15話目:身(内)売りタダノくんの実験

 僕らは今、タイラーさんの厚意によって大きめの家に住まわせてもらっている。

 前までは小さな貸家で雑魚寝していたが、今では一人一部屋と生活環境がグレードアップした。


 同じ屋根の下に住んでいるとはいえ、南館と北館で仕切られているので男女の間違いも起きない。

 起きないはずだ、起きないでくれ。

 ここまで来たというのに、そういうことでこの集団が空中分解するとかやりきれない気持ちになるから。


 まぁそんなわけで、みんな自分の部屋に色々なものを持ち込んだりしている。

 女子の部屋は分からないが、男子は本当にどうしてそんなものをってものまで持ち込んだりしている。

 修学旅行のお土産じゃないんだから、剣とか斧を飾ってどうするつもりだろうか。

 錆びた鎧とかもスペースをとるだけで使わないだろうに。


 そして皆が変な飾り立てをするから僕の部屋だけ逆におかしいという感想を貰う。

 おかしくないよ、普通だよ。

 花を飾っててもいいじゃないか、子供達がくれたんだからさぁ!


 そんなこんなで僕の部屋には物が少ないので、色々な実験をするのにも都合がよかったりする。

 今回部屋に持ってきたものは石だ。

 石といっても普通の石ではない、この世界にだけ存在する特別なものだ。


 前に火を起こす時に使った火種石、他にも冷気を生み出す冷氷石、風が吹く風鳴石などがある。

 この世界の生活に密接しているこの石はとても興味深い。

 もしもこれを元の世界に持ち帰ることができたら、エネルギー革命でも起きるのだろうか。

 まぁその前に異世界と行き来できた方が革命的か。


 先ずは火種石を二つ接触させると熱が発生するため、距離によって温度に違いが出るか試してみる。

 結果は何も発生しなかった。

 次はハンマーで二つに割っても効果があるのか試してみたが、こちらはしっかりと効果があった。

しかも割った石同士でも熱が発生したのは驚いた。

 熱量に変化があるかと思ったが、火傷するくらいまで温度が上がることが確認できた。


 冷氷石でも同じ実験してみたが、基本的にこちらも同じ結果で終わった。

 なら次は風鳴石の実験をしようかと思ったが、ここであるマンガのシーンを思い出した。

 炎と氷と合わせればなんか凄いことが起きるというアレだ。

 流石に対消滅は起こらないだろうが、何か凄いことがあるんじゃないかとワクワクしてしまう。


 もしもの事故が起きた時のために小さく割れた石同士を接触させるが、お互いが小さい破片であるためか、うまくくっつかなかった。

 仕方がないのでお椀にいくつか破片を入れて無理やりくっつけて様子を見るも、何も起こらなかった。


 まぁこんなものかと思い、灰が入っている袋に実験に使った石を入れ始める。

 灰の中に入れるとその効果が無くなるというのを聞いたからだ。

 恐る恐る複数の火種石を入れてみるが、熱を放射することもなく静かに石が灰の中に入っていくのを確認できた。


 とても異世界感がある光景なのだが、どうにも元の世界を思い出してしまう。

 あれだ、使い終わったガス缶に穴を開けて廃棄する作業を思い出すのだ。

 どんな幻想的なものであっても、生活レベルにまで落とされるとその幻想は打ち砕かれてしまうものだという真実を知って、僕はまた一つ大人になった。


 最後にお椀に入っていた石の破片も灰の中に入れようとしたが、カタカタと小刻みに震えていた。

どうしたのかと思い観察しようとした瞬間、お椀ごと破片が爆発した。


「ど、どうしたタダノ!」

「爆弾でも作ってたのか!?」


 あまりの爆音に驚いた男子のクラスメイト達が部屋に入ってきた。


「だ…大丈夫…ちょっと科学の実験をしてただけだから…」


 爆発する瞬間に顔を背けたおかげで、目は無事だった。

