18話目:マネージャータダノくんの四者面談

「はじめまして。わたくし、オオガネ教の真鍮を任せられておりますエヴァンと申します」

「ご丁寧にありがとうございます。ハナミズキの集まりの一人、タダノです」

「は、はじめまして。ハナミズキの集まりの水城です」


 互いに自己紹介し、席に座る。

 エヴァンさんの横に居る人が何も喋らないので目を向けるが、意にも介していない。


「彼は私の付き人のようなものですからね。気にしないで結構ですよ」


 付き人なのに居ないものとして扱えというのは難易度が高いのではないだろうか。

 というより、微動だにしないその姿に怖さを感じる。


「分かりました。お疲れになりましたらいつでもおかけになってください」


 とはいえ、そこにツッコムわけにもいかないので取り合えず意識から外すことにする。

 居ないことにしろということは話に入ってこないということだろう。

 何か口を挟んできたらその時改めて対応を考えることにしよう。


「それで、少しお話したいことがあるとのことでしたが」

意訳:『少しと言ったんですから早く本題を言って帰ってください』


「えぇ、実は私がこの街に来た理由の一つがそちらのミズキさんのことでしてね」

『そっちにも分かりやすく理由を説明するから黙って聞いてもらえませんかね』


「オオガネ教の真鍮を任せられている方にも知られているとは、驚きですね」

『お偉いさんという立場なのにわざわざ調べたんですか? 暇なんですね』


「わたくしもシスター・ルピーからの手紙が無ければ知りえませんでした。その若さで驚くべき音楽の才能をお持ちだとか」

『ウチのシスターからの報告が嘘かどうか確かめに来ただけですが』


「そ、その…恐縮です」


 水城さんが照れているというよりも気まずそうな顔をする。

 それもそうか。

 あくまで向こうの世界の音楽をそのまま弾いているだけなのだ。

 それを才能と言われてしまうと複雑に思うことだろう。


「実際に教会に訪れた人からも聞きましたよ。皆さん、あなたのことを絶賛しておりました」

『いまさら嘘というのは通じません。すでに調べてあるので』


「は…はぁ…」


 水城さんの顔がさらに困惑したものとなる。

 そろそろ助け舟を出さないとまずそうだ。


「つまり、エヴァン様もその演奏を聴きにわざわざここまでお越しに来られたのですか?」

『そのためにわざわざここまで来るとか、やっぱり暇なんですねお偉いさんは』


「その通りです。街での評判を聞いて、これは是非とも聴いておかねばならないと確信いたしました」

『わざわざ時間を作ってまで来てやりましたよ。その才能を見せてもらうまでは帰りませんから』


「そうですか。ですが、ご期待に添えられそうになく申し訳ございません。これまで何度も教会を利用させていただいたせいで、出費がかさんでおりまして…」

『答えはノーです。自分らで金を取っておいて弾けと命令するとかふざけてるんですか?』


「お布施のことでしたらお気になさらずに。わたくしが代わりにお支払いいたしましょう」

『こっちで払いましょう。感謝してくださっていいですよ』


「いえいえ、それは悪いですよ! 他の人と同じように僕らでお金を払うのが筋というものでしょう」

『他人の妬みをどうにかしてから言ってください。まぁ弾くとは言ってないですけど』


「ミズキさんの演奏にはそれだけの価値がございます。わたくしも何の収穫もなく戻るわけにはいきません、どうか一度だけでもその演奏をお聞かせ願えないでしょうか?」

『こっちの要求を飲むまでどれだけでも居座りますよ。その価値を証明してもらうまではね』


「しかし、僕らには子供のお世話や日々の生活などがあります。確かに情操教育の一環としてピアノをお借りしたこともありましたが、こういうことばかりにお金をかけるわけにはいきません」

