておりまして…なんとかお願いできないでしょうかね? やっていただければ、相応のお礼もご用意するのですが」

「話が突然すぎます。いきなりそんなことを言われても…」


 外堀は埋められたが、まだ内堀までは埋まっていない。

 こちらが無理だと言えば相手も強引に引きずり込むことはできないだろう。


「それは困りましたね…すでに色々な方にこの事をお話しております。多くの方が楽しみにしてらっしゃったのに、どう説明したものか…」


 エヴァンさんの発言を聞いて冷や汗が流れる。

 そうだ、外から見れば僕とエヴァンさんは同じ被害者であるが、必ずしも同じ感情を抱かれるとは限らないのだ。


 僕らには味方がいる。

 今回の件を断ったところで、その人達は僕らを責めたりはしないだろう。


 では、そうではない人はどうか。

 僕らには確たる敵はいないが、味方ではない人の方が圧倒的に多い。

 その人達からすればどう思われるか。


 楽しみにしている人もいるだろう。

 そして落胆することだろう。

 そうなると彼らはどこに矛先を向ける?

 犯人か? 確認を取らなかったオオガネ教か?

 いいや、僕らに向かうはずだ。


 もちろん全ての人がそうというわけではない。

 だが、間違いなく声の大きい人たちは僕らを腹いせ混じりに批難することだろう。


『勝手に参加させられたとして、どうして断るのか』

『少し弾くだけだろうに』


 何も知らない人はそう言うだろう。

 そしてこれに悪意を添付したチェーンメールならぬ噂が広まると大変なことになる。


『オオガネ教がお礼をするといったのに断ったらしい』

『お礼が少ないと駄々をこねたらしい』


 最悪だ。

 僕らの味方である人はそんなこと信じないだろう。

 だけど他の人にとっては別だ。

 なんとなく知っている僕らが悪いか、それともオオガネ教が悪いかとなると、間違いなく僕らが悪いということにさせられる。

 実際には騙った犯人が悪いのだが、何故だかそうことになるのにはならないものだ。


 元の世界で犯罪が起きた時、どうして防げなかったのか、誰が悪かったのかと追求する話をよく見る。

 不用意であった被害者が悪い、事件を未然に防げなかった警察が悪いという論調をニュースで見かけたりするが、誰も犯人が悪いとは言わない。

 それと同じことがこの世界でも起こりえるということだ


 今、この街には僕らの敵といえる人はいない。

 だがこの件を契機に僕らを敵視する人が出てくるかもしれない。

 人の良心と善意に寄って生きている僕らにとっては見過ごせない事態だ。


 ここで無理に断っても悪い評判は返上できるかもしれない、だがもっと悪くなる可能性もある。

 それをエヴァンさんがそのまま放っておくかも怪しいものだ。


「…ちょっと、他の皆にも相談してみます」

「そうですか。色よいお返事をお待ちしておりますよ」


 いま僕から言えるのはそれだけであった。

 少なくとも僕一人で勝手に決めるわけにはいかない事だし、なんとか時間を稼ぎたかったのだ。

 だが、恐らくは参加することで決まることだろう。

 僕が説得した美緒さんや雅史くんでさえ、エヴァンさんの恐ろしさについては半信半疑だったのだ。

 他の人が拒否するとは思えなかった。


 帰路で対応策を考える。

 だけど『ああすればよかった』『こうしておけばよかった』という考えが僕を邪魔する。

 今そんなことを考えても仕方が無いのに、頭の中は後悔ばかりだ。


 僕は初めて、この世界で神に祈りたくなってしまった。

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