第21話 朝焼けの中で
「――行くなっ!」
突然声がしてアンジュは顔をあげる。
すると息を切らせたレイヴィンがこちらに駆けてくるのが見えた。
(なんで……?)
焦がれすぎて幻でも見えているのかと思ったが、どうやら本物のようだ。
「バカッ」
レイヴィンはこちらに手を伸ばし、アンジュを抱きしめる。けれどその腕はアンジュの身体をすり抜けるだけだった。
「レイヴィン様?」
それでもレイヴィンはもう一度、今度は優しく包み込むように粒子に包まれるアンジュを抱きしめる仕草をする。
「どうしてお前はっ……勝手に俺から離れていこうとするんだよ」
レイヴィンの手がアンジュの背に回された時、一瞬本当に抱きしめられる錯覚がした。
触れ合うことなどできるわけないのに……
アンジュの瞳からほろりと涙が零れる。
(なんで? 心配して探しに来ないように、嫌いって嘘まで吐いてお別れしたのに)
「もう……いいです」
「なにがいいんだ」
「もう、十分だから……同情心や罪悪感で、私に優しくしないでください」
「お前……なにか思い出したのか?」
レイヴィンの声が僅かに震える。
「なにも……なにも思い出せないから余計に苦しいんです!」
アンジュは縋るようにレイヴィンに聞いた。
「私は生きている時どんな子だったの? なんで死んでしまったの? 自分の未練も思い出せないのに、この世に残る意味ってなに? 教えてください、レイヴィン様」
「……そんなこと、俺が知るはずないだろう」
――嘘だ。
嘘が上手いレイヴィンにしては珍しく動揺したのか返答までの間が数秒あった。
(なんで、なにも教えてくれないの?)
「やっと転生できる……だから、もう私のことはほうっておいてください」
アンジュはレイヴィンの腕の中からそっと離れる。もうその姿はうっすらとしか確認できない。
レイヴィンの姿を目に焼き付けるようにアンジュは見つめた。これで本当にさよならだから……。
そんなアンジュをレイヴィンは意志の強い瞳で見つめ返す。
「……まだ、諦めるな」
「え……」
「お前が今選択しようとしているのは、最低最悪の結末だ」
「……どうして、私を引き留めるんですか? だって私たいした役にも立てないただの亡霊なのに」
「それは……」
レイヴィンがなにかを躊躇っているのが伝わってくる。
「いつか……お前が記憶を取り戻したら聞きたい事があるんだ」
「聞きたいこと?」
それはやはり自分たちは過去にも係わりを持っていたということではないのだろうか。もう隠さなくても知ってると伝えようかと思った、セラフィーナから聞いたこと全部。けれど。
「今は、それ以上なにを聞かれても教えるつもりはない」
「なぜですか?」
「…………」
「レイヴィン様が何を考えているのか分かりません」
「当然だろ。わざと見透かされないよう駆け引きしてるんだ」
レイヴィンは本音を隠すようにいつもと同じ意地悪な笑みを浮かべて言った。
やっぱりこの人には敵わない。ここで消えてはいけない、記憶を戻してレイヴィンの言う『聞きたい事』に答えてあげなくちゃいけないと思ってしまったから。
「……私と出逢ったこと後悔してますか?」
それはこんな状態になった自分とだけでなく、生前の自分とのことも含んだ問いだった。レイヴィンがそれを察してくれたのかは分からないけど。
「してない」
彼は即答した。
するとアンジュを包み込んでいた光の粒子が消えてゆく。
「私の存在が、貴方を苦しめたりは?」
「してない」
消え入りそうだった身体は、透けたままではあるが元の状態に戻っていた。
そこでようやくほっとしたようにレイヴィンの目が少し和らいだ。
「勝手にいなくなるな。最後まで俺に付き合えよ」
もう少しこの人の使い魔として傍にいようと、そう思えた。
まだまだ聞きたいことはあるけれど、レイヴィンは自分たちの過去に触れようとしなかった。ならば今は自分もなにも聞かない。彼は意味もなくそんなことをする人ではないと思うから。
「レイヴィンさまぁ……ごめんなさい、嫌いなんて嘘ですっ」
「知ってる」
「意地悪で俺様な所も魅力的です」
「そうか」
「本当はその目で睨まれるとゾクゾクしちゃいます」
「ドМかよ」
「あっ……女性の趣味が悪いって言ったのは本音です」
「フッ……俺は女を見る目にも自信があるけどな」
これだけは本当に、セラフィーナの見かけに騙されるなと言ってやりたい気持ちもあったが……レイヴィンならそれも見抜いた上で彼女を選んだのかもしれないから、余計な事を言うのはやめた。
「他に言いたい事は?」
「……こんな私でもまだ使い魔として傍に置いてくれますか?」
「ああ……おいで」
「レイヴィンさま~!!」
アンジュは迷いを振り払いレイヴィンの胸の中へ飛び込む。レイヴィンはいつもみたいに避けることなくそれを受け入れてくれた。朝日からアンジュを隠すように。
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