 割れたお椀の破片が部屋に散らばったので片付けていると、今度は女子も入ってきた。


「ちょっとちょっと! 何があったの!?」

「タダノくん、怪我してる!!」


 爆発の規模は小さかったものの、流石にちょっと頬や額を切ってしまったようだ。

 水城さんが慌てて水に塗らしたタオルを持って手当てをしてくれる。


「大丈夫? 痛くない?」

「へ、平気だよ。そんなに血も出ていないし」


 転んでしまった小さい子供扱いされているようでとても気恥ずかしい。

 そしてそんな僕を見て他の男子達もマネしようとする。


「水城さん! 俺も痛い、心が痛い!」

「俺は頭が!!」


 そんな男子達を美緒さんがしばいて部屋から追い出す。

 他の皆も大したことがなかったことを確認すると、自分達の部屋に戻っていった。


「あんまり無茶したらダメだよ、タダノくん。前もそれで倒れちゃったんだから」

「いや、あれは疲れただけだから今回のと違うというか…その、ごめんなさい」


 ちょっと反論してみたが、水城さんの目から無言の抗議が飛んできたので素直に謝った。

 顔についてた血を拭いてもらったあとは部屋の片付けをする。

 水城さんも手伝ってくれたおかげでかなり早く終わった。


「ねぇ、タダノくん。また顔色が悪いけど、やっぱり疲れてるんじゃ…」

「いやいや、そういうのじゃないよ!ちょっとうるさくして皆に悪いことしちゃったなーって」

「ほんとに…?」


 半分くらいは本当だ。

 流石に夜に爆発音を響かせたのは申し訳なく思っている。

 ただ、一番の心配事はこの石についてだ。


 生活にとても役立つものであることは間違いないのだが、その悪用方法がいくらでも考えられてしまう。

 先ほどの爆発も上手く利用すれば色々なことが出来てしまう。

 例えば建物の支柱に二つの石を埋め込めば、簡単に建物を崩壊させることができるだろう。


 他にも冷氷石で氷の筒か何かを作り、底に冷氷石を仕込んでおく。

 そして上に火種石を二つ置いておけば徐々に氷が溶けて下に沈んでいき、最後は火種石と冷氷石が接触して爆発するという時限爆弾も作れるのだ。

 あとは火種石で発生させた熱気を充満させ、それを風鳴石で熱波として広げればそれだけで多くの人に火傷を負わせられる。

 火傷ならばそこまで大したことがないと思ってしまいがちだが、重度の火傷は普通に人が死ぬ要因である。


「水城さんも気をつけてね。もしかしたら、こういう事故に出くわすかもしれないから」

「あはは、タダノくんもまた事故を起こさないように気をつけてね」


 一応は水城さんに注意を促してみたが、僕の方が心配されてしまった。

 今の事故を起こしてしまった僕の方が危機意識が高いのは仕方がないのかもしれない。

 元の世界でも、実際に事故や火事に遭遇しなければその恐ろしさが分からない人の方が多かったのだから。



 ある日、タイラーさんからお呼び出しがかかった。

 内容は雅史くんの仕事についてである。


「それで、ウチで仕事をした感想はどうかな?」

「えぇっと…まだほんの触りしか体験させてもらってませんが、いい職場だったと思います!」


 ガチガチに緊張した雅史くんがたどたどしく答える。

 家でも職場の環境について聞いていたので、これに嘘はない。

 まだまだ先の話になるだろうが、子供達の就職先の一つとしては悪くないだろう。


「僕も雅史くんから話を聞かせてもらいましたが、色々なことを学ばせてもらったと思います。本当に、色々なことを…」

「タダノ、キミが言うとちょっと怖いからその辺で止めてくれないかな」


 含むところは少しあったが、そこまで言われるほど僕は警戒されているのだろうか。

 一緒に企んだこともある仲だというのに、ちょっと壁を感じてしまう。


「あの、逆に俺が働いててダメだったところってあります?」

「いいや、キミは本当によく働いてくれていたよ」