『そっちと違ってこっちは忙しいんです。そっちの都合に巻き込まないでください』


「ふむ、日々の生活にも困っているご様子で。ならば、わたくしの力で皆様にご助力いたすこともやぶさかではありませんが」

『結局は何かをよこせと? いいですよ、何がほしいか言ってみるといいでしょう』


「エヴァン様の申し出はとても嬉しく思います。ですが、何もかも人に頼るというのはよくないことです。先ずは自分達の力で何とかしなければ、堕落していってしまいます」

『何も要らないです。帰ってください』


「その若さで己をそこまで律することができるとは、タダノさんはとてもよくできた方ですね」


「いえ、真鍮という役職をそのお歳で任せられているエヴァン様と比べれば僕なんてまだまだ…」


「ハハハハハ」


「あはははは」


「なんだろう…ちょっと、寒い…?」


 僕とエヴァンさんのやりとりのせいか、室温が下がったのだろうか。

 いや、言葉のやり取りだけで本当に温度が下がるわけもないし、朝ごはんを食べてないことが影響してるのだろうか。


 ぐうう…と、ここで水城さんのお腹が鳴った。

 恥ずかしそうに顔を伏せてしまうが、こちらとしては助かった思いだ。


「申し訳ありません、エヴァン様。これから色々と仕事の準備や支度などをしなければなりませんので…」

『今回はここで時間切れです。まさか非常識にもこんな朝早くから来て、さらに女性に恥をもっとかかせるようなことはしませんよね?』


「そうですね、今日はここまでといたしましょう。水城さんの演奏、お待ちしておりますよ」

『これで終わったと思わないように。絶対に逃がすつもりはありません』


「では玄関までお見送りさせていただきます。水城さんは女の子で時間もかかるでしょうから、先に戻っていていいですよ」

『いいから帰ってくれ。そして彼女に近づかないでくれ』



 玄関に戻ると、コートを着た集団がすでに門の前に集結していた。

 対談の終わりをどうやって知ったのか、それともここまで計算済みであったのか。

 遠くへいくエヴァンさんの背中を見ながら思考を巡らせていた。


 突然の訪問に心臓が止まるかと思ったが、少なくとも第一波は防げた。

 だが、これからのことを考えると頭が痛くなる。

 場合によってはこの街からの離脱も考えたいのだが、ここまで生活基盤を整えたのだからクラスの皆は反対することだろう。

 というよりも、下手するとあちらに丸め込まれる可能性まである。


 僕らがもっと切羽詰っていればあちらに転がり込むことも視野に入れていたことだろう。

 だが、街の人の評判やらなにやらをここまで築き上げたのはオオガネ教のためじゃない。

 いまさらやってきて、いい所だけ持っていくというのは我慢ならないことであった。


 けれども、相手と敵対するわけには絶対にいかない。

 僕に出来ることといえば、意地を悪くしてこちらを相手にするだけ無駄だと理解してもらうことしかない。


 外に出ると何処からどうエヴァンさんの手が伸びてくるか分かったものではない。

 皆にはしばらくこの家で子供達の相手をしてもらい、出来るだけ外部からの接触を絶ってもらうようにお願いしよう。

 あと皆には相手から何を言われても必ず仲間に相談してからと返答し、時間が無いから今すぐにと言われても絶対にその場で返答しないようにすることも伝えなければならない。

 そもそも時間が無いというそっちの都合をこっちに押し付ける時点でおかしいのだ。


 他にも色々な方法でこちらから言質やらなにやらを取るように動くことだろう。

 ほんといい加減にしてほしい。

 いっそタイラーさんに頼んで旅行でもしようか。

 無理だ、流石にそこまで頼り切りになるとタイラーさんがこっちを見切る可能性もある。


 あぁ、そういえば雅史くんと美緒さんにも話をしておかないと。

 エヴァンさんはやり手だから先ず会話することを回避してもらわないといけない。



「タダノ…お前、大丈夫か?」

「タダノくん、流石にそれはどうかと…」


 雅史くんがタイラーさんの所へ行く前に二人を呼んでエヴァンさんについての所感を話すと、二人からひどい言葉が飛んできた。


「普通に良い人かもしれないだろ?」

「そーそー。もしかしたら本当に演奏を楽しみにしてるだけかもしれないじゃない」


 そうだね。

 この街の人達も優しかったから、他の人も優しいと思うのも仕方がないよね。

 だけど、この件で僕から言える答えは一つだ。


「拝金主義とも言えるこの宗教の中で育ち、この街を任されている人でさえついていない役職を持つ人…それがエヴァンさんだよ?」


 少なくとも、ただの良い人ではないことは確実だ。

 そんな人が役職持ちになってたまるものか。

 良い人のように見えるだろう、もしかしたらと思うだろう。

 当たり前だ、相手がそう見せているのだから。


「本当に良い人なら僕らが集まっている朝にいきなり訪問することはないし、護衛を大勢連れ歩いたりもしない」


 僕のその言葉を聞いて二人とも頭を悩ませている。

 実際に見て話したりしていないから信じられないのだろう。

 だが、あの人に限って言えば実際に会わないほうがいい。


「それとも、僕よりも会った事ない人のほうが信じられそう…?」


 ちょっと卑怯になるが、今までの積み重ねとなった時間を前面に出させてもらう。

 まぁ元の世界ではほとんど喋ったことはなかったが、この世界に来てからの積み重ねは今までの年月を塗りつぶすだけのものとなっているはずだ。


「まぁ知らない奴よりかはお前のほうが信じられるか」

「うん。タダノが皆のために動いてることは私達がよく知ってるしね」


 こうして二人にはなんとか納得してもらえた。

 こういう場合に一番怖いのが内部分裂である。

 外にばかり目を向けていたらいつの間にか自分が孤立していたということは、歴史小説などでも見た覚えがある。

 まさかここに来て組織の内部にも注意しなければならなくなるとは思いもしなかった。


 願わくば、この騒動が終わった後でも僕らが一緒でいられることを祈ろう。

 少なくとも僕らが生きてさえいれば、まだ挽回できるはずだろうから。

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