 今までずっと働いていたものの、何の評価も聞かされていなかったせいか不安に思っているらしい。

 何かあれば怒られるはずなのだが、何もなかったらそれはそれで心配になるのは現代っ子らしいというべきだろうか。


「本当に頑張っていたね。毎日他の人よりも元気に働いて…失敗を誤魔化すこともしない…不正もしない…」

「あの…タイラーさん?」


 段々と俯いていくタイラーさんを心配して雅史くんが心配そうに声をかけながら手を伸ばすと、物凄い速さでその手が握られた。


「これからもウチで頑張って働いてもらいたい!」

「えぇっ? あくまでお試しって話じゃありませんでしたっけ!?」

「そう! だから、明日から本格的に働いてもらおうと思ってるんだ。はい、これ契約書」


 そういってテーブルの上に数枚の契約書が置かれる。

 雅史くんは明るくおちゃらけた感じがするが、仕事に対してはマジメだからだろう。

 ちなみにある人がサイフを失くした時も、雅史くんが見つけて届けたことがある。

 もちろん中のお金は無事だったので、そういうところも評価されているのだろう。


「いや、でも…俺ってそんな頭脳労働担当はガラじゃないっていうか…。なぁ、タダノ? 俺じゃ無理だよな?」

「いや、そんなことないと思うよ? むしろピッタリじゃないかって思ってる」


 てっきり僕が味方すると思っていたのか、雅史くんは驚いた顔をした。

 どうやら僕がここに一緒に来た理由がまだ分かっていないようであった。


 うん、キミはビジット商家の闇を暴いちゃったからね。

 他のところに就職するとか無理なんだ。

 わざわざそんな秘密を握った従業員を手放すわけないよね。


 もちろんタイラーさんは満足げな顔をしている。

 前日の内に打ち合わせした通りに事が進んでいるからだ。


「マサシ、もしも君たちが世話をしている子がここで働くとしよう。一人で来るとなると寂しいとは思わないかね?」

「先輩として雅史くんがいると、とっても心強いと思うんだ」


 前門のタイラーさん、後門の僕で雅史くんの退路を塞ぐ。


「あの…ちょっとトイレに…」

「おぉ、すまなかったね。それじゃあフリン、案内してあげてくれ」

「いえいえ! トイレの場所くらい分かりますよ!」

「気にしないでくれ。もしもの時のためについていかせるだけだから」


 タイラーさんは笑顔で答えるが、絶対に逃がさないという意思を感じる。

 そして雅史くんは物凄く気まずそうな顔でフリンさんと一緒に部屋から出て行った。


 その後、思いのほか早く雅史くんが帰って来た。

 そしてテーブルの上に積まれているお金を見て身体を震わせていた。


「あの…そのお金って…」

「キミがあまり乗り気ではなかったようだからね、金額を上乗せすべきだと考えたのだよ」

「雅史くん、交渉上手だね。わざとトイレに行って相手に時間を与えて、譲歩しなきゃ帰るって言外に伝えるだなんて」


 その言葉を聞いた雅史くんがブリキの人形のような動きで後ろに歩こうとして、フリンさんに肩を掴まれた。


「さっ、交渉の続きといきましょう。お金のほかにも何か希望があれば聞くよ」

「早く終わらせないと、この部屋がお金で埋まっちゃうよ?」


 僕たちのその言葉を聞いた雅史くんは、全てを諦めた顔をしていた。



 その夜、僕らはクラスメイトの中から一番早く就職が決まった雅史くんを祝う『就職おめでとうパーティー』を開いた。

 美味しい料理、そしてジュース、雅史くんを祝う言葉。

 しかし、主役の雅史くんは複雑な感情が入り混じった顔をしていた。

 行き場を失くしたような、体の裏側に何かが張り付いて出てこないような、その全てが入り混じったような、そして諦観したような顔であった。

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